四百四十二章 雑話 その8
四百四十二章 雑話 その8
獣人族の風習や文化は非常に単純だ。族長だからといって誰か召使いや下僕が付く訳でもなく、自分でできることは全て自分でやる。
タビサが朝起きると、先に起きたヘイダルがゲルの中の水瓶に川から桶で水を汲んできて足していた。
「ヘイダル、そんなことせんでもええっちゃ。もうちょっと寝ちょきぃ。」
「タビサ師匠、水汲みは今までもずっとやってた事だから。それに、毎日、飯食わせてもらってるし、ここに泊めてもらってるし。」
「そっかね…気ぃ遣わんでもええのに…。」
朝、ケットシーのみんなで小紅拳の練習をした。それが終わった後、タビサはしばらくヘイダルに付きっきりで基本的な姿勢や動作を教えた。
「ちゃうちゃう、腰をもっと落とさんにゃ…力を入れるんは下腹だけでええっちゃ。」
そう言って、タビサは自分でやってヘイダルに見せた。すると、ヘイダルと同じ背格好の子供のケットシーも集まってきて、大はしゃぎでタビサの真似をするのだった。それが毎日続くので、いつの間にか朝のこの時間帯は族長タビサによる「子供のための拳法教室」になってしまった。
朝食を終わらせると、タビサとヘイダルは狩りに出た。草原でウサギ狩りをするという。ウサギの巣穴を見つけると、二人は茂みに身を潜めた。
「ええかね?気付かれんように、できるだけ近づくんよ…」
「う…うん。」
ウサギが顔を出し巣穴から離れると、タビサは茂みから飛び出して四足歩行で疾走し、どこまでもどこまでもウサギを追いかけて行ってとうとう捕まえてしまった…弓矢などの飛び道具は使わないようだ。
「師匠、凄い…やったねっ!今日の晩ご飯はウサギ肉のスープだっ‼︎」
「へへへへへ、まぁ、こんなもんやねっ!」
タビサはヘイダルに褒めらてちょっと嬉しかった。
「師匠、四本足で走る方が二本足よりも速いのか?」
「いやいや、うちらは骨格がそういう風になっちょるけん…あんたら人間は二本足で走らんにゃいけん。今度はヘイダルの番やけぇね…ウサギ、捕まえてみぃ。」
ヘイダルは茂みに隠れてウサギが巣穴から出て来るのを待った。ウサギが出てきた…巣穴から離れた…ヘイダルが飛び出した…あっという間に…50mの差がついた。
「はぁっ、はぁっ…師匠、ダメだったぁ〜〜っ…!」
「あんた、全然やねぇ〜〜。走り込みをさせんといけんねぇ…。」
ヘイダルはまだ八歳…無理もない。
ヴィオレッタが神官房を訪れて三日後、イェルメイドたちに解放されたトムソンが足元をふらつかせながら神官房に戻ってきた。それを、ヒラリー、アナ、デイブが迎えた。
トムソンのやつれた顔を見て、ヒラリーは驚いて叫んだ。
「うおおぉっ…トムソン、大丈夫かっ⁉︎…お前、痩せたなぁ…!」
「おお…そうかぁ?…そうかも知れんな…。精も根も使い果たした…と、言うよりも…吸い尽くされた…。」
アナはトムソンの土け色をした顔色をただ事ではないと思い、神官房の奥の病棟へ連れて行き寝台に寝かせて触診した。ヒラリーとデイブが心配そうにその様子を見ていた。
「うむむ…体力の消耗が激しいですね…。こんなになるまで何を…まぁ、想像はつくけど…。とりあえず、ヒールしておきましょう。」
アナは呪文を唱え、神聖魔法「神の癒し」をトムソンに掛けた。
「美徳と祝福の神ベネトネリスよ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者…願わくば、我らに慈悲と癒しを与えたまえ…降臨せよ!神の癒し‼︎」
トムソンの体がぼぉ〜〜っと光った。
「ああ…気持ちいい…。」
「神の大いなる癒し」は全体ヒールだが、「神の癒し」は単体ヒールで魔道士の「ヒール」よりも1.5倍の効果がある。
「これで体力は回復したと思うんですが…なんか、顔色が冴えませんねぇ。ちょっと…クラウディアさんを呼んできますね…。」
アナは外で家庭菜園の世話をしているクラウディアを呼びに行った。
ヒラリーとデイブはトムソンに顔を近づけて小声で囁いた。
「お前…本当に三日間、ずっとやりっぱなしだったのか⁉︎」
トムソンはしみじみと語った。
「…最初の二日は…天国だった。とある建物に連れて行かれて、数人の女とやりまくった。俺も久しぶりだったんで、俄然やる気だった。飯も酒も女が運んできてくれるんで…飽きるまでやった。夜が更けた頃、女たちは俺に飽きたのか部屋の外に出ていったんだが、するとだ…別の女たちが入って来たんだ…嬉しかったねぇ…。体力には自信があったんで、寝る間も惜しんでやったさぁ…。そんな感じで二日続いて…三日目からは地獄だった。俺は…もういい、十分だって言ったんだが…あいつら、男並みに腕力があるんだ。俺は押さえつけられて…俺の股間の…」
「うわわわぁ〜〜っ…やめろおぉ〜〜、聞きたくないっ!」
ヒラリーは喚き立てて逃げていった。
デイブが大笑いしながら言った。
「ふぉっふぉっふぉっ…男冥利じゃな。」
「ああ…向こう一年分はやったな…。」
「たったの一年分か…ふぉほほほほ。」
「ふふふ…半分ぐらいには種を付けてやったぜ…!」
「そりゃぁ…十月十日後にはトムソンベイビーの出産ラッシュかっ!…うははは。」
そこにクラウディアを連れたアナが戻ってきた。クラウディアは薬の瓶を持って来て言った。
「話を聞く限りじゃ…あんたのは俗に言う『腎虚』ってやつだね。これは八味地黄丸…ジオウ、サンシュウ、サンヤク、タクシャ、ブクリョウ、ボタンピ、ケイヒ、ブシを混ぜた滋養強壮の生薬だ。これをしばらく飲んでおくれな。」
トムソンは薬を飲んで…泥のように眠った。
二日して、全快したトムソンはヒラリー、デイブと共にティアーク城下町に帰っていった。




