四百三十三章 神代語のお勉強
四百三十三章 神代語のお勉強
ヴィオレッタにはイェルマ滞在のひと月の間に、やらなければいけない課題がいくつかある。
ひとつはイェルマとの軍事同盟の締結。これは問題ないだろう…ただ、リーン以外の族長区の族長の了解を得る必要はあるだろうから、そこはリーンに残してきたスクルさん、ティルムさんを始めとするリーン一族の人たちに頑張ってもらおう。
ひとつはシーグアさんのまだ読んでいない著作物の読破。エルフの村にはシーグアさんの著作が全巻揃っているのでとても楽しみだ。シーグア本愛好家としては義務かもしれない。
ひとつは神代語の習得。神代語習得によって自分の魔法の幅が断然に広がる…とても興味深い。…ただ、エルフ語ですら難解だったのに、本当に一ヶ月でマスターできるだろうかという不安はある。
最後のひとつはエンチャントアイテムの作成。リール女史の利便性は身に染みて判っている。こんな素晴らしいアイテムを自分でも作れたらなぁと思う…まぁ、これは神代語習得のついでみたいなものであるけれど…実現したら嬉しい。
夜のエルフの村。夕食を終えたヴィオレッタ、ユグリウシア、エヴェレット、シーグアは談話室に移動した。
ヴィオレッタが真っ暗なエルフの村の夜空を見上げてみると、一箇所だけ光を放つ点があった…メグミちゃんだ。樹木にしがみついて「ライト」に寄ってくる虫を食べているのだ。このエルフの村に来てから、メグミちゃんはほぼ放し飼いの状態だった。
メグミちゃんの所在が分かって安心したヴィオレッタは「ライト」で明るく照らされた談話室で、ヴィオレッタはユグリウシアから神代語の手解きを受けた。
「神代語を習得すれば、闇の精霊以外の精霊を全て自由に動かせるようになるので、パッケージ化された魔法に頼る必要がなくなります。」
ユグリウシアの言葉にヴィオレッタは強く反応した。
「…闇の精霊以外の全ての精霊…!…ということは、光の精霊も…という事ですか?エヴェレットさんが行使する神聖魔法、治癒魔法も、セコイア教の得度を受けなくとも行使できるようになるという事ですか⁉︎」
「そういう事ですね…。」
光の精霊を根源とする神聖魔法の行使は、「神官」や「僧侶」と言った特殊な職種に限定されるという現象は、あくまでも「人間の理」であって「世界の理」ではないという訳だ。
「それでは…神代文字から始めましょうか。この教本の文字を覚えていきましょうね。」
「はいっ!」
ユグリウシアが開いた教本の文字に倣って、ヴィオレッタは羽根ペンを握って羊皮紙に神代文字を書いた。エヴェレットは身を乗り出して、その様子を見ていた。シーグアは身じろぎもせず、表情を変えなかった…目蜘蛛と意識共有をしているのか、それとも寝ているのか…?
すると、数人の老エルフがやって来た。
「おや、セレスティシア…神代語のお勉強かい?精が出るねぇ…。」
「神代語がなくたって不便はないのだから…根を詰めちゃダメだよ。」
「神代語…儂はまだ半分ぐらいは覚えているぞ。解らない事があったら、儂に聞きなさい。」
ありがた迷惑な老エルフたちだった。老エルフたちはヴィオレッタを子供扱いしていた。まぁ、実際、エルフで六十五歳といえばまだ子供なのだが…。ヴィオレッタは角が立たないように…
「どうも…ありがとうございます。頑張りますね…あははは…。」
ユグリウシアも老エルフたちに気を遣いながら…ヴィオレッタの書いた文字を確認してくれていた。
「…その単語は、どういう意味でしょう?」
「ええと、シルフィ…ですかね。」
「ちょっと、大きな声で発音してみてください…。」
「はい…@&%#…。」
すると…談話室の宙を漂っていた風の精霊シルフィが一斉にビクッとして静止した。
「おおぉ〜〜っ…凄いっ!」
次の命令がなかったので…しばらくするとシルフィたちは何事もなかったかのように再び宙を漂い始めた。
「神代文字の形と発音を覚えたら…短い文章を暗記していきましょうね。」
「は…はいっ!」
三時間ほどユグリウシアの授業を受けると、巨樹にぶら下がっている円筒家屋のひとつをヴィオレッタ専用の寝室として用意してもらい、ヴィオレッタは本を一冊持ち込んで就寝の準備をした。
ヴィオレッタは寝台に寝そべって、シーグア著作の「第一次人魔大戦」を開いて読み始めた。
(ふむふむ…第一次人魔大戦では、「勇者」は登場しなかったのかぁ…)
読み進めているうちに…ヴィオレッタは夢の中に誘われていった。




