四十五章 百合の花
四十五章 百合の花
次の日の朝、村の広場に簡単な祭壇が設けられ、アナを司祭として冒険者十五人の葬儀が厳かかつしめやかに執り行われた。アナが祭壇の前で神への祈りと死者の冥福を祈る言葉を唱えると、左腕に黒い手巾を巻いた冒険者達は黙祷を捧げて献花した。
次に冒険者の遺体と遺品を集めて三層に組んだ薪の上で焼いた。所有者が確認できた遺品は遺族に返されるが、その数は四つだけにとどまった。オークの襲撃がいかに凄惨だったかを物語っている。
火葬された灰は陶器の壺に収められ、村から離れた場所にある共同墓地に埋葬され墓碑が建てられた。ステメント村は土葬であったが、国全体としては火葬が主流になりつつあった。約二十年前に、エステリック王国の東のユニテ村でアンデッドが大量に発生したことが原因である。
昼過ぎ、アナは墓碑に刻まれた十五人の名前のひとつを指でなぞって涙ぐんでいた…「エリーゼ」。
司祭として、十六人分の死亡報告書や祭壇使用許可申請書(事後報告書)などを作成したりと煩雑な作業を終わらせて、やっと個人として墓碑の前に立つことができたのである。傍にはダフネとアンネリが立っていた。
墓碑の横には小さな墓標が建っていた。ネイサンの墓である。当初ホーキンズは墓碑にネイサンの名前も連ねようとしたが、トムソンが猛烈に反対した。公爵の追求を逃れるためネイサンもオークに殺されたことにしようとしたのだ。公爵の手前、どうしても墓は必要だろうということでトムソンを説得し別に墓を建てた。
ネイサンの件はギルドメンバーには伏せた。公爵が絡んでいるので、できるだけ秘密を共有する人間は少ない方が良いと考えたからだ。知っているのは、ホーキンズ、トムソン、ユーレンベルグ男爵と私刑に参加したパーティーだけだ。
アナは村の外れに自生していた百合の花を一輪墓碑にたむけ、三人はそれぞれ両手を組んで一礼すると、村の方向に歩いた。
「アナはエリーゼのことを本当に好きだったんだねぇ。」
ダフネの言葉にアナは涙を拭いながら答えた。
「うん…冒険者になって初めてできたお友達だったからね。でね…エリーゼとはルームシェアしてたのよ。お互い貧乏だったから…。」
「運が悪かったんだよ。あたしは遠くから現場を見てたけど…一瞬だった。」
「アンネリ…ありがとね。あなたのお陰でエリーゼの仇が討てたわ…。」
アナとアンネリはじっと見つめ合って、お互いに何かを感じ取っているかのように見えた。
ダフネが言った。
「これからどうする?三日間は何もできないなぁ…。」
「あたしは…とりあえずお腹いっぱい飯食って寝たい。シビルに張り付いてたから、丸二日徹夜だよぉ…。」
「ふふふふ、一緒にご飯食べましょう。それから納屋に案内してあげる。」
アナは少し元気を取り戻したようだ。
三人は宿に向かう途中で、宿屋の前でヒラリーとオリヴィアを見かけた。オリヴィアはヒラリーに何か喰って掛かっているように見えた。
(…もしかして…ハブにしたのがバレた…?)
ヒラリーがこちらに気づいて、オリヴィアを従えてやって来た。ダフネとアンネリは迷惑そうに少し半身に構えた。
「お~い…オリヴィアを何とかしてぇ…。」
「どうしたんですかぁ?」
「オーク討伐に行くって聞かないんだよぉ~~…喪が明けたら連れて行くって言ってるのに、今じゃなきゃ嫌だって…。」
(…よかった…。)
「手配書が回ってきたらしいから…今からギルマスや村長と話し合いをしないといけないんだ…頼むから、オリヴィアを引き取って!」
そう言ってヒラリーは足早に逃げていった。
「オリヴィアさん、亡くなった人たちの冥福を祈らないと…そのための喪ですよ。」
さすがはクレリックだ。
「あ〜み〜だぁ〜ばぁ〜〜って、ちゃんと言いました!」
「何ぃそれ…。」
宗教観の違いが少しあるようだ…そう思ったのはアナだけだが…。
アナが必死になだめたがオリヴィアは納得せず、ぶつぶつ言いながら宿泊施設になっている納屋の方向に歩いて言った。
宿屋で朝食を食べ、お腹をいっぱいにした三人は納屋に戻ってきた。納屋ではジェニがひとり、藁ベッドの上で熟睡していた。
「あれ、オリヴィアさんいないわね。どこ行ったのかした?」
「オリヴィアさんにかまってると疲れるだけだよ。放っときゃいいよ…オークの群れのど真ん中に置き去りにしたって生きて帰って来る人だから、そこは安心して。」
アンネリの言葉に安心して、アナは自分の右横に藁ベッドを作り始めた。アンネリのためのベッドだ。
左横ではダフネが着替えをしていた。麻のワンピースを脱いで木綿の寝巻きを着た。それを不思議に思ったアンネリがダフネに言った。
「どうしたんだ、ダフネ。裸で寝ないのか?」
「いや…昼は納屋は開けっ放しだし…いいじゃないかっ、あたしの勝手だろ!」
そう言うとダフネはこちら側に背中を向けて寝てしまった。
「どうしたって言うんだよ…なに怒ってるんだろ…。」
アンネリは皮のチョッキ、麻のシャツと短パンを脱ぎ捨て、パンツ一丁でアナが作ってくれた藁ベッドに寝た。アナが少し驚いた風で言った。
「ね…どうして裸になっちゃうの?」
「夏は暑いじゃないか。これが一番だよ。」
イェルメイドの習慣である。
「男に見られちゃうよ?」
「別にあたしは気にしない。」
「ふぅ〜ん…。」
アナは寝巻きに着替えると、アンネリの方向を向いて寝そべった。東世界の民族の特徴を色濃く残すアンネリの…光沢のある漆黒の髪を、アナは珍しそうに眺めていた。
「綺麗な髪ね…真っ黒で光沢があって…あ、瞳も黒なのね。うふふ…私の顔が映ってる。」
しばらくの間、二人はじっと見つめ合った。アナは視線を下に向け、アンネリのいまだ少女な胸をじっと見た。アンネリはアナに感じた何かを…確信した。アナも確信しつつあった。
「アンネリは…歳はいくつ?」
「十八だよ…。」
「私の方が四つ年上かぁ…。」
ジェニが目を覚ました。ふと、納屋の中を見回してみると、手を繋いで寝ているアンネリとアナの姿が目に飛び込んできた。無垢な貴族娘ジェニは着替えて弓を持ち、慌てて納屋を後にした。
(は…初めて見たっ、あれが噂に聞く百合かっ!…まさか、アナとアンネリが百合だったなんてっ‼︎…どうしよう…。)
西の山脈に太陽が隠れそうになっている頃、みんなは夕食のため宿屋のテーブルに着いていた。
「あれ?オリヴィアはどこ行ったぁ?」
ヒラリーの言葉に女性陣はオリヴィアのことをすっかり忘れていたことに気がついた。…色々とあったものだから。
するとそこにオリヴィアが飛び込んできた。オリヴィアは両手に柳葉刀を携えて、全身血みどろだった。そして、ヒラリーに皮袋を差し出した。
「ヒラリィ〜〜ッ!オークの左耳を8個、取ってきたよぉ〜〜!銅貨400枚ねっ‼︎」
はからずも、オークの群れからでも生きて帰るというアンネリの言葉を証明してみせた。
「アナァ〜〜ッ…ヒールちょうだい!」
丸ごとぼやき その6
「アラクネ」というモンスターの名前を初めて耳にしたのは某ゲームの中でした。エルフのキャラクターでプレイしていて、エルフの武器を作ってくれるNPCでした。設定も、エルフの森を守る守護者…モンスターのくせにかっこいい!と思いました。自然と共生するモンスター、いいですね。
次にその名前を聞いたのは某ライトノベルの主人公の進化種族の名前でした。蜘蛛が主人公で、アニメにもなって…もうおわかりですね?
某ライトノベルの主人公と被るなぁと思いつつも、個人的に大好きだったので使いました。シーグアさん、いろんなところで活躍?する予定です。「戦乙女イェルメイド」よりも早く構想して執筆途中になっている「人魔大戦編」(まだ発表していません、寝かせております)に、ヒラリーと共に出ております。(厳密にはダンジョンの主として出る予定)
蜘蛛のモンスターといえば、中国映画にもよく出てきますね。「孫悟空VS蜘蛛女」だったかな…あの化け物、ちゃんとした種族名があるのかな?
 




