四百五十三章 光の大精霊
四百五十三章 光の大精霊
セシルが地面からおはじきを拾って、セイラムの首に掛けている小さな皮袋に入れた。これは、以前リグレットがセイラムからもらったサイコロをセイラムの真似をして飲み込み、気管に詰まらせたのを教訓にして大事なものは飲み込まずに皮袋に入れるようにしたのだ。ちなみに…セイラムのお腹の中にはまだ十八個のおはじきが入ったままだ。
「さぁ、セイラムちゃん。大精霊の召喚は終わったから…『食客』様にナイフをお返ししましょうね。」
セイラムはハッとして…しばらく考えてから言った。
「ま…まだだよぉ〜〜。光の大精霊がまだなんだよぉ〜〜。」
セイラムの言葉を聞いたヴィオレッタはユグリウシアの方を見て言った。
「光の大精霊もいるんですねぇ、どんなものか見てみたいなぁ…。」
ユグリウシアは少し顔を曇らせて言った。
「光の大精霊の召喚は難易度が高くなります…。私も召喚に成功したことはありません。自然系四精霊と違って、光の精霊自体が近くにはいないので…召喚術者はそれなりの魔力を持つ者でないとねぇ…。」
…ああ、光の大精霊見たかったけれど、これは無理だなぁ…とヴィオレッタは思った。
その時、そろぉ〜〜っとセイラムが近づいて来て、ヴィオレッタのワンピースの裾を握った。
「…ん、どしたぁ?」
次の瞬間…セイラムが呪文を唱え始めた。
「%#=@<>?=&#&>@#$@#&==?+*&$#@…‼︎(創造神ジグルマリオンの名において命じる…光の精霊タキオンよ、大軍勢を率いて布陣せよ、しかして光の守護神を召喚せよ!光の翼は天空を覆い、その強き光は遍くこの世を照らして神に背く者を断罪する…混沌に秩序をもたらし闇を払う者…その名はドミニオン‼︎)」
ヴィオレッタは不思議な感覚に囚われた。何か…突然お腹が座ったような、体重が増えて充実したような心地良さ…。そうなのだ、セイラムと「魔力共有」して突然魔力が二倍になったのだ。
先ほどまでバルキリーが宿っていた黒いストールに天空から光の柱が落ちてきた。光の柱は次第に大きくなっていき…やがて光の柱は人の形になっていった。
「おおっ…まさかっ!」
ユグリウシアが叫んだ。いまだ自分では成し得なかった光の大精霊の召喚を姪のヴィオレッタが成功させたのである。ただ…セイラムの「魔力共有」と「リール女史」の存在が不可欠であった事は間違いないが…。
そこには二枚の光の翼をつけ、荘厳で気高き白いローブを纏い、両手で笏を持った大精霊が立っていた。フルフェイスの皮の兜を着けていたが…その姿は男性のようだ。
ヴィオレッタが言った。
「なんと美しい…。この大精霊はどんな能力を持っているんでしょう…?」
ユグリウシアが答えた。
「広範囲ヒールです。一定範囲内の味方の体力をすぐさま回復してくれます。中位格の『ケルビム』や上位格の『セラフィム』になると…状態異常無効や怪我の自然治癒といった治癒魔法が追加されていきます…。ただし、攻撃力はありませんね。」
「うわわっ…それは凄い、反則に近い能力だっ!攻撃力がなくても…この大精霊を一体出しておけば、味方はほぼ無敵じゃないですか…!」
ボタンも食いついた。
「現状、治癒魔法はクレリックのアナ殿だけしか使えない…イェルマには絶対に必要な大精霊だっ…!」
そう言って…ボタンはセシルの方をチラリと見た。セシルはふっと視線を逸らせた。
ユグリウシアは微笑んで言った。
「このドミニオンはあなたの黒いストールを『核』にしています。なので、あなたの命令に従いますよ。何か、神代語で命令してみてください。」
「そうなんだっ⁉︎…じゃ…」
ヴィオレッタは自分の知り得る最も簡単な神代語で命令した。
「@$%#@*&=&〜&#%@$!(飛べ、ドミニオン!)」
すると、ドミニオンは二枚の光の翼を羽ばたかせて空に上昇していった。
「おおぉ〜〜っ…!」
みんなはその様子に見惚れていた。ドミニオンはどんどん、どんどん、どんどん上昇していって…雲に隠れて見えなくなってしまった。
「…あれ?」
「ほほほほ…命令が不明瞭だったんですよ。」
ヴィオレッタはちょっと照れ笑いをした。そしてその直後、突然襲ってきた疲労と倦怠感で、隣のセイラムと一緒に失神してその場に倒れ込んだ。
ヴィオレッタはエルフの村の円筒家屋の寝台の上で目を覚ました。
「おや…ここはどこだろう…私は…?」
そばで看病していたエヴェレットがパッと顔を明るくして言った。
「セレスティシア様、お目覚めになられましたか…ここはエルフの村ですよ。魔力を喪失して昏倒したんですよ…。」
「ああ…そうか、光の大精霊に魔力を根こそぎ持って行かれちゃったんですね…。んんん、前にもこんな事が…。」
ユグリウシアが青色の薬を手にしてやって来た。
「目覚めましたね、これをお飲みなさい。」
「あ、ありがとうございます。お…これは?」
「魔力回復ポーションですよ。これを飲むと、一時的に魔力の回復速度が上がりますよ。」
「へえぇ、そんな薬があるんですねぇ…。」
ユグリウシアからポーションを受け取ると、ヴィオレッタはそれをありがたく飲んだ。
エルフの村では、ある程度の体力を回復させる赤い「体力ポーション」と魔力回復速度を上昇させる青い「魔力回復ポーション」を生産している。生産されたポーションはほぼ全てイェルマに納めて小麦や塩、砂糖などと交換している。
「このポーションも魔法を使って作るのですか?」
「そうですね…薬草を調合して、最後に薬草を活性化させる時に使いますね。」
「リーンでも作ってみようかな…叔母様、レシピを教えてください。」
「いいですよ。…広間の方に参りましょう。」
ヴィオレッタ、ユグリウシア、エヴェレットはエルフの村の応接室にあたる大広間に向かった。大きな切り株のテーブルにボタンとマーゴットが座っていて、ハーブティーを飲んでいた。
「おっ、セレスティシア殿、気が付かれましたか…心配しましたよ。」
「どうも…ボタン殿、お気遣いいただきありがとうございます。それで、ええと…セイラムちゃんは…?」
ボタンの代わりにマーゴットが答えた。
「セイラムも魔力を使い果たして、失神いたしましたので…セシルが鳳凰宮の自室に運び込みました…。」
「そうですかぁ…ちょっと困りました…。」
ボタンには皆目見当がついていない様子だったが…さすが、マーゴットにはある程度の理解はできていた。
「セレスティシア様がセイラムにお貸ししたあのナイフ…大変貴重な物でございますね、もしやエンチャントアイテムでは?」
「…はい。」
ボタンが驚いて言った。
「むっ、エンチャントアイテム⁉︎…あれだな、ダフネの『鬼殺し』と同じような物だな?」
マーゴットが言った。
「ダフネの『鬼殺し』は戦士専用のエンチャントウェポンですが、あのナイフは…魔道士専用なのですね?」
「リール女史」は魔道士が持つとその恩恵を最も享受できるが、「魔道士専用」という訳ではない。誰が所持してもそれなりに使える。それゆえに…伝説級なのである。
エヴェレットがハーブティーを持ってきてくれたので、それをひと口飲んで、それからヴィオレッタは言った。
「マーゴット殿の仰る通り…あのナイフ『リール女史』は魔道士が持つと、魔法を強化してくれて、その上途轍もなく魔力を回復してくれるアイテムなのです。うぅ〜〜ん、なんか…セイラムちゃんは返してくれなさそうな気がします…。」
すると、ユグリウシアが言った。
「セレスティシアは神代語を習得するまでイェルマに滞在するのでしょう?その間でも、セイラムに貸してあげたらいかがですか?『エンジェル』に変質したとは言え、セイラムはまだ子供です…あのナイフがあれば、もっともっと『エンジェル』としての成長が見込めると思います…。」
「…叔母様にお願いされたのでは是非もありませんねぇ…。分かりました、そのようにいたします。」
すると…マーゴットが一冊の本を懐から出して言った。
「セイラムに対して寛大なご処置を賜り、私から礼を述べさせていただきます。それと…この、ユグリウシア殿からお借りしていたお手製の神代語の字引き、これをお返しいたします。これは姪御様がお使いになった方がよろしいでしょう…。」
「…神代語の字引き⁉︎」
ユグリウシアが慌てた。
「えっ、よろしいのですか?それはもう差し上げたつもりでおりましたのに…。」
「いえいえ、もうこの老ぼれには必要のない物です。神代語魔法は…私に代わって、セシルとセイラムが極めてくれるでしょう…。」
五人は切り株のテーブルで、しみじみとハーブティーを啜った。




