四百三十六章 エステリックの冒険者
四百三十六章 エステリックの冒険者
ユーレンベルグ男爵は言った。
「エステリック王国は同盟三国の中で、最も『合理主義』というか『実利主義』が進んだ国だ。ほとんどの国民はカネを稼ぐことにあくせくしているのだ。それはエステリックの冒険者ギルドも例外ではない。…私にしてみれば、余計な事を考えなくて済むから商売には都合が良いのだけどな。味気ないと言えば、味気ないが…。」
「ふうぅ〜〜ん…私たちはイェルマに帰るから別にどうだっていいけどね…。」
中央街道を突き当って、北の街道をオリヴィアたちの荷馬車は右に折れ、男爵たちのワゴン馬車は左に進んだ。オリヴィアたちはイェルマを目指し、男爵たちはエステリック城下町を目指した。
ユーレンベルグ男爵たちのワゴン馬車はエステリック城下町の南門に到着した。さすがにユーレンベルグ男爵といえども、エステリック城下町の門を顔パスでくぐることはできない。男爵自身の身分証はエステリックでも通用するが、ベロニカ、エビータ母子の身分証が通用するかどうかはちょっと怪しい…。
そこで、男爵は前もって鳩屋のハトをエステリックの知人に飛ばしていた。
南門から一台のワゴン馬車が出てきて…
「やあっ、男爵、ユーレンベルグ男爵…お待たせしましたな。」
「おおっ…チェンバレン侯爵殿、お久しぶりです。お手間をお掛けします…。」
「なんの、なんの!さっ…私の馬車の後にどうぞ!」
チェンバレン侯爵はニコニコと笑いながら南門の番兵に話をつけて…二台のワゴン馬車はエステリック城下町の南門を通過した。
二台のワゴン馬車は南門からすぐ近くの木造の大きな建物に到着した。建物の入り口にはお店の看板と並べて、ユーレンベルグ家の紋章が掲げられていた。
みんなはそこで馬車から降りて、建物の中に入っていった…微かにワインの香りがした。
「侯爵殿、いかがですか…ワインの売れ行きは?…儲かってますか?」
「わはははは…おかげさまで…。どうぞ、休憩していってください。」
チェンバレン侯爵はユーレンベルグのワインの中卸をやっている。ユーレンベルグ男爵は長男のリヒャルド子爵を通して、エステリックの何人かの貴族にワインの中卸を任せて儲けさせていた。
ワイン倉庫の隣の事務室に招き入れられると、事務員がユーレンベルグ男爵たちにワインを持ってきた。おっと…ティモシーには果実ジュースだ。
ユーレンベルグ男爵とチェンバレン侯爵はワインを飲みながらしばらく歓談して、男爵が切り出した。
「そう言えば…ガルディン公爵様もエステリックに来ているそうですね…。」
「ああ、ガルディン公爵はディラン伯爵の館に滞在しているそうな…軍務尚書殿に何の用があるんでしょうかねぇ…?」
「ほほう…そうですか…。」
ユーレンベルグ男爵は、ガルディン公爵がエステリック王国の軍務尚書であるデュラン伯爵と接触を図っているという情報を得た。その情報を持って、自分の息子リヒャルドのいるユーレンベルグワイナリーへと馬車を走らせた。
ワイナリーはエステリック城下町の西の外れにあった。工場の敷地に入っただけで強烈なワインの匂いが漂ってきた。
「父上、ようこそっ!」
「やぁっ、リヒャルド、元気そうだなっ!」
馬車を降りた四人はリヒャルド=ユーレンベルグ子爵の案内でワイン工場の建物に入っていった。
「君たち、エステリックにいる間はここを使ってくれ、部屋を用意する。そうだな…一週間だ。エビータとティモシーは一週間のうちに自分たちのエステリックでの拠点を作ってくれ。ベロニカは…知らんが…。」
「私は勝手にさせていただくわぁ〜〜。」
エビータが言った。
「私たちはレイモンドの後任として、すぐにでも冒険者ギルドに潜入したいと思います…」
ユーレンベルグ男爵は言った。
「リヒャルド、城下町の地図をエビータに渡してやってくれ。」
「分かりました。それで…父上、ご報告があります。」
「何だ?私は忙しい、手短に頼む。」
「妻が…妊娠しました。」
「な…何ぃっ⁉︎なぜ今まで知らせなかったんだっ!」
「妊娠が確実になってからお知らせしようと思ってました。現在、四ヶ月ぐらいかと。」
「そ、そうか…めでたいっ!…男児が産まれればユーレンベルグ家の後継ぎとなる、大事にするんだぞ。」
エビータ、ティモシー、ベロニカはエステリック城下町の冒険者ギルド会館の前にいた。エビータはバンダナを深く頭に巻いて、尖り耳を隠していた。
「ティモシー…街道でのひと悶着を見ていましたね…?」
「母さん、それがどうしたの?」
「私はここの冒険者を頼りなく思いました…少なくとも、ティアークの冒険者よりもはるかに頼りないし、信用できない…。そんな冒険者ギルドに私とあなた、二人が固まっていても仕方がない気がします。あなたはここの冒険者ギルドで仕事をしなさい。私は別の場所を探します…その方が情報収集という点でも効率が良いでしょう…?」
「分かった…じゃあ、夜、リヒャルドさんのワイン工場で落ち合おう。」
ティモシーは母エビータと別れて、ベロニカと一緒にエステリックの冒険者ギルド会館の敷居を跨いだ。
「ティアークもエステリックも…ギルド会館は似たような造りねぇ〜〜…。」
そう言いながら、ベロニカはギルド会館を見渡した。軽装備の男たちが一階ホールでビールを飲んでいたが…ティアークの冒険者ギルドに比べると活気というものが全く感じられなかった。ベロニカは受付カウンターに向かった。
「ティアークの冒険者ギルドから来たんだけど、エステリックでクエストを受けたいのでメンバー票を更新してもらえないかしらぁ〜〜。」
「…銀貨一枚、申し受けます。」
「げっ…更新するだけで銀貨一枚も取るのかあぁ〜〜っ!」
ベロニカは懐の皮袋の中身と相談して…ティモシーに言った。
「考えてみたら、男爵はここに一週間しかいないから…ティモ…じゃなくてトム、あんただけ更新しなさいよ。」
「わ…分かった。」
ティモシーは銀貨一枚を支払って冒険者ギルドのメンバー票を更新すると、クエストの掲示板の前に立って、つぶさにクエストを調べ始めた。
(こ…これはぁ…!)
ベロニカは野郎どもに混じって、ギルドホールのカウンターバーでビールの大ジョッキを注文した。
「…銅貨50枚です。」
「…高っ‼︎」
「アルコール税が掛かっておりますので…。」
「げげっ…!」
ティアーク王国に比べるとエステリック王国の物価は非常に高く…その上に、お酒などの嗜好品には高い税金が掛けられていた。それでも、どうしてもビールが飲みたかったベロニカはビールの大ジョッキを注文してしまった。
ビールを飲みながら、ベロニカは同じくビールを飲んでいる周りの男たちに大声で言った。
「あんたたち…よくこんなクソ高いビール飲んでられるわねぇ〜〜っ、ティアークじゃ考えられないわ…!」
「ここはティアークじゃねぇ…。贅沢したかったら、とにかく稼ぐことだ…それがここの流儀だ…。」
(…けっ!)
ティモシーがやって来て、ベロニカの隣に座った。
「トム、何か良いクエストはあったかい?」
「それが…何というか…実入りの良いクエストばっかりで…」
「良いじゃないか。」
「…きつい仕事ばっかりなんですよ。多分、五級の僕向きの仕事はないですね…ティアークなら、ネズミ駆除とか猫探しみたいなクエストがいつも最後まで残ってるんですけど…。」
「ふぅ〜〜ん…」
ベロニカは大ジョッキを飲み干すと、受付カウンターに向かった。
「ねぇねぇ…トムはまだ五級の冒険者なんだよ。この子に見合ったクエストはないの?」
「…ありませんねぇ。そういうクエストはギルドが赤字になってしまうので受注しておりませんが…。」
「えええっ…。おいおい、じゃぁ…五級冒険者は稼げないじゃないか。クエストが受けられないってことは、上のクラスにも登れないし、若い冒険者が育たないじゃんか…!」
「…ソロでやろうとするからですよ。どこか、一級冒険者のパーティーに加えてもらうことですね。」
「うむむ…。」




