四百十三章 オリヴィア王妃 その3
四百十三章 オリヴィア王妃 その3
謁見の間。今まさに朝議が始まろうとしていて、参議たちが揃って待機している中、ビヨルム国王が高台の玉座についた。そして、少し遅れてフランチェスカを伴ったエヴァンジェリン王妃がやって来た。総大理石の謁見の間には靴音だけが響いて厳かであり、いつも通りの朝議が始まるのだと思われた。
ビヨルム国王はエヴァンジェリン王妃に声を掛けた。
「おや、ウィルヘルムは?」
「…へ?」
慌ててフランチェスカが答えた。
「皇太子は…今朝はぐずっておりまして…。」
「ふむ…そうか。」
エヴァンジェリン王妃は少し移動して玉座の隣の王妃の椅子に座ろうとした。その時だった。
ププッ…
…謁見の間が凍りついた。
イェルマでは時、場所を構わず…誰も「放屁」を責める者はいない。なので、オリヴィアはわずかに微笑を浮かべたまま平然としていた。
しばらくして…意を決してフランチェスカがポツリと言葉を発した…
「…今朝のお食事は…ポテトサラダでございました…。」
これは、貴族社会の習わしで…粗相をした時の謝罪の決まり文句である。貴族社会は見栄と権力の世界…くしゃみやあくび、放屁などでいちいち相手に謝罪することを避け、粗相の原因、責任を食事のせいにして、あえて「ごめんなさい」とは言わないのである。貴族は謝罪の言葉を口にしたくないのである。まぁ…女性が野外で催した時に、「お花を摘みに行ってきます」と言うのに似ている。
この決まり文句は粗相をしでかした本人が発しないといけない。この場合、フランチェスカは王妃の罪を自ら被ったのだ。しかし、フランチェスカは貴族ではない…この場は収まるとしても、彼女の侍女としての経歴に傷がついたのは確かで…事あるごとに、この日の出来事が貴族の間で語られることになる。
屈辱である…だが、ここにいるのはオリヴィアではなくエヴァンジェリン王妃なのだ。側付きの侍女として、エヴァンジェリン王妃に恥をかかせるわけにはいかない…苦渋の決断だった。
(くうぅ〜〜…この女、後で何としてやろうっ…‼︎)
だが、国王を含めた参議たちは王妃の粗相を確信していた。そして、その罪を侍女が被ったことも承知していた。なので、フランチェスカの唯一の救いは…王妃の罪をあえて被った「忠臣」として讃えられることくらいか。
その後、王妃の粗相はなかった事として、朝議はつつがなく進行し、そして終わった。
エヴァンジェリン王妃は王妃の椅子から体を起こした。
「…よっこらしょっと。」
すると…
「王妃よ…珍しいな。お腹の具合でも悪いのかな?」
「いやね…コルセットがキツくてね…ウンコしたいわぁ…。」
「…ウ…?」
フランチェスカは見えないようにエヴァンジェリン王妃のドレスの裾を掴んで…強引に引っ張って、謁見の間を早々に退出していった。
その様子を違和感を持って見ていた者がひとりだけいた。最近、参議に加わった文部尚書のロットマイヤー伯爵だ。
オリヴィアを見たこともない者は、朝議に出席した王妃をエヴァンジェリン本人だと信じて疑わないだろう。しかし、ロットマイヤーはオリヴィアを見たことがある。ロットマイヤー伯爵は「比較する情報」を持っているのである。
(何だろうな…今朝の王妃陛下はとても奇妙に見えたな…。)
王妃の部屋。
フランチェスカがオリヴィアに詰め寄っていた。本物のエヴァンジェリン王妃はもう、ソファーに寝転がって腹を抱えて笑っていた。
「おぉ〜〜のぉ〜〜れぇ〜〜…何としてくれよぉ〜〜っ…!」
「なぁ〜に…何よ、どおしたのよぉ〜〜っ!オナラぐらいで、何で怒ってるのぉ〜〜っ?」
「…そのオナラのせいで…私の侍女としての人生は終わったわよぉ〜〜っ‼︎」
「オナラで人生が終わるわけないじゃんっ!」
「うううううぅ〜〜…!」
二人の間にヴィオレッタが割って入って…言った。
「フランチェスカさん、ご…ごめんなさい、申し訳ありません!…でも、そろそろ準備しないとぉ…。」
オリヴィアは言った。
「そうっ、今から脱出しないといけないのよっ!…その前に、ウンコ行ってきていい?」




