四百三章 男爵の召集 その3
四百三章 男爵の召集 その3
10トンの米を積んだ五台の大型荷馬車がイェルマを出発した。それを馬に騎乗した十人のイェルメイドが護衛していた。
護衛は武闘家のオリヴィア、斥候のアンネリ、戦士のケイト、アーチャーのジェニ…それに、騎馬に長けたランサー六人だ。
イェルマ橋を渡った辺りで、皮鎧を着て先頭を走っていたオリヴィアが大声で叫んだ。
「ちょっとコッペリ村に用事があるから、先に行っててぇ〜〜っ!」
今回の護衛隊のリーダーであるランサーのケリーが言った。
「こ、困りますよ…オリヴィア…さん。」
すると、ケイトがやって来て笑いながらケリーに言った。
「どうせ、キャシィズカフェよ、旦那に会いに行ったのよ。オリヴィアはずっとマーラントまでの護衛をやってて、すぐまたティアークだから…辛抱たまらないんでしょう。許してあげてよ…終わったらすぐに馬で追いかけて来るでしょう。」
オリヴィアはキャシィズカフェに飛び込んで叫んだ。
「セドリックはどこぉ〜〜っ⁉︎」
朝の仕込みをしていたみんなは、突然のオリヴィアの訪問に驚いていた。普段であれば午前十一時頃なのに…こんなに朝早く…?
グレイスは言った。
「セディはまだ寝てるよ…今は朝の六時…」
ドタドタドタドタッ…!
オリヴィアはもの凄い勢いで二階に駆け上がっていった。
「もう…久しぶりに来たと思ったらぁ〜〜…。」
キャシィが下品に笑って言った。
「うひゃひゃひゃっ、これからまた、二週間くらいセドリックとは会えなくなるから…愛液の補給をしに行ったんでしょ。」
「まぁ…夫婦なんだから、いいけどさ。早く子宝を授かってもらいたいもんだ。跡取り…男の子を産んで欲しいねぇ。それと…『愛液』とか言うな!」
「あひゃひゃひゃっ…セディも今年十六歳で、大きくなったから…もうすぐじゃない?」
ジェニとアンネリは馬を並べて走っていた。
アンネリが言った。
「ユーレンベルグ男爵って、ジェニのお父さんだよね?あんたを指名したのはなんとなく分かるけどさ…あたしやオリヴィアさん、ダフネを指名したってのは解せない。まさか…ステメント村で培った友情を温め直そうって訳じゃないだろう?」
「うぅ〜〜ん…私にもよく分からないの。もしかしたら、私をイェルマから取り戻そうとしてるのかも…。でも、それだと、アンネリやオリヴィアさんたちを指名する必要はない訳だし…。」
すると、ケイトが馬で並びかけた。
「私はジェニのお父さん…ユーレンなんとか男爵とは面識がないのだけど…まさか、『お前は呼んでない』とか言って護衛料を払ってくれないとか、そんな事はないでしょうね⁉︎」
「パパはそんな事はしないよ。ダフネは身重で動けないっていうちゃんとした理由があるんだから、そんな礼儀を欠くことはしないよ。」
「…ホントォ〜〜?」
「まぁ、うちはお金持ちだから…もし、そんな事があったとしても、迷惑料として金貨一枚ぐらい貰えるんじゃない?」
「そっか…うん、安心した!」
三時間ぐらいして、オリヴィアが馬車隊の列に追いついてきた。
北の五段目からさらに上のエルフの村では、ユグリウシアとシーグアが切り株のテーブルを挟んで話をしていた。
「…出発したようですねぇ…。それにしても、ユーレンベルグ男爵というお方は、これからどう立ち回るおつもりなんでしょう…。」
「あなたの目蜘蛛がティアーク城に入り込めていれば、これほどヤキモキする必要はなかったのに…。セレスティシアはこれで助かるのでしょうか?」
「冒険者ギルドに常駐している目蜘蛛によりますと…セレスティシアさんはティアーク城下町を強行突破する策を考えているようですねぇ…そして、このイェルマ渓谷を目指すようです…。ティアーク王国からの追手はなんとかなるでしょうが、問題はエステリック王国からの追手ですねぇ…。エステリックの追手がコッペリ村辺りに先着して、行く手を塞いできたら…万事急す…。」
ユグリウシアは心配そうな顔をして、声を曇らせて…言った。
「シーグア…一層の事、あなたの目蜘蛛でガルディンなる者を…」
「これはこれは…ユグリウシアさんらしからぬお言葉…。」
「セレスティシアは私の可愛い姪御です。せっかく行方が知れて生きていることが分かったというのに…あの子を失うなど、考えたくもありません…。」
「ユグリウシアさんはセレスティシアさんとは一度も会ったことがないのでしょう?滅ぶ覚悟を決めたのでしたら、血縁の情など取るに足らないものではないのですかぁ…?」
「あなたは蜘蛛ですから、人の『情』というものが理解できないのですよ。セレスティシアの人生はまだ始まったばかりなのです…神が与えたもうた残り三千九百年の人生を全うさせてあげたいと思う事と、神が決めたエルフの滅亡を受け入れる事は全く別の感情です。多分…セレスティシアは最も若いエルフで…最後のエルフになるのだから、悔いのない人生を送って欲しいのです。」
「ユグリウシアさんも人の子だったのですねぇ…。」
「…それで?」
「…ん?…ああ、目蜘蛛たちの毒はまだ人を殺せるほど強くありませんのでぇ…それに、あのガルディンとやらは非常に猜疑心、警戒心が強いのですよ…。屋敷の中にありとあらゆる種類の解毒薬を準備しているのです…。身内、側近からの毒殺を恐れているのでしょうかねぇ…。」




