四十六章 テイマー
四十六章 テイマー
夜のティアーク城。
王城の広大な敷地の西に「魔道棟」と呼ばれる古めかしい建物が立っている。それは十二階建てで、王宮に仕官する魔道士達の仕事場であった。王立のソーサリースクールの上級コースに進むとここに詰めて魔法の研究をすることになる。
九階はテイマーを志す魔道士達がマスターの下、日夜修業をしていた。そして十階にはテイムマスターの研究室があった。
十階の一室。二人の魔道士がトランス状態だった。
四十代であろう魔道士がトランス状態から目覚めて、声を荒げて言った。
「し、しまった!私のヤモリが蜘蛛を食べてしまった…。どうしましょう、師匠⁉︎」
六十代の師匠と呼ばれた魔道士がトランス状態から復帰して答えた。
「よっぽど腹が減っていたのかな…まぁ、よかろう。どこの誰とも判らぬテイマーの『目』じゃ…。いつかは始末せねばならんかった。ガルディン公爵にも急かされておる…よい機会だったかもしれんて…。それにしてもなぁ…」
テイムマスターのサイモンは未知のテイマーに興味があった。奴は蜘蛛を使役している。つまり「蟲使い」…我らは爬虫類を使役する「ヘビ使い」だ。難易度としてはどちらも同じレベル…しかし、蜘蛛とは…。蜘蛛は共喰いをするので繁殖が非常に難しい。その蜘蛛をテイムして国じゅうにばら撒き、自分達と同じ…いやそれ以上の規模の情報網を構築している。
意思を持たず本能で生きている虫や爬虫類は、実はテイムしにくい。「言語」を解さないからだ。
まず、神聖系の精神感応魔法「神の威厳」で捕獲した対象に一時的に術者とのチャンネルを作り、それを何度も繰り返すことでチャンネルを強くしていき「意識共有」を図る。意識共有と言っても、虫や爬虫類には元々意識がないので完全に体を乗っ取ることができる。
ここまではいい。だが、完全に体を乗っ取ったといっても自分の頭脳をそっくり搭載させたわけではない。人間と他の生物では体の構造も違う…人間の言葉が分からないので漠然とした「イメージ」だけで動かすしかない。観察ポイントまで移動させるにしても…
「あ〜〜…そっちじゃない、まっすぐまっすぐ…曲がってる、曲がってる…止まって、止まれって!右、右…そっち逆、そうそうそのまま、そのまま…」
こんな感じだ。観察ポイントまで誘導できたら、上級コースの高等魔法「テレビジョン」で視野を共有しターゲットを観察するのだ。
「テレビジョン」は風の精霊シルフィを主軸として、他の三精霊も関与している魔法だ。サラマンダーとウンディーネが混在している時点で合点がいかないが、どうも神の強制力が働いているらしい…赤色のサラマンダー、青色のウンディーネ、黄色のノーム…これらを強制的に特定の形に配列する…?それをシルフィが運んでくる…?
とにかく、「意識共有」や「視野共有」は一匹だけでも大変疲れる。なので常用せず、必要な時だけ数匹を切り替えながら使うのが普通だ。移動だけでも、夜行性だと直射日光の下を歩くのは嫌がるし、今回のように目の前に餌が飛び込んでくると本能で反射的に食べてしまう…大変厄介だ。
しかし、大規模な情報収集の目的には適している。大量に繁殖させ目的地に放し、なるべくそこから動かないようにさせる。任務遂行中に鳥に食べられたり動物に踏み潰されたりするが、初めから「使い捨て」が前提なので問題ない。
奴はどうやってこれだけの蜘蛛を繁殖させたのだろう、どうやって自由に操っているのだろう…我らとはまた違う手法を用いているのか⁉︎…興味はあるが…今ここに至っては会戦も止むなし。
「師匠!…ヤモリとの意識共有が突然途絶しました。他のヤモリに切り替えようとしても反応がありません…これは…?」
「ヤモリが殺されたやもしれん…しかし、あの緑の小さな蜘蛛には毒はなかったはず…奴は別の虫を使ってヤモリを殺しているのじゃろう。じゃが…一度機に多数の蜘蛛に攻撃命令を出せるのか…信じがたいな。」
「師匠の毒ヘビで対応しましょう!このままだと私のヤモリ達が全滅してしまいます!」
「わしの毒ヘビは要人暗殺用で、そんなに数はおらんのじゃが…。そうじゃ、奴めが遣わしたその虫を逆にわしがテイムしてしまおう…。そして同士撃ちをさせるのじゃっ!バクスターよ、探してまいれ。どうせ、すぐにこの棟の中にも忍び込んで来るじゃろうて…。」
理屈の上では可能である。「意識共有」を上書きするのだ。
すると、二人の間に手のひら大の蜘蛛が落ちてきた。
「むっ!…こいつか…⁉︎飛んで火に入るなんとかじゃっ…!」
サイモンは精神感応魔法「神の威厳」の呪文を詠唱した。
「法と秩序の神ウラネリスよ、我は汝の子にして汝に忠実なる者…。神の御坐す玉座を汚すことなかれ、神の行幸を遮ることなかれ、神羅万象これ神の御懐にあり、心ある者は耳をそば立ててその声を聴け、魂ある者はその威光を見よ…顕現せよ、神の威厳!」
蜘蛛の体がぼーっと光った。が、何も起こらなかった。
「ま…まさかっ…この蜘蛛め、わしの魔法を…レジストしおった⁉︎」
蜘蛛は素早く弟子のバクスターの脚を這い登り、首の後ろに回り込んだ。
「うがぁっ…か、噛まれた…」
「バ…バクスターッ!」
しばらくすると、バクスターは立ったまま…喋り始めた。
「…マスターサイモン…ご安心くださいまし…。この者は麻痺毒によって失神してるだけですよ…」
「む…サイモンと意識共有しておるのか⁉︎バカなっ、失神しておるとはいえバクスターはスカラークラスの魔導士じゃぞ。魔法抵抗は最高レベルじゃ…お前は誰じゃっ⁉︎」
「名も無きテイマーですよ…。最後通告に参りました…あなたの配下を全て撤退させていただきたいのです…。お互いにテイマーを極めんとする者同士、命の取り合いなど愚の骨頂ではないですか…?命を失くせば…研究はできませんでしょう?…」
「なるほど…蜘蛛は麻痺毒を注入しただけか。バクスターの体を乗っ取り、『念話』を使ってバクスターに喋らせておる訳じゃな?…『神の威厳』は範囲魔法ではあるが、有効範囲は短い…お前本人は近くにいると見た…どこじゃっ⁉︎」
「…半年…意識共有をやめていただければ、ヤモリ達は自然に帰るでしょう…それだけですよ…。」
「どこじゃぁ〜〜、姿を見せぃっ!」
「…お話になりませんねぇ…。私の蜘蛛があなたの魔法をレジストした時点で力の差は歴然と、どうして思っていただけないのでしょうか…。時間の無駄でした…」
サイモンは自身に「シールド」「アディショナルストレングス」「アディショナルデキシタリティ」を掛け、薬棚からありったけの解毒薬をかき集めた。そして天井や壁を注視して襲ってくるであろう毒蜘蛛に備えた。
ドスッ…
バクスターが腰のナイフで、サイモンの心臓を後ろから突き刺した。




