四十一章 マンハント その1
四十一章 マンハント その1
ネイサンは憤慨していた。
手筈通りに事が運んでいれば、ステメント村に憲兵隊が押し寄せオリヴィアとアンネリはとっくに捕縛されているはずだった。多少の小競り合いはあるだろう…それを見越してわざわざ冒険者ギルドの野営地を襲い、頭数を減らし、混乱させ、士気を挫いたというのに…。
どうなってる?何か行き違いがあったのか?…そう思って、お昼頃に指定の場所に行ってあの木の枝を見てみると白い糸が結んであった。この白い糸はネイサンとつなぎ役のふたりだけの合図だ。ああ、やはりあのつなぎ役がへまをしでかしたのだ。それで致し方なく、俺に今一度の面会を申し出たのだとネイサンは思った。
深夜の一時すぎ。場所は村から約1kmの小さな街道。ネイサンはつなぎ役が現れるのを待っていた。現れたら半殺しにしてやろうと思っていた。
村の反対側からランタンも持たずに誰かが近づいてきた。少し様子が違う…男にしては小さい。
「ネイサン、いくら待っててもつなぎ役は来ないよ。」
「む…その声はヒラリーか?」
暗闇の中でふたりは対峙した。ネイサンは気まずそうに言った。
「おまえがここに来たってことは…バレてるってことか、へへへ。…どこで気づいた?」
「どこでっつーか…最初からだよっ!」
「…?」
「分からないなら教えてやるよ。うちは傭兵ギルドと違って身元調査が厳しいんだ。うちのギルマスは顔が広くてねぇ…貴族様でも騎士様でも快く情報を流してくれるんだよ。おまえ、貴族の五男坊だってな。それで騎士兵団に入団できた…そこまではいいが、そこでとんでもないことをやらかしたらしいな…強姦、強盗殺人、仲間殺し…みんな証拠不十分とはさすが頭がいいな。でも、上官殺しはねぇ…。どうやって斬首刑を免れたんだい?いいパトロンでも見つけたのかい?偽名を使えばバレないと思った?」
「…。」
「おまえ、ネイサンは偽名で本名はシビルって言うんだろ?公爵のスパイだろっ!」
「で…?」
「おまえはここで死ねっ!本当なら十五回殺したいが、一回でいいや…。」
「ほほぉ…そっちもバレてたのか。何でバレたのかは分からんが、まぁいいや…面倒くさい…。」
ネイサンもといシビルはツーハンドソードを抜いた。
「俺は今までに…俺に向かって死ねと言った奴を何十人も返り討ちにしてきた。ヒラリー、おまえに俺が殺せるのか?」
「自惚れだねぇ…わざと自分から、オークに扮したMPKだ、とか言ってギリギリを楽しんでやがる…よっぽど自分の強さに自信があるんだねぇ、何があっても自分は絶対死なない…と。」
「本当のことだから仕方ないな…ははは。」
「じゃぁ、きっちり殺してやるよっ!おまえの敗因はその自信過剰だっ‼︎」
さらに四つの人陰がシビルを取り囲んだ。ダフネ、アナ、デイブ、サムだった。
「うひょぉ〜〜…ヒラリーパーティー勢揃いかぁっ!1対5かっ⁉︎いいのか、これで…おまえら恥ずかしくないのか?」
「あなたにそんなことを言う資格はありませんっ!卑怯な手でみんなを殺しておいて…みんなの仇…エリーゼの仇…絶対に許しませんっ‼︎」
シビルの言葉にすかさず反応したのはアナだった。
「シビル…分かっちゃないねぇ…。これは私刑だっ!最初から正々堂々とか恥ずかしいとか、そんなものはないんだよっ‼︎」
「そうか…いいぜ、それでも。…楽しくなるぜ。来いよ、皆殺しにしてやるよっ!」
そう言い放って、暗闇の中、シビルはいきなりアナに斬り掛かった。まずはヒーラーのクレリックと魔道士…鉄則だ。なぜアナか?声の方向で位置がわかったからだ。
ガンッ!
その攻撃をそばにいたダフネがラウンドシールドで防いだ。防いだのがダフネだと見ると、シビルは「ウォークライ」を警戒して後方に飛び退いた。
ダフネの役割はアナを守ることだった。ヒラリーに厳命されていた、攻撃されても絶対に反撃してはならないと…。シビルほどの技術と経験を持ってすれは、反撃を逆手にとってカウンターで返すことは容易だ。一瞬にしてツーハンドソードの餌食になる。ヒラリーはこうも言った…「奴は天才肌だ」。
「法と秩序の神ウラネリスよ…」
サムの呪文に気づいたシビルは、「疾風改」で急接近し、今度はサムを攻撃した。だがデイブがラージシールドでそれを防いだ。シビルは執拗にデイブを攻撃したが、デイブは防御に徹して反撃をしなかった。デイブもまたダフネと同じことをヒラリーに言われていたからだ。
「…風の精霊シルフィを遣わし、光となせ…ライト!」
サムは呪文を完成させ、シルフィが大気中にプラズマ現象を起こして、手の上の小さな物体に白い光を宿らせた。サムはそれをシビルの足元に投げ込んだ。撒菱だ。異様に思ったシビルは少し下がって撒菱を足の先で確認してみた。
(なるほど、こいつで俺の機動力を封じる腹か…。光らせるのは自分達が踏まないためか?)
みんなはシビルを一定間隔で囲んだまま、無理にシビルを攻めることはしなかった。深度2の「疾風改」と「遠当て:兜割り」は最も警戒すべきスキルだ。
「みんなぁ〜〜、しっかり距離をとってぇ〜〜っ!『疾風』『遠当て』来るよぉ〜〜っ‼︎」
ヒラリーが大声でみんなに注意を促した。同じ剣士同士、手の内は熟知している。
シビルとて迂闊に動けない…スキルの無駄撃ちは体力を消耗し、後々致命的な結果につながることを知っているからだ。
サムは撒菱に「ライト」を付与してシビルの足元に投げ続けていた。そのせいで、十数個の撒菱は地面を照らし、シビルを中心にぼんやりと明るくなっていた。
「おらぁ〜〜っ!どうしたっ、来ないのかっ⁉︎」
シビルは前衛職の攻撃を待っていた。攻撃型の両手剣持ちは回避してからのカウンターがうまい。
その時、シビルに向かって三本の矢が放たれた。一本は地面をえぐり、もう一本は腹のプレートメイルに突き刺さった。最後の一本はシビルの頭をかすめて飛んで行ってしまった。
(うぅっ…『マグナム』の三連射かっ⁉︎なんでヒラリーのパーティーにアーチャーがいるんだっ?)
もちろんジェニだ。アナの要請でこの「私刑」への参加を快諾してくれたのだ。
ライトを宿した撒菱のおかげでシビルの位置がよく分かる。狙撃ポイントを注意すれば流れ矢が仲間に当たることはない。「マグナム」で放った矢は、致命傷にはならなかったが金属プレートと鎖帷子を貫通して、少し表皮に食い込んでいた。
ジェニの役割は陽動と撹乱だ。ヒラリーはジェニにこう指示していた。
「射殺さなくていいから、狙撃ポイントをコロコロ変えて、あいつが忘れた頃に射ってくれ。」
実際、ジェニにはそれしかできない。「イーグルアイ」「クィックショット」「マグナム」を発動させ続けることは、体力の乏しいジェニにとっては至難の業…数回が限界だ。要はシビルの集中力を散らすこと…運よく頭部に命中すれば、超ラッキー‼︎
シビルはすぐに「風見鶏」を発動させた。動かざるをえなくなった。アーチャーは狙撃ポイントを変えて、再び狙撃して来るだろう。的を絞らせてはいけない。
シビルは刺さった矢を抜こうとしたがなかなか抜けなかった。折ろうとしてもなかなか折れなかった…ジェニ特注の鋼製の矢は矢尻と矢軸が一体構造となっていたからだ。動くたびに矢尻が皮を引っ掻いて痛みが走った。
シビルにもだんだんとヒラリーの思い描いた戦術が見えてきた。消耗戦を仕掛けてきたのだ。致命傷は必要ない…少しづつ出血の伴う手傷を負わせて、時間をかけて消耗させる…体力を削る作戦だ。ヒラリー側にはヒーラーが二枚で無限の体力だ…圧倒的に不利だ!
シビルは本気を出さざるを得なくなった…各個撃破してやる!




