四百五十六章 繭の収穫
この物語を書き始めて二年と半年になるでしょうか?ようやくクライマックスの「第三次エステリック大侵攻」に突入していきます。
しばらくは色んなキャラクターの足並みを揃えて、「大侵攻」のための地固めをしていきますので、今しばらくお待ちください。
「大侵攻」が終わったら、とりあえずこの物語は終わりとなります。…とは言っても、あと百章は続くんじゃないでしょうか(笑)。
四百五十六章 繭の収穫
その日の朝、キャシィズカフェの一階の厨房では、駆け込みカルテットが忙しく仕込みの作業をしていたが…それとは別に熱湯を張った大鍋が一基の釜戸を占領していた。
ワイン倉庫ではセドリックやオリヴィアたちが格子状の衝立…蔟にずらりと並んだ蚕の繭を回収して、次々とボウルに放り込んでいた。ボウルが繭でいっぱいになると、グレイスの養い子たちがそのボウルを持って行って、大鍋の熱湯に落とし込んでいった。
キャシィズカフェの厨房には釜戸が三基、石釜オーブンが二基あるが、そのうちの釜戸一基を繭のために取られて、駆け込みカルテットも大変だった。
キャシィが叫んだ。
「おかしな繭は弾いていってくださいね!…汚れたヤツ、形の変なヤツ、中の蛹が死んでるヤツ、楕円形じゃなくてまん丸でデカいヤツ…とか‼︎」
「死んでるヤツはどうやって判別するのぉっ⁉︎」
「蝋燭の火で透かして見てください。影が幼虫のまま…長細かったらアウトですっ!」
セドリック、オリヴィア、キャシィ、グレイスの四人は汗だくになって必死で繭を選別し、この作業はお昼を過ぎてもなお続いた…何せ、一万個以上の繭だ。セドリックの計画では、千個の繭を残して後は全て収穫して生糸を回収するつもりだ。
サシャが叫んだ。
「セディママァ〜〜…お鍋がいっぱいになっちゃったよぉ〜〜っ!」
「繭をお玉で掻き出して、外で日陰干ししてぇ〜〜っ!」
「…分かんなぁ〜〜い…。」
仕方なく、グレイスは自分で行って大鍋の中の繭をお玉で掬って別の容器に移した。
「あちっ…あちちっ…!ふぅ…次はしっかり考えて、準備してから蚕を育てないと…ヘンリー、こっち来て手伝ってっ‼︎」
「俺…接客中ぅ〜〜っ!」
この時間、キャシィズカフェはイェルメイドの休憩時間が重なって非常に忙しい。
あまりの忙しさにオリヴィアがおもむろに…繭の選別を止めて、中腰のままそろりそろりと静かにその場から逃げようとした。
キャシィがそれに気づいた。
「こらぁ〜〜…オリヴィア姉ぇ、どこ行くうぅ〜〜っ⁉︎」
「あ…ちょっと、リューズたちが建ててる工場の様子が気になってね…誰かがいないと、あいつらサボるからぁ…」
「行かんでいいぃ〜〜っ!選別続けてっ…‼︎」
「えっと…ちょっと、オシッコして来ようかなぁ〜〜…」
そう言って、キャシィの制止を振り切ってオリヴィアはワイン倉庫から出て行った。
外に出たオリヴィアはそのまま隣のシルク工場の建設現場に行くと、近くの材木に腰を下ろして、麻のシャツの襟のボタンを左手で外し汗が滴り落ちる胸元に右手をパタパタと団扇代わりにして風を送った。それを見たリューズが声を掛けた。
「おっ、副師範。まだキャシィズカフェにいたんだ、イェルマに戻らなくて大丈夫なのか?」
「だいじょぉ〜〜ぶ、だいじょぉ〜〜ぶ。ふうぅ…疲れた…蚕、飽きちゃったぁ〜〜。」
「ああん?暇なら、こっち手伝え。」
「…やだ。」
すると、建設現場の奥からトンカチを持ったひとりのイェルメイドがオリヴィアに向かって歩いて来た。
オリヴィアはその姿を見るや顔色を変えて、立ち上がって慌ててワイン倉庫に戻ろうとした。
「おぉ〜〜い、オリヴィアァ〜〜ッ…!」
「今、すっごく忙しいから…またねっ!」
それは…バーバラだった。バーバラはオリヴィアにくっ付いてワイン倉庫まで入って来た。そして、繭の回収選別を再び始めたオリヴィアの横で中腰になって喋り始めた。
「…オリヴィア、イェルマにも戻らずにこんな所で何やってるの…借金、いつ返してくれるのぉ〜〜?」
「だ〜か〜らぁ…後からユーレンさんがお金持って来るんだってっ!そしたら全部返すからぁ〜〜…」
「実はお金…持ってるんじゃないのぉ〜〜、隠してるんじゃないのぉ〜〜?」
「そんな訳ないでしょっ⁉︎…もぉ〜〜、忙しいんだから後にしてよ。そもそも、副業が大工でもないあんたがなんでここにいるのよぉ〜〜…」
「リューズから、ここにくればオリヴィアに会えるって聞いてね…もちろん、『催促』だよぉ〜〜。」
「だから、あたしは持ってないって…!今、忙しいから…キャシィ、この繭はセーフ?アウト?」
「ねぇ〜〜…オリヴィアァ〜〜…」
「今、忙しいの…!」
バーバラはなおも催促して…オリヴィアの脇の辺りを人差し指でツンツンと突いた。オリヴィアはその指を左手で払いながら、右手で蚕の繭をほじくっていた。
「ねぇ〜〜…」
「忙しい、忙しい…あぁ〜〜忙しい…。」
「ねぇってばぁ〜〜…」
「忙しいのっ‼︎」
その頃、サムは「ダンの雑貨屋」で借りた馬車に乗ってイェルマ渓谷を目指していた。
サムの馬車がイェルマ橋に到着すると、橋の護衛がやって来た。
「サムさん、聞いてますよ。どうぞ、お通りください。」
「ありがとう。」
イェルマ橋を渡り、イェルマ回廊を抜け、西城門前広場の騎馬返しの間を通って…城門の前まで来た。すると、人員整理をしていたイェルメイドがサムを見て、すぐに城門の内側に入って行った。
そのイェルメイドは城門の内側からダフネを連れて戻って来た。それを見たサムは慌てて馬車の御者台から飛び降りて、ダフネの手荷物の麻袋を引ったくるとダフネの体を支えた。
「あっ、『鬼殺し』…この斧はあたしが持ってるから…。」
サムに体を支えられて、身重のダフネは馬車の荷台に乗り込んだ。
ダフネはこれから「ダンの雑貨屋」…つまり、オーレリィの家に向かう。そして、オーレリィの家の二階の一室を間借りして、そこで出産することに決めていた。陣痛が始まる前に…早めに移ってきたのだ。
雑貨屋の前で、オリバーを抱っこしたオーレリィとジェイムズと手を繋いだダンが出迎えてくれた。
「ダフネ、よく来たねぇ〜〜。」
「オーレリィさん、お世話になります!」
ダフネにとってオーレリィは戦士房の大先輩だ。
オリバーとジェイムズはダフネを迎えて、これから何が起こるのだろうか?…と、ニヤニヤしていた。このお姉ちゃんが退屈な日常に変化をもたらしてくれるに違いない…そう思っているのだ。
二階に上がっていくと、オーレリィはダフネを部屋に案内した。
「ちょっと狭いけど、我慢しておくれね。」
「いやいや、十分ですよ。」
寝台に寝そべったダフネのそばに、椅子を持ってきて座ったサムがすぐに寄り添ってダフネの左手を両手で包んだ。
「大丈夫かい?どこか、痛いところはないかい?」
「サム…大丈夫だって。そんなに気を遣わないでよぉ…ふふふ。」
その様子を見て、ダンとオーレリィは部屋を出て行こうとしたが、ジェイムズとオリバーがニヤニヤして二人の一挙手一投足をずっと眺めていたので、耳を引っ張って部屋の外に連れ出した。
「こりゃっ…二人の邪魔をするんじゃないよっ!」
みんなが部屋から退出したのを確認すると、ダフネとサムは久しぶりの口づけをした。




