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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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四百三十八章 カマキリ夫人 その1

四百三十八章 カマキリ夫人 その1


 エビータは傭兵ギルドのギルド会館の前にいた。

 エビータは躊躇することなく中へ入り、四人掛けのテーブルに座った。ギルド会館には数人の男がいて、ビールを飲みながら見慣れぬ浅黒の女の顔を横目で見ていた。

 エビータはテーブルから動かなかった。それで、ひとりの傭兵がビールのジョッキを持ってエビータの対面の椅子に移動して来て…言った。

「姐ちゃん…迷子かい?ここがどこか、判っているのかい?」

「ここは傭兵ギルドだろ。傭兵になりたくて、やって来たんだ。」

「ふははは…何か、勘違いしてここに来たのか?傭兵は女に務まるような仕事じゃないよ。そもそも、エプロンにスカートって…ここには給仕のお仕事はないぜ。」

「…私は傭兵は初めてだから、手続きの方法が分からないんだ。…カネ払って登録すればいいの?…どこが受付なの?」

 男は仕方なく、立ち上がって会館一階の真ん中にある扉をドンドンと叩いた。

「おおぉ〜〜い、アーノルド。お客さんだぞぉ〜〜…登録希望だってよ。」

 すると、扉を開けて書類を手にしたアーノルドが出てきた。この扉の向こうは傭兵ギルドの事務室だった。

「んん…傭兵になりたいってヤツはどいつだ?」

 男が指差したのが女だったので、アーノルドは酷く驚いた。驚いたが…笑顔でエビータに近づいていった。

「どうも、どうも…傭兵ギルドの事務をやってるアーノルドです。あんた、傭兵になりたいんだって?」

「女でも…問題はないんだろう?」

「勿論だともっ!女傭兵はいるよ…多くはないけど。この書類に必要事項を書いてくれ…それで銀貨一枚支払ってくれればOKだ。」

 エビータは書面に目を通して…再び言った。

「実は…私は身分証を持っていない…それでも良いか?」

「なに…あんた、『訳あり』か…。浮浪者でもお尋ね者でもアリなのが傭兵だ。なるほど…よっぽどカネに困ってここに来たんだな。ちゃんと仕事さえしてくれりゃあ、過去は詮索しないよ。だが、どこから来たかぐらいは書類に書いてくれ。」

 エビータは書類に「エレーナ」と書き、職種は「斥候」、出身地を「ティアーク」とした。浅黒の肌…絶対に西の世界の民族ではない。それでも…

「これでいいよ…身分証はこっちで何とかしてあげるからね。」

 男か女かは関係ない。国から派遣要請があれば兵士の頭数を揃えて送り出す、貴族から護衛の要請があればこれも頭数を揃えて送り出す…それが傭兵ギルドだ。

(まぁ…女傭兵はよっぽどの事がない限りは長生きはできん。美人なら…せいぜい仲間に媚を売って、戦場で守ってもらうんだな。機会あらば…俺も…。)

 アーノルドは銀貨一枚を受け取って、エビータに傭兵ギルドのメンバー票を手渡した。

「ようこそ、傭兵ギルドへ!」

 アーノルドのその言葉を聞いて、一階ホールの傭兵たちがわらわらとエビータの回りに群がった。

「ようっ、エレーナ…俺のパーティーに入らねえか?」

「そこはやめとけぇ、そいつは女の悦ばし方を知らねぇ…俺んとこに来いよぉ…可愛がってやるぜぇ…。」

 エビータは二本のナイフを出して、テーブルの上に突き立てた。傭兵たちは一歩退いた。

「私は既婚者だ、子供もいる…お前らの慰み物になるつもりはない。私が求めている仲間は真の強者だ。私の足を引っ張らない者…私は仲間のミスで死にたくはない。」

「…言ったなぁ…。女の癖に、何様のつもりでいやがる…自分の立場ってのを思い知らせてやる…」

 ひとりの傭兵が右手でエビータの腕を掴もうとした。エビータはテーブルに突き立てたナイフの一本を素早く抜いて、その傭兵の右手をさっと撫でた。驚いて傭兵が右手を引っ込めると…皮グローブがはらりと裂けた。

 エビータは言った。

「…皮一枚で許してやる。それでも私をこの椅子から動かせた者がいたら、強者と認めて仲間になってやっても良い。」

「…俺たち傭兵を舐めやがってえぇ〜〜っ!」

 アーノルドは止まらないと分かってはいたが、一応言ってみた。

「せっかくの美人だ…殺すなっ…」

 無駄だった。次の男がショートソードを抜いてエビータに斬り掛かった。横にいたアーノルドは思った。

(ああ…美人だったのに、勿体無い…エレーナ死んだ…。)

 エビータは左のナイフを引き抜くと、男のショートソードを横にいなして、さらに男の皮鎧にそのナイフを引っ掛け自分の方にぐいっと引き寄せた。そして、男の顔面が間近に近づくと…右のナイフを抜いて男の首をするりと撫でた。男の首筋に赤い線が走って出血した。

「うぎゃああぁっ…やられたあぁ…!」

 男は首を抑えて一階ホールの床の上を転げ回った。

 エビータは言った。

「…皮一枚だ、愚か者。そもそも…私と事を構えるのに、お前たちはスキルも使ってこないのか?…それとも、ここの連中はスキルさえ持っていないのか?」

 スキルを習得するような真面目な者は…傭兵などにはなってはいない。半分人生を捨てたような連中が傭兵になるのだ。確かに中には凄腕の傭兵もいるが、そういう連中は雑魚からは距離をとって、小集団を作っている。

 皮一枚で二人の男を手玉に取ったエビータは、いまだテーブルにナイフ二本を立てたまま…無表情で微動だにしていなかった。

 傭兵たちはエビータを取り巻いたまま固まっていた。

 するとそこに、八人の男たちがギルド会館に入ってきた。それはベンジャミンのパーティーだった。


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