四百五十二章 名も無き神の名前
四百五十二章 名も無き神の名前
ユグリウシアが神代語で呪文を唱えた。
すると、風が吹き始め…みんなの体から湯気の様なものが立ち上り、みんなの衣服はあっという間に乾いていった。
「叔母様、今、何をしたのです?」
「水と風の精霊に命令したのです…水に衣服から出て行くように、そしてそれを風が吹き散らすように…とね。」
「うわぁ…自由自在ですねっ!」
ボタンが言った。
「鳳凰宮を壊してしまったが、それはそれとして…今回は凄いじゃないかっ!以前は1分も経たないうちにセシルもセイラムも昏倒していたのに…10分ぐらいは保ったんじゃないかな、大進歩だなっ‼︎」
ユグリウシアが言った。
「セイラムが体内に隠しているリール女史の寄与するところが絶大ですねぇ。魔力の消費よりも回復の方が優っているのかもしれません。」
ボタンは嬉々として、セシルに言った。
「セシル、頑張ってくれっ!目標は…30分だっ‼︎」
「えええっ…」
ヴィオレッタはユグリウシアにひとつの疑問を投げかけた。
「…私も、大精霊を召喚できるでしょうか…?」
「エルフは風の精霊と非常に相性が良いので、風の大精霊の初期格ならば、可能性はあるかと思います…。ただし、あなたはまだ神代語習得の途中です。セイラムのように大精霊を自在に動かすことはできないでしょう。…それでも、やってみますか?」
「やってみたいです。」
「それでは…何でも良いので『核』となる物を用意してください。」
ヴィオレッタは久しく使っていなかった黒いストールを肩掛け鞄から出して地面に置いた。ユグリウシアがセシルに言った。
「セシルさん、すみませんが…お貸ししている『召喚術の本』を持ってきていただけませんか?」
「は…はい。」
すると、その言葉を聞いたセイラムが鳳凰宮の三階のベランダまで…光の翼を羽ばたかせてひと飛びした。そして自分たちの部屋から本を取ってくると、再び飛んで降りてきてニコニコしながらそれをユグリウシアに手渡した。
「えええっ…⁉︎」
みんなは驚いた。妖精「エンジェル」は「飛べる」のだ。
セシルはみんな以上に驚愕していた。
(えええっ…今でもセイラムちゃんの動きについていけないのに…飛ぶようになったら、どうしたらいいのよっ!)
ヴィオレッタはユグリウシアから「召喚術の本」を受け取ると、指示されたページの神代語の呪文を唱えた。もちろん、ヴィオレッタは書かれている神代文字を音読しただけで、その内容は理解出来ていない。
「%#=@<>?=&#&>@#$@#&==?+*&$#@…‼︎(創造神ジグルマリオンの名において命じる…風の精霊シルフィよ、大軍勢を率いて布陣せよ、しかして風の軍神を召喚せよ!疾風の翼に暴風の軍靴、竜巻の鎧に風龍の矛…天空の覇者にして敵を引き裂く者…その名はバルキリー‼︎)」
風の大精霊の初期格…一体のバルキリーが出現した。ユグリウシアがパチパチと拍手をした。
「成功しましたね…余裕ですか?」
「いえ…これは…いきなり、魔力の半分を持っていかれました…。魔力がどんどん減っていく気がします…ううっ、きついですね。」
ヴィオレッタがちょっと気を抜いた瞬間…バルキリーは消えてしまった。
ボタンがやって来て励ましてくれた。
「たったひとりで大精霊の召喚に成功しただけでも大したものですよっ!」
「あ…ありがとうございます。」
(リール女史があれば…30分ぐらいはいけるかもしれないなぁ…。)
実際に大精霊を召喚してみて、ヴィオレッタには気になったことがひとつあった。
「叔母様…もしかして、ジグルマリオンと言うのは…?」
「気が付きましたか…名もなき神、万物の創造神の本当の名前です…。この名前を秘する事で…神代語の高等呪文は封印されたのですよ。正統たる者から邪なる者へ…神代語の高等呪文が誤って伝わることを防ぐためです。」
「なるほど…大精霊みたいなものをポンポン出されて戦争にでも使われたら、全ての種族が滅んでしまいますもんね…。」
単純に神代語で精霊たちに命令する時には、「ジグルマリオン」の名前は必要ない。しかし、大精霊の召喚ような、ある意味非常に危険な魔法の場合にはこの名前が必須の「パスワード」となっているのである。パッケージ化された現代の魔法でもその名前は伏され、神代語の呪文を使った「古代魔法」の解明をわざと困難にしている。
(…この対応は、魔族に対して?…それとも人間に対して?)
そんな疑問がヴィオレッタの脳裏を駆け巡った。




