四百四十章 ヴィオレッタの兵法指南
四百四十章 ヴィオレッタの兵法指南
ヴィオレッタはイェルマ渓谷の滞在中、エルフの村では老エルフたちのご機嫌を取りつつユグリウシアの下で神代語の勉強をし、暇を見つけるとシーグアの著作物を読んでいた。そして時々イェルマに降りると、女王ボタンと一緒に「軍事同盟」の詳細を詰めていた。
この日もボタンの要請を受けて、鳳凰宮を訪問しマーゴットを交えて軍事同盟の話をした。
「今日はここまでにしましょう…。セレスティシア殿、ご一緒にちょっと散歩でもしませんか?」
「いいですね、お供いたしましょう。」
ヴィオレッタ、ボタン、マーゴット、そして護衛のアルテミスは馬の乗って散歩に出かけた。
鳳凰宮を出た直後、待ち伏せをしていたかのように二人の男女が現れて…ヴィオレッタたちの行く手を遮って地に伏せた。
「セレスティシア様ぁ〜〜…恩赦をいただきました、ありがとうございましたぁ〜〜っ!」
それはマックスとジャネットだった。ヴィオレッタは面倒臭そうな顔をして馬上から言った。
「ジャネットさんの決死の嘆願がなければ、恩赦はありませんでした…ジャネットさんに感謝してくださいね…。」
そう言って、ヴィオレッタは二人の前から立ち去った。ヴィオレッタの背中で…「ありがとう、ジャネットさん!」というマックスの叫び声が聞こえた。ヴィオレッタがふと振り返ってみると、二人は正座のまましっかりと抱き合っていて…マックスの顔は歓喜で歪み目は感涙に溢れていた。ジャネットはというと、もう幸福の絶頂で…焦点が合っていない目で宙を見つめ、昇天してほぼ死んでいた。
ボタンが言った。
「今のは何ですか?」
「んんと…愛を育んでいるみたいです…。」
「…ん?」
ヴィオレッタは馬からイェルマ渓谷を一望して、そして言った。
「あの大きな城門の上には登れますか?」
「良いですよ。では、北の三段目に参りましょう…そこから階段で登れますよ。」
ヴィオレッタ一行は北の三段目まで降りると、馬を降りて城門の階段を登った。
四人が城門の上に登ると、城門を守る数人のイェルメイドの衛兵が挨拶をしてきた。
四人は城門から下を眺めた。
「セレスティシア殿、どうですか?良い眺めでしょう。」
「本当に…。中広場と前広場が一目瞭然ですね…」
中広場ではランサーたちが乗馬訓練をしていて、前広場ではイェルメイドたちが貿易商人の馬車を整理していた。遠くを望むと、イェルマ回廊の入り口が見えた。
「…あそこがイェルマ回廊ですね、ここからの距離はどのくらいでしょうか?」
「おおよそ、200mぐらいでしょうか…。」
「ここから…あのイェルマ回廊の入り口まで矢は届きますか?」
ボタンは護衛のアルテミスに目配せした。すると、射手房師範のアルテミスが言った。
「城門からですと打ち下ろしになるので届きます。試してみましょうか?」
「お願いします。」
アルテミスは矢筒から矢を一本抜くと、背中のロングボウにつがえて「マグナム」のスキルで射出した。矢はイェルマ回廊の入り口にまっしぐらに飛んでいき、崖の中腹あたりに命中した。
ボタンは自慢げに言った。
「アルテミスさんは射手房の師範です、余裕ですよ。」
ヴィオレッタは続けた。
「では…回廊の入り口から、私たちがいるこの場所までは?」
アルテミスは言った。
「打ち上げになりますが、射手がアーチャー職であれば…可能かと…。」
アルテミスの言葉を踏まえて、ヴィオレッタは言った。
「…イェルマ回廊の入り口を、こちらからは矢が届いて向こうからは届かない位置まで掘り崩すことは可能ですか?」
ボタンはここでやっとヴィオレッタの意図を察した。
「むっ…そうか!敵が運よくイェルマ回廊を抜けて来ても、それならこちらが先手を取れますね。すぐに着手しましょう!」
「あと…城門の扉は木造でしたよね?木造の扉は火矢と油で燃えてしまいます…表面が焦げるだけでも耐久度が下がりますので、鉄板か鋼板を貼った方が良いと思います…。」
「セレスティシア殿…鋭いですね。ご忠告感謝!…すぐに手配いたしますっ‼︎」
夕方近くになって、ヴィオレッタがエルフの村に帰ってくると、ハヤブサの「ヴィオレッタエクスプレス」が待っていた。ハヤブサはしきりにヴィオレッタに向かって「ピィ〜〜、ピィ〜〜」と鳴いていた。
(んん…多分、手紙の返事があるんだろうけど…どうやって、受け取れば良いんだろう?まさかこのハヤブサ…言葉を喋るとか?でも…ピィ〜〜としか言わないわよね…⁉︎)
すると、そこにシーグアがやって来た。シーグアが本体を動かして、八本の脚を使って歩いて来るのを久しぶりに見たヴィオレッタは思わず二歩後ろに退いた。
(うわぁ…シーグアさんの全身、いつ見ても壮絶…慣れないわぁ…。)
シーグアは言った。
「これを使ってくださいなぁ…。」
シーグアはアルファベットの文字が大きく描かれた羊皮紙を持って来た。
「あっ、なるほどぉ〜〜っ!」
ヴィオレッタがハヤブサの前に羊皮紙を置くと、ハヤブサは嘴でツンツンとアルファベットの文字をつついていった。
「…ぞ、く、ちょー、た、ち、の、せっ、と、く…せ、い、こ、う…。よし、よくやってくれましたっ!」
これで、いつでもイェルマと軍事同盟を締結することができる。ベルデン、ドルイン辺りはすんなり了承してくれるだろうけど、バーグ、マットガイストはどうかなぁとヴィオレッタは思っていた。でも、「三つの要塞」を作ったし、脈はあるとも思っていた。
シーグアはヴィオレッタの笑顔を見て、またしばらくはこの笑顔も見納めだと思って…ヴィオレッタに言った。
「ヴィオレッタさん…私はティアーク城下町に戻ろうと思っていますぅ…。しばらくは会えないでしょう…お元気でねぇ…。」
「えええ…それは残念です。また会える日を心待ちにしていますね…。」




