四百四章 古代の森探索
四百四章 古代の森探索
早朝、牛の鳴き声に急かされて、ガレルの家族は急拵えの牛舎に向かった。
ナンシーとルルブがすぐに牛の乳を搾り、赤子のスタリーを背中に縛り付けられたシーラがその様子を楽しそうに見ていた。
「チーラにもやらチて、やらチてっ…!」
ルルブがスタリーを抱っこして交代すると、すぐにシーラが座って牛の乳を絞ったが、当然ながらうまくいかなかった。
ナンシーが言った。
「シーラ、いいかい?こうやって…人差し指、中指、薬指と順々に握っていくのよ。最初はゆっくりおやり、慣れるまでに時間が掛かるからね…。」
「お母ちゃん、こうか?…これでいい?」
搾りたての乳をバケツからコップで掬って飲むと、シーラはニコリと笑った。
乳搾りが終わってガレルが牛舎の扉を開けると、牛たちは一斉に草原へと出ていった。
そのすぐ後、瓶やかめを持った村人が数人やって来て、搾りたての牛乳を買っていった。その中にクロエがいた。
「牛乳、くぅ〜〜ださいなぁ〜〜!」
「あっ、クロエちゃんが来たぁ〜〜っ!」
クロエはナンシーに牛乳を瓶に入れてもらってお金を払うと、パンを一個掴んだシーラを連れて「セコイアの懐」の村の方へ歩いていった。
ひと仕事終わって、ガレルが朝食を摂るために家の中に入ると、ヨワヒムとライバックはまだ寝ていた。
「じいさんたち、そろそろ起きてくれよ。それで、さっさと朝飯を食ってくれ。でないと、俺がナンシーから片付かないって小言を言われるんだよ。」
「そうか…分かった、分かった…。」
老人二人は眠たい体を起こし、寝台から降りて居間の方に移動した。
朝食を摂りながら、みんなは話をした。
「スクルさんもティルムさんも何も言ってこないなぁ…いつまでご老人をうちで預かっておくのかなぁ…。」
「今、エヴェレットさんが留守だからな…。」
「…俺たちも、いつまでも野宿というわけにはいかんしなぁ。家を建て増ししたいがカネがなぁ…。」
ヨワヒムとライバックを寝室で寝かせているために、結果としてガレル、レンド、ピックは家の外でテントを張って寝ている。
そんな家人の苦労をよそに、ヨワヒムは言った。
「お前たち暇か?…できたら、エルヴンシープの皮が欲しいんじゃが…。獲って来てくれんか。」
ガレルたちは…暇と言えば暇だった。鶏の世話は女たちに任せていれば良いし、牛は夕方までは放牧してる。
「エルヴンシープの皮なんて…何に使うんだ?」
「儂らはセレスティシア殿の命で『魔法のスクロール』を完成させるために、遥々リーンまで来たのじゃ。エルヴンシープの皮はその材料じゃ…お前たちは、牛の件で儂らに借りがあるじゃろうが…。」
レンドが言った。
「セレスティシア様の命じゃ、仕方ないな。ガレルとピックで行ってこいよ。」
ライバックもすかさず言った。
「魔法のスクロールの材料はもうひとつある…。この辺りに妖精がいそうな川か泉はないか?」
「俺たちは移住者だから、リーンの地理には詳しくないんだ。それはスクルさんかティルムさんに聞かないと判らんな…。」
と言う事で、老人とレンドは「セコイアの懐」の村へと赴いた。
村のリーン会堂で司令官のスクルと面会した。
「この辺りはとても古い森だと聞いている。私は見たことはないが、妖精はいるかもしれない。そういえば、セコイアの御神木のさらにずっと上の森の中に大きな泉があるらしいよ。そこに行ってみては?」
耳寄りな情報を入手して、ヨワヒムとライバックは喜んだ。
「よし…レンド殿、儂らをその泉まで案内してくれんか⁉︎」
すると、ティルムがそれを止めた。
「ああ、ダメだよ。レンドさんはダークエルフのハーフ…「闇纏い」と自然系の妖精は相剋関係にあるから、レンドさんが行くと妖精は隠れて出てこないよ。」
「むむ…泉には行けんのかぁ…。」
レンドが言った。
「ご老体、諦めるのはまだ早い。ピックなら大丈夫だろう…あいつもハーフだが、あいつは『闇纏い』ができないんだ。」
老人たちは一度、ガレルの家に戻って出かけようとしていたピックを止めた。そして、レンドの代わりにピックが老人たちを森の泉に連れていく事になった。
そこは前人未到の原生林で、手つかずの自然がそのままに残っている森だった。昼なお暗い獣道すらない巨大な樹々の間を、ピック、ヨワヒム、ライバックは山の急勾配を登っていた。
「ふうっ、ふうっ…ふいぃ〜〜っ!…ピック殿、ちょっと…休もう…」
「…さっきも休んだばっかりじゃないか…仕方がないなぁ…もう。」
老人二人が腰を下ろして皮袋の水を飲んでいる間も、ピックは森の植生で方位を確認し、思索を巡らせていた。
(苔の生え具合からして、こっちが南だな…大きな泉ということは、岩清水の水源になってそうだから、岩清水を見つけてそこから辿るか…。)
ピックは簡単なマップを作成しながら、老人たちを急かしてさらに上へと登っていった。
レンドとガレルはリーンから北の険しい峡谷にいた。
「あっ、いたいた。あれがエルヴンシープだろう…たくさんいるな。」
「しかし…どうやって、近づいたものかな…?」
エルヴンシープの群れは、足場がないような断崖絶壁にくっつくようにして、岩の隙間に生えた草を食べて、そして、信じられないような身軽さで絶壁をピョンピョン跳ねて移動していた。
「結構、大きいな…とりあえず、一頭だけでいいんだけどな。」
「俺が崖の上まで移動して、エルヴンシープの頭の上を取る。ガレル、お前はここにいて、俺に指示をくれ。」
「…分かった。」
レンドはすぐに移動して、一時間ほどして崖の上に姿を現した。ガレルは、レンドが正確にエルヴンシープの直上に位置するように、手信号を送った。
(もうちょい左…もっと左、そこっ!あっ、行き過ぎた…ちょい戻して…そこっ‼︎)
レンドは右手に闇を纏って、それをロープのようにしてゆっくりとゆっくりとエルヴンシープに気づかれないように頭の上に垂らしていった。
バチィッ…!
レンドの闇の精霊とエルヴンシープが纏っている風の精霊が反発し合って、エルヴンシープは瞬間失神して…谷底に落ちていった。
レンドとガレルの二人は谷底まで降りていって、墜落死したエルヴンシープを回収した。




