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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百六十一章 コッペリ村は晴朗なれど波高し

四百六十一章 コッペリ村は晴朗なれど波高し


 セドリックやキャシィたちが注目している中、オリヴィアは熱湯の中の繭を菜箸でクチュクチュとかき回していた。繭は次第に巻きが緩くなって、数本のほつれた糸がお湯の中を漂った。その一本を菜箸で引っ張り上げてみると…糸の先端があった。

「おっ!これだ、見つけたっ‼︎」

 オリヴィアは繭から糸を一本引っ張り出すと、それを木片に巻いて一生懸命手繰った。

「うひゃひゃひゃっ…これが絹糸なのねぇ〜〜っ⁉︎」

 キャシィは言った。

「作りたての繭から糸を取ってもゴワゴワで、使い物になりません。しっかり煮沸して糸の余分な成分を洗い落として…初めて絹糸、生糸になるんですよ。」

「そうなのかぁ、面倒くさっ…とにかく、糸を巻きとろうっ!」

 みんなはお湯の中の繭を菜箸でちょっと引っ掻いて索緒して糸口を見つけると、糸を手繰ってどんどん巻き取っていった。しばらくすると…

コロン…

 全ての糸を巻き取った繭から蚕の蛹が現れた。

「おっ、これが蚕の蛹かぁ〜〜…」

 オリヴィアは蛹を見るなり…指でつまんで、なんと口の中に放り込んだ。

「うげっ!」←グレイス

「げげっ!」←セドリック

「うぎゃっ!」←ヘンリー

「ウソッ!」←サシャ

「きゃっ!」←リン

「マジかっ!」←イアン

「えええっ!」←ベイブ

「おえぇっ!」←カイト

 年端の行かないカティ、パンジー、ジョフリーは不思議そうな顔で言った。

「…それって食べられるのぉ?」

 オリヴィアは蚕の蛹がハチの蛹に似ていたせいか、思わず食べてしまった。イェルマでは昆虫食は一般的で…サバイバル訓練で徹底的に昆虫食に慣れさせられる。

 一応、イェルメイドでサバイバル訓練を潜り抜けているキャシィは言った。

「カミキリムシやミツバチの蛹は食べたことあるけどさぁ…蚕って蛾だよ⁉︎食べたことないけど…どんな味がするのぉ?」

「…味のないグニャグニャ?エグ味があってちょっと胸焼けしそう…。」

 オリヴィアの感想を聞いて…思いっきり想像してしまったサシャがワイン倉庫を飛び出して行った。

「おええぇ〜〜っ…‼︎」

 みんなが半ばパニックになっている中で、キャシィだけは冷静だった。

(14000個の死んだ蛹…畑の肥やしにしてしまうのは勿体無いわねぇ…。何か良い使い道はないかしら?)

 セドリックが言った。

「あと二週間くらいしたら、糸紡ぎ車が到着する。それまでみんな、悪いけど手作業で頑張っておくれ。」

 いま現在、中古の紡績織機の機器を積んだケントの大型荷馬車が東の街道をコッペリ村目指してゆっくりと進んでいた。


 セイラムは鳳凰宮の三階のベランダで、まるで日光浴をするかのように…天から降り注ぐ光の精霊をその身に浴びていた。それが終わって部屋に入ると、ライラックの娘リグレットがそばまでやって来てセイラムに言った。

「魔法…魔法見せてぇ〜〜!」

「うん、何がいいかなぁ?」

 セイラムとリグレットが並んで立つと、今やセイラムの方が頭ひとつ分背が高くなっていた。二人が出会った頃はほぼ同じ背丈だったがセイラムの成長は著しく、特にヴィオレッタから「リール女史」を預かったこの数日の成長は目覚ましいものがあった。リグレットはずっとセイラムと同じ部屋で暮らしているせいか、その変化に気づいていないようだ。

 セイラムがリグレットから竹トンボを受け取ってそれを飛ばすと、すぐに神代語で風の精霊シルフィに命令した。すると、竹トンボは部屋の中を墜落することなくずっと空中を飛んでいて、リグレットはキャッキャと叫びながらそれを追いかけた。その様子を眺めるセイラムの顔は…幼い妹を見守るお姉ちゃんの顔だった。

 夕方になると、副業が料理人のイェルメイドが作った夕食が運ばれて来た。今日はシンプルに豚肉の野菜炒めと豚汁、そしてどんぶり飯だ。

 なぜか女王のボタンもやって来て、セシルやライラックたちと食卓を囲んでいた。

 ボタンが豚汁を啜りながらセシルに言った。

「セシル、光の精霊…『ドミニオン』って言ったかな。お前とセイラムで召喚することはできるか?」

 ボタンの言葉を聞いて、セシルは頬張っていた豚肉の塊を噛まずにそのまま一気に飲み込んでしまった。

「え…ええ…ボタン様…何をいきなり…」

「ユグリウシア殿の話では、セレスティシア殿とセイラム、そしてあのエンチャントアイテムの三つが揃ったことが召喚を成功させた要因だと言っていたが…セシルとセイラムでドミニオンを召喚することが出来たら、イェルマにとってこれほど心強いことはないと思うのだが…。セシル、頑張って『ドミニオン』が召喚できるようになって欲しいっ!」

「いやぁ〜〜…それは、ちょっと…『食客』様とセイラムで出来てるんだから…私が頑張らなくても…ねぇ?」

「セレスティシア殿はいつかはリーンに戻られてしまう…今から準備をすれば、半年か一年で…どうだろうか、ちょっと頑張ってくれないか?」

 もし、イェルマの有事の際に自陣に光の大精霊が一体いるだけで…大精霊は広範囲に渡って仲間の体力を自動的に回復させる。この恩恵は計り知れない。

「ううぅ〜〜ん…」

(…準備して半年、一年…ちょっと頑張ってって言ってるけど…それじゃ済まないだろぉ〜〜っ⁉︎きっと、私は何年も地獄のような修業をさせられるに違いないわ…!)

 ライラックが言った。

「もし、それが出来たら…素晴らしいですね。敵の攻撃を受けて、すぐに死んでしまう事は無くなるかもしれない。少なくとも…魔道士の負担は大幅に減りますし、致命傷を受けてもアナ様の治療を受けるまでの時間稼ぎになると思います。」

(おおぉ〜〜い…ライラックさんまで…!)

 ボタンがテーブルを叩いた。

「…それだっ!私が言いたかったのは、まさしくそういう事だっ‼︎それにだな…イェルマには非戦闘員も数多くいる。生産部の駆け込み女や、それに十歳以下の子供たち…その者たちをカバーしながら戦うのは負担が大き過ぎる。しかしだ、光の精霊がいれば…ねっ⁉︎」

 ボタンが言った「十歳以下の子供たち」という言葉にセイラムが敏感に反応して叫んだ。

「ボタンお姉ちゃん、セイラムは…リグレット、リグレットママ、それからセシルママを守るために頑張るよぉ〜〜っ!」

 リグレットがボタンを「お姉ちゃん」と呼ぶので、最近はセイラムもそれに倣っている。

「おおっ、セイラムは頑張ってくれるかぁっ!」

(セ…セイラムちゃんまでもが寝返ったぁ…いかぁ〜〜ん…この流れはいかぁ〜〜ん!)

 セシルにとって険悪な雰囲気の中、ボタンは畳み掛けた。

「セイラムはやる気だ。これはもう…セシルママもやるしかないだろう…だろうっ⁉︎」

 セシルがボタンの顔を覗き見ると…その眼差しは真剣そのものだった。

「ううう…。頑張ります…いえっ、頑張ってみます…。でも、期待はしないでくださいね…?」

「いやっ、期待するっ!」

「…ううう。」

 セシルは何とかこの場を誤魔化そうと思った。それで…

「…そう言えば、セイラムちゃん。そろそろお腹の中のナイフを『食客』様にお返ししないといけないんじゃない?」

 セイラムより先にボタンが言った。

「確かに…。しかし、セレスティシア様は滞在中はセイラムに貸してくれると言ってくださった。ひと月ぐらい滞在する予定だから、まだいいんじゃないかな…」

 すると、セイラムが…

「怖い人たちがいっぱい来るの…その人たちが帰ったら、そしたらナイフを返すんだよぉ〜〜。」

「…ん?」

「…んん?…今のは『予知』なのか?」


 一羽のハトがティアーク城下町からコッペリ村を目指して飛んでいた。そして、北の街道に差し掛かった時…

ザクッ…!

 ハトは地上からの矢を受けて墜落した。

「おいっ誰か、今のハトを回収して来い。」

 ひとりの兵士が隊列を離れて林の中に入って行き、ハトを持って帰って来た。師団長はハトの足に付けられた小さな筒を外すと、その中の手紙を読んだ。

「やはり伝書鳩だったか、どこにでもスパイというものはいるものだな…。」

 何事もなかったかのように…1000人近いエステリック軍の第一陣は北の街道を進軍していった。

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