四百五章 古い泉
四百五章 古い泉
ピックは、疲れ果てて動かなくなった老人二人を休ませて、ひとり岩清水を追跡していた。僅かに風が頬を撫でていった…水の匂いがした。ピックは一目散にその方向に走っていった。
「おおっ…あった!」
ピックの目の前に緑色の水面が広がっていて、ピックが近づいていくと、カメかカエルか何かが泉に飛び込んでポチャンという音がして、それと同時に水を飲んでいた無数の美しい色をした蝶が水面から一斉に飛び立った。
ピックはすぐに腰のポーチから銀の針を取り出し、泉の水に浸してみた。
(うん…毒はなさそうだ。だが、この緑色…飲めるかどうかはちょっと疑問だな…。)
辺りを見回しても、水を飲んでいる動物がいなかったのでピックはそう思った。とりあえず、ピックは老人たちを迎えに後戻りをした。
ピックに連れられてやって来たヨワヒムとライバックは泉を前にして小躍りした。
「ふうぅ〜〜…やっと着いたな…問題はここに水の妖精がおるかどうかじゃな…。」
三人には見えていないが…彼らの眼前には、視界の隅々にまでフェアリーが飛び回り、ミズホタルが水面にひしめいていた。
ピックが言った。
「さぁ、泉に到着したぞ。これから、どうするんだい?その…魔法スクロールの材料ってのは、どこにあるんだ?」
「…分からん。」
「…えっ?」
「…分からん。」
「分からん…って、あんたら、具体的に何を集めるとか知らないのかっ⁉︎」
「…水の妖精の『何か』じゃっ!」
「おいおい、そういうのをノープランって言うんだぜ…。」
「儂の目には妖精は見えんし…ここに来れば手掛かりがあるかと思ったのじゃっ!」
「…。」
ピックは…まぁ、いいかと思った。もうしばらくしたら夕方になる。帰る前に、この美しい泉のほとりで一時間ぐらいのんびりして行くか…。
老人二人はしきりに泉の中を覗き込んでいた。そして、何かを見つけてピックに言った。
「ピック殿、あそこの泉の底に何か見えないか…光を反射しているのか、白く見えるのじゃが…。」
それを聞いて、ピックも泉を覗き込んで、注意深くその白い物を見た。
「ありゃあ…銀貨だな。ここに来た者が他にもいるってことだ。だが、どうして銀貨なんかを…?」
よくよく見ると、泉の底の至る所に、白い物…銀貨が沈んでいた。
すると…
「…ログレシアス…?久しぶり…ですね。…ログレシアス?」
どこからか声がした。三人は驚いてその場から逃げようとしたが、負けん気の強いヨワヒムは思いとどまって、声のした方向に怒鳴った。
「だ…誰じゃ、姿を現せ…!」
「…ログレシアスじゃないのね…。」
そう言うと…声の主は二度と話しかけては来なかった。三人は声の主の正体が判らず気味が悪くて泉に近づく事ができなかった。日が暮れてしまったので、その日は仕方なくセコイアの懐の村に戻っていった。
その夜の夕食はエルヴンシープの肉の煮込み鍋だった。
「ライバックさん、皮は村の鞣し職人のところに持っていったぞ。肉は俺たちで食べてもいいんだよな?」
「うむ、それで良い…必要なのは皮だけじゃ、肉はいくらでも食ってくれ。」
シーラが鍋から肉ばっかりを自分のお椀によそっていたので、母のナンシーに怒られていた。
「それにしても…あの声は何じゃったのかのう…。」
「明日、スクルさんか誰かに訊いてみたらいい。」
「そうするか…。」
数日間、エルヴンシープの肉をみんなで美味しくいただいた。
次の日の朝、再びピックと老人二人がリーン会堂を訪れると、思わぬ客がいた。
ヨワヒムが言った。
「おや、初めて見る顔じゃな…あんたは?」
「…まあ、失礼ですね、それはこちらの台詞ですよ。私はティルムの妹、ダーナと申します。エヴェレット様の指示で、今はすぐ近くにいますので、ちょっと兄の顔を見に来ました。お話は兄から聞いています…あなたがヨワヒムさんで、あちらがライバックさんね…。」
「おお、セレスティシア殿の身内の方であったか…。」
スクルが言った。
「それで、今日も泉…ですか?昨日は何か、成果はありましたか?」
「…それがじゃな、泉は発見したんじゃが、おかしな声が聞こえて来るのじゃ。あの泉には良からぬ物が巣くっておるのじゃろうか…?」
すると、ダーナが言った。
「へえぇ、みなさん、あの泉に行ったんですね。懐かしいわねぇ…私は小さい頃はよくあの泉のそばで遊んでいましたよ。」
「何と…その時は、声は聞こえなんだか?」
「それはナーイアスの声でしょう。」
「ナーイアス…⁉︎」
「あの辺りは精霊や妖精の棲家ですよ。ナーイアスはあの泉の妖精…泉の主です…まだいたんですね。久しぶりに会いに行ってみようかしら…。」
「行こう、行こう…みんなで行こうっ!どうじゃ、ティルム殿も一緒に…」
「いやいや…私には精霊や妖精は見えないので遠慮します…ダーナは見えるハーフエルフなので連れて行ってください、何かのお役に立つかも知れません。」




