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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百九十九章 建国祭 その5

三百九十九章 建国祭 その5


 オリヴィアは出来上がってしまって…テーブルに突っ伏して寝てしまった。無理もない…建国祭に間に合うよう、イェルマの中央通りを夜をぶっ通しで馬で走って来たのだから。

 ステージでは麻のワンピースの女たちがせかせかと動いていた。次の余興…トリを飾るのは生産部だった。会場のみんなは生産部の余興には何の期待もしていなかったので、ざわざわと世間話に華を咲かせていた。

 数人の生産部の女たちは、青や白の布地を貼り付けそこに生地の端切れで作った薔薇で飾り付けた三枚の大きな板を運び込んで立て掛けた。

 農産部門の仲間…ジニーがロミナの手を取って引っ張った。

「ロミナ…出番よっ!頑張ってねっ‼︎」

「が…頑張る…」

 現在、農産部門は田植えが非常に忙しくて…農産部門からはロミナとジニー以外は祭事館に来ることはできなかった。

 三枚の板の前に立ったロミナは祭事館の会場を見渡した。ロミナは緊張した…ずっと以前にこの倍の観客の前で歌ったことがある。だが、その頃のロミナの魂は酒と欲と虚栄心にまみれていた。

 今のロミナには、「こんな薄汚れた私の歌をみんなは受け入れてくれるだろうか?」という疑念がロミナを臆病にしていた。

 会場はまだざわついていた。ボタンもまたアナと会話をしていた。

「生産部の余興で最後か…。そう言えば、生産部の今年の余興は…歌だって聞いたな。ロミナ…だったかな、歌が上手い女が農産部門にいるそうだ…。」

「えっ、ロミナ…さん?私が喉の治療をして三ヶ月ぐらい経ちますけど、まだイェルマで頑張っていたんですね。そうですか…昔のままのロミナさんの歌声なら、是非もう一度聴きたいですね…。」

「そうか、じゃぁ…」

 ボタンが立ち上がって会場を鎮めようとしたその時…ステージの上にひとりの女が現れて、大声で怒鳴った。

「お前らあぁ〜〜っ!静聴しやがれえぇ〜〜っ‼︎」

 それは調理部門のナタリーだった。かつて剣士房で鍛えた腹筋と肺から出す大声は今もなお健在だった。

「…お、あれ…ナタリーじゃないか?」

「おお…ナタリーだ。久しぶりに顔を見たな…。」

 会場の観衆はナタリーに注目した。ロミナはナタリーに駆け寄った。

「ナ…ナタリーさん…!」

「やあ、久しぶり…ロミナが歌うって聞いたんで、こっそり来てたんだけどね…。」

 ナタリーが舞台袖の方をチラッと見ると、そこには資材調達部門のアガタと服飾部門のジーナ母娘もいた。

(…わざわざ私の歌を聴きに来てくれたのね…迷惑を掛けた人たちに報いるためにも、しっかりと歌わなきゃっ!)

 ロミナは讃美歌の一節を歌い始めた。

あしたに起きて日輪を拝み、我がわざく成す…日の落ちるを見るに家路を急ぎ、家族と共にその日のかてに感謝する…」

 その瞬間、会場のざわざわとした空気はピタリと収まり…観客は聴衆となって静まり返った。

「ああ、神よ、我があるじよ、天の玉座におわして我らに糧を与え給う…しもべたる我らを見守り導き給え…ああ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤァ〜〜〜〜…」

 ロミナの高音は祭事館の木製の板壁に程良く反射して、祭事館全体にこだまの様に響いた。

 ボタンが目を閉じて言った。

「…良い声だ。人の声って…ここまで響き渡るものなのかぁ…。」

 ボタンの言葉にアナが応えた。

「ロミナさんは特別ですよ…。全盛期の頃に戻ってますねぇ…。」

 二曲目は流行歌だ。

「今宵も窓辺から月を眺める。あの三日月はあなた…あなたの横顔に似ていると思わない?お月様には何回も言えるのに、何十回だって言えるのに…あなたの前では何も言えなくなってしまう。愛してる…のひと言がなぜ言えないのかしら…」

 聴衆と化した会場のイェルメイドたちはお酒のコップをテーブルに置き、料理を口に運ぶナイフから手を離し…じっとロミナの歌を聴いていた。

 テーブルに突っ伏して寝ていたオリヴィアがピクリと動いた。

 三曲目は子守唄だった。そして…ロミナはこれが最後の曲だと言った。

「あの頃を思い出す…誕生日にお父さんに買ってもらった小さなお人形。大切にしてたのに、いつの間にか失くしてしまった…。あの可愛い小さなお人形はどこへ行ってしまったの?…私の可愛い小さなお人形。…私の可愛い小さなお人形…」

 寝ていたはずのオリヴィアがむくりと上体を起こし…腰の辺りで何やらゴソゴソしていた。そんなオリヴィアをよそに、武闘家房のイェルメイドたちもロミナの声に聞き惚れていた。

「片腕が取れてしまったわ…でも、お母さんが繕ってくれて元通り。大切にしてたのに、いつの間にか失くしてしまった…。あの可愛い小さなお人形はどこへ行ってしまったの?…私の可愛い小さなお人形。…私の可愛い小さなお人形。もう一度あのお人形を抱くことができたら…昔の自分を思い出せるかもしれない。昔の自分を取り戻せるかもしれない…私の可愛い小さなお人形。…私の可愛い小さなお人形。」

 歌が終わった瞬間は…会場は時間が止まったようだった。その静寂の中で…「パチパチパチ…」と小さな拍手が響いた。アナの拍手だった。

 それを皮切りに…会場は怒涛のような拍手喝采が巻き起こった。

「いいぞぉ〜〜っ、良い歌だったぁ〜〜っ!」

「素晴らしい…素晴らしい歌声だった!こんな歌声、初めて聴いたぞぉ〜〜っ‼︎」

「一等賞…決まりだろぉ〜〜っ!」

 色んなテーブルから賞賛の声が上がった。

 ロミナは聴衆の予想外の反応に、その場に立ち尽くして戸惑っていた。

 オリヴィアは…目の前のパンを半分にちぎると両手で捏ね固めた。そしてそれを…ステージに立ち尽くしているロミナ目掛けて…投げつけた。パンのつぶては拍手喝采の観衆の頭を越え、一直線にロミナに向かって飛んでいき…ロミナの額に命中した。

「…痛っ!」

 それを目撃した観衆は驚いて、一斉につぶてが飛んできた方向に振り返った。全ての視線がオリヴィアに注がれた。

「お…お前、何て事を…」

「…えっ⁉︎ええっ…?」

 ロミナは額を左手で抑えながら…違和感を覚えて、オリヴィアが投げたパンのつぶてを拾い上げた。そして、そのパンを割ってみると…中から金貨が一枚出てきた。

「あっ…金貨!」

 祭事館がどよめいた。

「投げ銭かぁっ…!」

 みんな…オリヴィアの真似をして、パンをちぎるとその中に硬貨を詰め込み、イェルマの歌姫に投げた。ロミナの頭にパンの雨が降った。

「オリヴィアァ〜〜ッ、良くやったっ!お前、凄えじゃねぇか…まさか、金貨を投げるとはよぉ〜〜っ‼︎」

 そう言ったのは隣のテーブルのベレッタだった。他のみんなもオリヴィアの太っ腹を称えた。しかし…当のオリヴィアはキョトンとしていた。

「…はっ…えっ?…まさかっ⁉︎」

 オリヴィアは腰の辺りをまさぐって、皮袋を取り出して中を確認してみた。

「うぎゃあぁぁ〜〜っ!…金貨が…ないっ‼︎」

「…?」

 オリヴィアはマーラントまでの護衛料として金貨1枚と銀貨80枚を持ったままだった。ロミナの歌声に超感動したオリヴィアは皮袋から1枚取って、ロミナに投げ銭をしたのだが…81枚の中から銀貨を選んで投げたつもりが…銀貨ではなく、よりにもよって金貨を引き当ててパンに詰めてしまったのだった。

「あうううぅ…お釣りをください…」

 勿論、投げ銭にお釣りなどない。

 どこかで声がした…「アンコール」…声の主はアナだ。貴族のサロンではアンコールは普通だ。その声は次第に仲間を増やし…大きくなって大合唱となった。

「アンコールッ!アンコールッ!アンコールッ!アンコールッ…」

 それを聞いたロミナはステージの上で泣き崩れた。

 これ以降…イェルマでは、祭事で素晴らしい芸を披露した者には硬貨を詰めたパンを投げるというのが風習となった。


 オリヴィアも泣き崩れていた。

 オリヴィアの元に愚連隊のリューズ、ドーラ、ベラとカタリナ、バーバラが詰め寄った。

「…おぉ〜〜い、どうするつもりだぁ…?」

 酔いが吹っ飛んだオリヴィアは皮袋をみんなに差し出して土下座した。

「こんだけしか…ありまっしぇんっ!許してちょんまげえぇ〜〜っ‼︎」

「どこの国の言葉だあぁ〜〜…⁉︎残りはお前の借金だ、分かってるよなっ⁉︎」

「ひいいぃ〜〜ん!」

 不敵な笑みを浮かべたバーバラがオリヴィアの肩をポンポンと叩いて言った。

「銀貨51枚は練兵部の事務所に払っておくわね…それで、ひとり頭の取り分が銀貨21枚と銅貨50枚だから…オリヴィア、あなたの借金は銀貨78枚と銅貨50枚ね。私が立て替えた分を合わせると銀貨80枚…絶対に払ってね。」

「…ぁぃ。」


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