四百二十一章 大脱出! その6
四百二十一章 大脱出! その6
ヴィオレッタたちの馬車は順調にイェルマに向かっていた。通常はゆっくり走って、日に数回、「吊り下げ式」を使って猛スピードで馬車を走らせた。街道の途中に幾つかの補給ポイントがあって、そこに寄って食料と水を受け取り馬を交換した。馬車は追手を振り切って…イェルマに先着するかのように見えた。
二日が経過した頃、左手に大きな川が見えてきた。この川の河川敷は旅人たちが水の補給をする要衝である。
ヒラリーが言った。
「あっ、この川…見覚えがある、イェルマは近いぞっ!」
その言葉にみんなの疲れた顔に笑みが浮かんだ。
御者をしていたジェニが言った。
「川かぁ〜〜…ちょっと寄って、息抜きしてかない?…水浴びもしたいし。」
すると、馬車を止めて、アンネリが御者台から飛び降りて言った。
「…ちょっと待って。みんな、動かないでね。」
アンネリは街道の地面にうつ伏せになり、右耳を地面にくっつけて地鳴りの音を聞いた。
ドドドドドド…
…アンネリは動揺して叫んだ。
「ヤバいっ!…追手は近いよ、河川敷に寄ってる場合じゃないっ‼︎」
「えええっ…!」
みんなは河川敷に寄るのをやめて、一目散に街道を走った。
アンネリはジェニと御者を交代して、鞭を打って馬を急がせた。ヒラリーは馬車と並走しながらアンネリに尋ねた。
「アンネリ…距離はどのくらいだ?」
「…数キロだね。」
それを聞いたヒラリーはみんなに悲観的な未来を語った。
「もしかしたら…追いつかれて、戦闘になる可能性もあるっ!私、デイブ、トムソンは殿に回ってできるだけ追手を食い止めるけど、戦闘スキルを持っている者は私たちに協力してくれっ‼︎」
それを聞いて、ジェニは馬車に乗せていたコンポジットボウと矢筒を取り出し、右手に射手用のグローブをはめた。ヒラリーたちは馬車の後方に下がって、それぞれの武器に手を掛けた。
「みなさんにはご迷惑を掛けて、ごめんなさい…」
そう言ったのはヴィオレッタだった。
「こう見えても、私とエヴェレットさんは魔導士…できるだけの事をやりたいと思います。ヒラリーさんたちには切羽詰まった時のために体力を温存していてください…!」
ヴィオレッタは左手にリール女史を握りしめて、走る馬車の上から呪文を唱えた。
「名もなき神、万物の創造神の名において命じる…地の精霊ノームよ、地中より這い出でて地の上に堆く布陣して城砦となれ…出よ、ビルドベース!」
地面が盛り上がって、街道を塞ぐように巨大な盛り土が出現した。
「おおっ、こりゃ凄ぇっ!これなら馬車は通れないなっ‼︎」
ヴィオレッタとエヴェレットは交互に「ビルドベース」を街道に施しながら、イェルマ目指して馬車を走らせた。
無関係の通行人には大迷惑な話だが…そうも言っていられない状況だった。
それから遅れること10分後…先行していた騎士兵が叫んだ。
「障害物発見…全軍、止まれぇ〜〜っ!」
追撃部隊は街道を塞ぐ巨大な盛り土の前で停止した。
大隊長が大声で命令を下した。
「おいっ…できるだけ速やかに障害物を排除せよっ!」
数十人もの騎士兵たちが馬から降りてきて、手にスコップやナイフ、盾を持って盛り土を崩し始めた。
「待てっ!」
それを制止したのは師団長だった。
「これから先、このような障害物はいくつも出現するだろう…いちいち手作業で撤去していたんでは敵の逃亡を許してしまう。…連絡係の魔導士、前へっ!」
五人の魔導士が師団長の前に出た。
「お前たちは先行して…障害物を魔法で排除せよ、魔力を使い切っても構わんっ!」
「はっ…!」
魔道士たちは「ファイヤーボール」「ロックバレット」「アイシクルスピア」の一斉攻撃で巨大な盛り土を粉砕した。
これは騎士兵団にとってもひとつの賭けだった。魔力を失った魔道士は、当然、「念話」は使えなくなるし…「ヒール」も使えなくなるのだ。
盛り土を四つ処理した時点で魔道士たちは魔力を使い果たし…馬ではなく馬車に乗って魔力の回復に努めた。
師団長は叫んだ。
「このようなありきたりな罠を仕掛けてくるとは…もう伏兵はいないと見た!馬車の警護は不要である…全ての騎馬は障害物を迂回して、敵を追撃せよっ!」
騎士兵の騎馬たちは五つ目の盛り土を林に入って迂回し、どんどん先に進んだ。




