三百九十五章 建国祭 その1
また、寝てしまいました。
ごめんなさい…。
三百九十五章 建国祭 その1
早朝、やっとオリヴィアはイェルマの東城門に辿り着いた。オリヴィアは馬から降りると即座に城門を蹴り上げた。
ドンドンドン…ドンッ!
「開けてぇ〜〜っ!わたしオリヴィアよぉ〜〜っ…早く開けろってばぁ〜〜っ‼︎」
城壁の上から人影が覗いた。
「おや、オリヴィア。そんなに急いで、どうしたって言うんだい?」
それは武闘家房OGのテレーズだった。テレーズは…意地悪をしている。
「あっ、御大かっ!…そんなの、『建国祭』に参加するに決まってるじゃん…テレーズ、早く門を開けてぇ〜〜っ…ギリギリなんだからぁ〜〜っ‼︎」
東城門がゆっくりと開いた。門をくぐると、オリヴィアは叫んだ。
「テレーズたちは、『建国祭』行かないの?」
「あたしたちはこれまで、もう何十回も参加したからねぇ、もういいやね。それに、みんなが行っちゃったら、誰がここの門を護るんだい?」
「…そっか。」
オリヴィアは再び馬に跨った。その時、テレーズが叫んだ。
「オリヴィア、馬を換えて行きな。」
「あっ…あんがと!」
オリヴィアはテレーズが連れてきた元気な馬に乗り換えて、イェルマ中央通りをまっしぐらに走っていった。
朝十時。女王…赤鳳元帥のボタンを先頭にして、「四獣」のマーゴット、チェルシー、ライヤ…それから、それぞれの房の房主と師範、副師範たちが北の五段目にあるベネトネリス廟に向かって長い列を作って歩いていた。
ベネトネリス廟に到着すると、いつも通り、神官房の房主にして「食客」のアナと神官見習いの八人の少女が待っていた。彼女たちに先導されてベネトネリス廟の中に入ると、廟の中央に大きな祭壇が設けられていて、「イェルマ」の位牌を真ん中にしてその左右に「マリンとジョアン」の位牌、そしてイェルマの娘たち「ダナン」「ヘイリット」「リトルイェルマ」の位牌が並べられていた。
アナが参拝者に一礼すると、八人の見習いの少女たちがそれぞれ供物を持ってしずしずと歩いてきて、米、小麦、大麦、ヤギ肉、ヤギの乳、ワイン、地酒など…たくさんの供物を位牌の前に並べていった。
アナが五本の線香に火をつけると、参拝者たちは廟の床の上に正座した。
アナは五つの位牌に厳かに語り始めた。
「今日、この日…イェルマは国を興して八百二十三周年を迎えました。我らに安息なる国を与えてくださった祖霊に感謝を込めて献香いたします。一本は建国の英雄「イェルマ」に、一本はイェルマを支えた「マリン」と「ジョアン」に、そしてイェルマの娘たち「ダナン」「ヘイリット」「リトルイェルマ」にそれぞれ一本ずつ…。」
アナは大きな香炉に五本の線香を次々と立てていった。
「…豊かなるこのイェルマで、今日を過ごせる我らはこの感謝を忘れないために…ここに拝礼をもってその意を示しましょう。」
アナが膝を折って頭を垂れると同時に…神官見習いの八人の少女、そしてボタンを始めとするイェルメイドたちは位牌に向かって床に額を打ちつける叩頭礼をした。
その後…ひとりボタンが立ち上がり、みんなに向かって叫んだ。
「これより、城塞都市イェルマ…建国祭の開催を宣言するっ‼︎」
ボタンの宣言より三日間…城門の警備兵以外、イェルメイドは建国記念の休暇となる。
魔道士房の師範コーネリアは、ベネトネリス廟を出ると一目散に房主堂の師範室に急いだ。コーネリアが師範室に飛び込むと、ケイセツ信者の若い魔道士たちが猛烈な勢いで製本作業をしていた。
コーネリアは叫んだ。
「どのくらい出来たっ⁉︎」
「現在、488部です!…コーネリア師範、検品をお願いします…‼︎」
「…今回は検品は省略しましょう…私はみんなを信じていますっ!」
「ううう…コーネリア師範っ‼︎」
「夕方までに、少なくとも先行予約分の500部は完成させないといけません!みんな、頑張ってっ‼︎」
副師範のマリアが言った。
「検品を省略するのであれば…前倒しで完成した本の配布を始めては⁉︎」
「なるほど…誰か、斥候房に走ってちょうだいっ!とりあえず、完成した400部の先行予約分の配布を始めましょうっ‼︎」
「きゃああぁ〜〜っ…『渓谷の夜は切なくて』第三巻…遂に、そのベールを脱ぐ時が来たのですね⁉︎…ケイセツ万歳、ケイセツ万歳っ‼︎」
南の一段目の「祭事館」では、テーブルや椅子の搬入作業が行われていた。夕方にはここで大宴会が催される。
テーブルの搬入を手伝っているリューズがバーバラに言った。
「オリヴィア、間に合うかなぁ…今頃、中央通りを爆走してるんかなぁ…。」
「まさか…ホントにお金、持ち逃げしたとか…?」
「いやあぁ〜〜、逃げたりはしないだろう。オリヴィアのイェルマ愛は本物だから、絶対に戻ってくるとは思う…お金の方は…戻ってくるかどうかは分からんけどな。」
「…げっ!」
斥候房の房主のヒナギクが房主堂に戻ってきた。ヒナギクはアンネリの母親で、女王ボタンの母親アヤメの実妹である。
「誰か、おるか?」
「はい…ここに。」
答えたのは斥候房の師範バレンティーナだった。
「建国祭が始まった。同盟国の間者がいるとすれば、この三日間で必ず繋ぎを取るはずだ…。」
「今、コニーとアンネリが動いております。」
「他は…?」
「私とモリーンがおります。私たちはコニーとアンネリの交代として控えております。他の者は、建国祭開催の宣言の直後に…どこかに雲隠れしてしまいました。」
「ほっほっほ…アレか、ケイセツか?まぁ、よかろう…そ奴らも今日に限っては徹夜でイェルマじゅうを走り回るのだろう…良い修業になるだろうて。」
「は…慧眼、恐れ入ります。」
斥候職は情報収集のプロフェッショナルだ。房主のヒナギクはイェルマ渓谷の事なら、裏の裏まで知り尽くしている。マーゴットやチェルシーとはまた違う独自のルートで情報を入手し、時としてその情報を交換材料として斥候房の立場を守ってきた。
斥候は…全ての職種の中で最も過酷と言える。それは、斥候たる条件が「忍耐」と「冷徹」、そして「自己犠牲」…この三つの言葉に集約されるからだ。そのため、斥候として優秀な人材を確保、育成するのは非常に難しい。そこで有用な情報と引き換えに各方面の譲歩を引き出す。例えば、欲しい人材がいた時、多くの場合魔道士房と競合してしまう。また、投げナイフや体力回復ポーションなどの消耗品、必需品を資材調達部から優先的に回してもらう。そんな時に…マーゴットやチェルシーと取り引きをするのである。
イェルマの斥候たちは、建国祭に関係なく常に生産部の人間の動向を見張っている。コニーとアンネリは物陰に潜んで、中央通りを馬車で移動する貿易商人に焼き菓子を売りつけている生産部の女をじっと見ていた。
「アンネリ、見えた?」
「うん、見えた。焼き菓子を渡したと同時に、何か包みのような物を受け取ったね。」
「あの包みは何だと思う?」
「…ハトだろ。」
「多分そうだね。…アンネリはあの生産部の女に張り付いて。」
「コニー師範は?」
「私はバレンティーナを呼んできて、見張りを引き継ぎした後、あの貿易商人を追いかける。」
「あの貿易商人が同盟国の繋ぎ役なら…折り返してきて、またスパイと接触するかもしれないし…その漏れた情報如何では…キュッ…だね。」
「うむ…頼んだよ。」
アンネリが「シャドウハイド」で隠れながら女を追って移動していると、十五歳班の若い斥候を見かけた。
若い斥候はバックパックを背負ってキョロキョロしながらゆっくり移動していた。そして、誰かを見つけると駆け寄って…目立たないようにバックパックから本を取り出して渡し、引き換えに胸にリボンのようにして飾ってある「先行予約券」を受け取った。
「ケイセツ万歳!」
「ケイセツ万歳!」
そして再び、若い斥候は誰かを探して移動していった。
(…そうか、第三巻が発売されたのか…。建国祭の日にぶつけるとは…コーネリアさんもなかなかやるなぁ…。)
アンネリは見なかったことにして、再び生産部の女を尾行し始めた。ふと…アナとしばらく合ってないなぁ、元気にしてるかなぁ、会いたいなぁ…と思った。




