四百四十三章 エステリックの冒険者ギルド
四百四十三章 エステリックの冒険者ギルド
ベンジャミンとエビータはとある貴族の屋敷の前にいて、近くの木陰に身を潜めていた。
ベンジャミンは言った。
「ここはワグナー男爵の屋敷だ。男爵の娘が五日後に結婚式を挙げる。そこでだ…この屋敷に忍び込んで、娘の花嫁衣裳を盗んできて欲しい…屋敷の見取り図はないが、できるか?」
エビータは言った。
「二日ほどもらえれば造作もない。しかし、なぜ花嫁衣裳なんだ、もっと金目の物があるだろう?」
「いや、ワグナー家は決して裕福じゃない…。娘の結婚相手の貴族は格上でな、ワグナー男爵は借金をしてまで婚礼にカネを注ぎ込んでいるらしい。ウェディングドレスはオートクチュールだそうだ…。それに、盗んだウェディングドレスは…後で返す。」
「返す…?売り飛ばさないのか…⁉︎」
「ああ、盗まれたウェディングドレスを返して男爵家に恩を売るんだ。うまくいけば、俺たちは楽して食っていけるぞ。」
「…分かった。」
ベンジャミンには何やら策があるらしい…エビータはベンジャミンの指示に従う事にした。
エビータは明るいうちに丹念に屋敷の周りを歩いて、屋敷の外観を頭に入れた。そして、夜になると麻のシャツとズボン、鎖帷子という忍び装束に着替えて屋敷への潜入を試みた。ベンジャミンの言う通り、ワグナー男爵家はあまり裕福ではないせいか、護衛や私兵の類はひとりもいなかったので、容易に屋敷に忍び込む事ができた。
はじめ、エビータは床板を外して床下に潜り込んだ。ワグナー男爵の屋敷は木造二階建てで、床下の柱の位置などから一階の間取りはだいたい把握できた。
熱を感じる…人の声もする。どうもここは厨房の下のようだ。
「婚礼が決まって良かったですねぇ、奥様。」
「ありがとう…。」
「…それもお相手のカイル様は、軍の主計局の局長をなさってらっしゃるんでしょう⁉︎これはもう、玉の輿ですよ…玉の輿っ!」
「だったら良いんだけど…カイル様について、あまり良い噂は聞かないからねぇ。…シャーロットが幸せになるんだったら、それで良いのだけどねぇ…。」
「幸せですってばぁ〜〜っ!…何たって、カイル様のお父様は軍務尚書のディラン伯爵、大金持ちじゃないですかぁ〜〜っ‼︎」
(ん…ディラン伯爵…?)
屋敷の一階の間取りをだいたい把握したエビータは、深夜になって今度は二階に侵入し、天井板を外して天井裏に隠れた。ここでエビータは持ち込んだ非常食のチーズをかじって、今日の探索を一旦終了させて天井裏で寝た。
その日の早朝、ティモシーとベロニカは冒険者ギルドに出向いた。ギルド会館に入ると、クエストの掲示板の前は人集りで…あっという間にクエストは無くなってしまった。
ベロニカは受付カウンターでクエストを受注している冒険者に声を掛けた。
「ねぇねぇ、腕の良い斥候はいらない?パーティーに入れてあげてよ。」
「斥候は要らない、ラクスマンに荷物を運ぶだけだからな。」
「ん…?大量の鉄鉱石を工房に運び込む力仕事だ…ガキは要らん。」
「何だ、このガキ…西の民族じゃねえな。…寄るな、失せろっ!」
ティモシーが「斥候」であったことも裏目に出た。エステリック王国は西世界のほぼ中央にあって、西世界を取り囲む自然のままの山脈から遠く離れている。そのため、ゴブリンやオークとの遭遇率が非常に低く、そう言った魔物討伐のクエスト自体が無かった。それで…冒険者ギルドでは斥候という職種はあまり必要とされていなかったのだ。
「何だい…全然、冒険者じゃないじゃないか。エステリックの冒険者ギルドは…ただの便利屋じゃないか…!」
ぶつぶつと恨み言を言っているベロニカをティモシーはなだめた。
「まぁ、仕方ないですよ。でも…どこかのパーティーに入らないと横の繋がりができないから、情報収集ができないな…。ちょっと…ひとりで城下町をぶらぶら歩いてみますよ。」
「…そうかい?」
冒険者のギルド会館を出ると、ティモシーとベロニカは別れた。そして、ティモシーひとりで城下町を散策した。
町は賑わっていた。至る場所に露店、出店が出ていて色々な物を売っていた。この町の活気こそが経済力の表れだ。しかし、それは裏を返すと王国自体が「即物主義」に囚われている表れでもあった。
ティモシーが城下町の大通りを回りを見ながら歩いていると、後ろからガチャガチャとけたたましい音を出して何かが近づいて来ていた。ティモシーが振り返ってみると、初老の女がガラクタを満載した荷車を引いていた。どこか荷車の具合が悪いのか…荷車は平坦な道なのに上下に揺れて、そのせいで積んでいるガラクタが酷い音を出していたのだ。
ティモシーはその初老の女に声を掛けてみた。
「…おばさん、その荷車…車輪が壊れてるよ。」
「ああ…一昨日、冒険者の馬車にぶつけられてねぇ。修理するとカネが掛かるからねぇ…。」
(あっ…あの時のおばさんか…!)
「おばさん、僕が荷車診てみようか?」
「おやボク…修理なんかできるのかい?」
「…とにかく、やってみるよ。」
ティモシーは荷車を大通りの端に寄せると、右の車輪を外した。車輪の裏を見てみると、二本の木の支柱に亀裂が入っていた。
「ああ…これはもう、車輪を換えた方がいいよ。一応、補強だけはしておくけど…。おばさん、積んであるこの針金、使っていいかい?」
「ああ、好きに使っておくれ。」
荷車には穴があいたり錆びた鍋やポットがたくさん積んであった。ティモシーは車輪の支柱に針金を巻きながら質問してみた。
「おばさん、この鍋やヤカン…どうするの?」
「鍛冶屋に売るんだよ。鉄や鋼は溶かせばまた使えるからね…大したカネにはならないけど、あたしひとりが食べるだけにはなるよ。」
「そっかぁ…なるほど。」
車輪の応急修理が終わり、車輪を車軸に戻した。荷車を引いてみると…
「うん、だいぶマシになったね…ありがとよ。」
そう言って、初老の女は再び荷車を引いて、大通りに出ていった。ちょっと気になったティモシーは女の後を追った。
「おばさん、僕暇だから…着いて行っていいかな?」
「クズ鉄屋なんて、面白いモンじゃないよぉ〜〜⁉︎」
「いいから、いいから!」




