三百九十六章 建国祭 その2
三百九十六章 建国祭 その2
若い魔道士が師範室に飛び込んできた。
「マ…マーゴット房主が帰って来ましたっ!」
「みんな…撤収ぅ〜〜っ!」
そう言って…コーネリアは師範室を出ていき、房主堂に帰ってきたマーゴットに何食わぬ顔で挨拶した。
「房主様、お帰りなさいませ。」
「うむ…。お前は早かったな…?」
「は…はい。建国祭で浮き足だった魔道士房を統率しなければと思いまして…」
「そうか、それは良い心掛けじゃ。これから私は祭事館に行く…」
「分かりました。ご一緒いたします。」
魔道士房の師範であるコーネリアは房主のマーゴットに帯同して祭事館での祭典に参加しなければならない…こればかりは避けられない。コーネリアは副師範のマリアに目配せして、マリアはそばにいた若い魔道士に目配せした。コーネリアもマリアも師範、副師範なので…この事態は想定内である。
(私たちがマーゴット様を惹きつけておくから…みんな、頑張ってっ!)
若い魔道士は両手を握り拳にして熱い視線で応えた。
(この命尽きるとも…この命果てるまで、頑張ります…ケイセツ万歳っ!、ケイセツ万歳っ‼︎)
原本はできている…後はひたすら筆写していくだけだ。
午後三時、祭事館に続々とイェルメイドが集まり始めた。各房の中堅以上のイェルメイドたちでひしめいている祭事館の最奥の高台のステージに、「四獣」のボタン、マーゴット、チェルシー、ライヤ、そして「食客」のアナが現れた。
ボタンはワインの入ったコップを片手に前に進み出た。
「また、建国祭がやって来たな…みんな、元気であろうか?」
会場の遠くの方で声がした。
「元気だよぉ〜〜っ!」
「そうかっ!この一年、みんながこのイェルマで元気に過ごせたことを嬉しく思う…まずは、みんなの健康に一献捧げる…」
ボタンは手に持っていたワインを一気飲みした。
「…そして、これからの一年も、イェルマのみんなが笑って過ごせるよう、私は切に願う。さぁ、みんな、酒を手に取れ、肉を手に取れ…これからは無礼講である。多少の狼藉は私が許すぞ…」
ボタンは会場をキョロキョロと見回して…
「オリヴィアちゃんはどこだ?…狼藉の張本人はまだ来てないようだな…」
会場が大爆笑した。
「よし…では、宴を始めるぞ。最初の一杯はみんなで…乾杯っ!」
「かんぱあぁ〜〜いっ‼︎」
建国祭の酒宴が始まった。ボタンたちは高台のステージを空け、左右のテーブルに分かれた。
すると、ひとりのイェルメイドが板に角材を釘で打ち付けたプラカードを持って壇上に上がってきた。プラカードには大きな文字で「剣士房」と書いてあった。つまり…剣士房による「余興」が始まるのだ。
すると、剣士房の師範フレデリカが両手にロングソードを一本ずつ持って登場した。これから、ロングソード二本を使って剣舞を披露するようだ。
ステージの脇のテーブルでワインをカパカパ飲んでいたボタンが、隣でワインをちびちび飲んでいるアナに言った。
「最近、フレデリカは二刀流の可能性を模索しているのだ…なかなかの見ものだぞ。」
「は…はぁ、それは楽しみです…。」
ボタンは年齢の近いアナを隣の席に置いたが…クレリックのアナには、剣のことはさっぱり分からない。
フレデリカは両手のロングソードをクルクルと旋回させて、両のロングソードから袈裟斬り、横薙ぎ、平突きを繰り出した。
「フレデリカ師範…見事だ。あれは両利きでないとできない…私の一刀流の天敵となるやもしれない。ね…アナ殿?」
「は…はぁ、素晴らしいお手前です…ね。」
するとフレデリカは、今度はロングソードを持って両腕をいっぱいに広げて大きな車輪のように回転し始めた。そのタイミングで舞台袖から槍を持った金属鎧の剣士が出てきた。フレデリカはその槍を左のロングソードで跳ね上げつつ、右のロングソードで金属鎧の剣士を斬り上げた。次に反対の舞台袖からも金属鎧が出てきて、フレデリカはその槍を左のロングソードで横に払い、くるりと反転して右のロングソードで金属鎧の腹部を薙いだ。
パチパチパチパチ…!
ひとりボタンは拍手を送った。多分、この凄さは剣士にしか分からないのかもしれない。
次の余興は槍手房だ。師範のベレッタが青龍刀を持って壇上に上がってきた。それと同時に、舞台袖から台に乗った大きな氷の塊が運び込まれた。「氷室」から持ち込まれたものだろう。
ベレッタはその氷のてっぺんに地酒が入った陶器製のコップを置くと、青龍刀を構えて、気合いもろともに氷を攻撃し始めた。
「うおりゃあぁ〜〜っ…‼︎」
ザクザクザクザクッ…!
氷はコップを保持したまま、次第に形を変えていった。
「あっ…魚だ。氷の魚だっ!」
ベレッタは…氷からコップを口で支えた大きな魚を掘り出した。
これは誰にでも非常に分かりやすい余興で、会場から大拍手が起こった。
ベレッタは青龍刀を短く持ち直して、魚の鱗を掘り出した。そして、魚の氷像を完成させると、魚の上のコップを手に取って削った氷の欠片を入れてゴクゴクと飲み干した。
「素晴らしいなぁ、ベレッタ師範。あの大きな青龍刀を完全にコントロールできている。ねっ…アナ殿?」
「は…はぁ、本当に…。」
ここでボタンは隣のアナに、「ちょっと用を足しに…」と言って中座した。
ボタンは祭事館を出て、お手洗いに行くでもなく辺りを少し歩いた。外はもう日が暮れて真っ暗だった。
ボタンはポケットから「先行予約券」を取り出すとすぐに胸に飾った。
すると、闇の中からバックパックを背負った若い斥候が現れて、ボタンにスッと本を一冊差し出した。
「ご苦労っ!」
声を掛けられて初めて、相手が女王ボタンだと気づいた若い斥候は驚きつつ…
「…ボタン様万歳…!」
…と小声で言って、そそくさと闇の中に消えていった。




