四百四十一章 蚕一万匹!
四百四十一章 蚕一万匹!
早朝、グレイスの養い子たちは桑畑で必死に新鮮な桑を鎌で刈り取り、背中の籠に積み込んでいた。そしてそれが終わると、急ぎ足でキャシィズカフェへ取って返した。
グレイスが包丁でザクザクと桑の葉を刻んでいる厨房に、養い子たちは桑の葉がこぼれ落ちそうな背籠をどんどんと置いていった。
「ほらっ!そこの箱を養蚕小屋に持っていってっ‼︎」
「はぁ〜〜い。」
「セディママ…腹減ったぁ…。」
「仕方ないねぇ…ビッキーッ!…じゃなくて…カリン…!」
同じ厨房で朝の仕込みをしている駆け込みカルテットのカリンが、耳の聞こえないビッキーの肩を叩いて子供たちの方を指差した。カリンの意図を汲み取ったビッキーはフライパンに卵を四個、もうひとつのフライパンに五個落とした。目玉焼きが出来上がる前に、パン二個をスライスして九等分にしその上にチーズを薄く切って乗せた。そして、手際よく出来上がった半熟熱々の目玉焼きを乗せると、チーズが適度に溶けて良い匂いを醸し出した。
その匂いを嗅ぎつけた九人の養い子は歓喜の叫び声を上げて九つのエッグトーストにかぶりついた。
「んもぉ〜〜…朝飯なんてパンと水でいいのにぃ〜〜…。食べたら、男の子たちはもう一回行っておいで、サシャはこっち来て刻んでっ…」
仕方がないので、刻んだ桑の葉の入った箱をグレイスは自分で養蚕小屋に急いで運んでいった。
養蚕小屋の中には所狭しと十段の棚が十基並んでいて、セドリックとキャシィがてんてこ舞いしていた。食い尽くされた桑の葉の箱から蚕の幼虫を掻き集め、新しい飼育箱に移し替えていた…その数一万匹以上。
この頃の幼虫はすでに五齢にまで成長していて、昼も夜も関係なくひたすら貪欲に大量の桑の葉を食べまくっていた。
セドリックは半べその状態だった。
「はぁっはぁっはぁっ…昼夜問わず…三時間ごとに飼育箱を…交換とは…さすが一万匹…きついっ!」
「こ…この次は…卵の孵化を遅らせて…時間差を設けて…五千匹ぐらいで…回しましょう…はぁっはぁっはぁっ…」
「こ…この一万匹も…そろそろ繭になるんだろ…はぁっはぁっはぁっ…格子の衝立も…準備しなきゃ…」
「はぁっはぁっはぁっ…そろそろ…紡績工場も…作らないと…」
「ああああっ…忘れてた…!」
セドリックは作業が一段落するとすぐに、サムの仕事斡旋所と鳩屋に駆け込んだ。
サムの「念話」で、お昼過ぎにはイェルマから大工職人チームが荷馬車を引いて駆けつけてきた。リューズ、ドーラ、ベラを始めとする大工職を副業とするイェルメイドたちで、彼女たちは以前、この養蚕小屋も手掛けている。
棟梁のリューズが荷馬車の上からよく通る声で叫んだ。
「来たよぉ〜〜っ!」
養蚕小屋からすぐにセドリックとキャシィが飛び出してきた。
「わぁっ…みんな、久しぶりぃ〜〜っ!」
「リューズさん、また、よろしくお願いします。」
「また、よろしくっ!…で、今度は何を建てるんだ?」
キャシィが大まかな設計図をリューズに渡した。
「ふむ…結構、大きいな…。20平方mの木造三階建てか…使用目的は?」
「…機織り工場です。」
「じゃあ、基礎はしっかりやった方がいいな。中の支柱も少ない方がいいかな…かなり太めの柱を使うことになるけど…木材の手配はどうする?」
「それもお任せします。」
「分かった。じゃあ、イェルマから持って来る。…で、場所は?」
「養蚕小屋の奥です。」
それを聞くと、リューズはすぐに仲間に指示を出した。
「おぉ〜〜い、みんな、まずは草刈りしてくれ!」
ドーラが図面を見て、荷馬車から糸巻きを出してきて大まかな建設予定地に木綿糸を張って杭を打った。他のイェルメイドは鎌を持ってその敷地の草を刈り始めた。
「二、三日じゅうに見積もりを出すつもりだけど…金貨100枚ぐらいかな。…で、納期は?」
セドリックはちょっとうつむいて言った。
「…約一ヶ月。」
「むっ!…かなり急ぎだな。そうなると、もっと人手を増やさないとだめだ…少し、高くつくかもしれないぞ…⁉︎」
「はい…よろしくお願いします。…あ、それと…」
セドリックは養蚕小屋に飛び込んで、「営繭」のための格子状の衝立を持ち出した。
「これと同じものを、100個作ってください…大急ぎでっ!」
次の日のお昼頃、ティアーク城下町のロットマイヤー伯爵所有の紡績織機工場に鳩屋の使いが訪れた。ケントは鳩屋から手紙を手渡され、その内容を確認した。
(おおぉ〜〜…セドリックくんからだ、ついに来たか!)
手紙の内容は…一ヶ月後に工場が完成するので、それに合わせて例の物を貸し倉庫から出し、コッペリ村に搬送して欲しい旨が書いてあった。
今日が七月六日なので、コッペリ村まで二十日かかるとして…七月十五日あたりに出発すればよかろうとケントは思った。
出発までにする事は、冒険者ギルドに向かい、数人の護衛と四台の大型荷馬車の予約。下宿に戻ってコッペリ村への移住のための荷造り。工場への退職願の提出。そして…以前より借りていた貸し倉庫の主人に会って、預けておいた八十機の中古の糸紡ぎ車や機織り機を出発日に引き取る事を事前に報告することだ。




