三百九十一章 風神軽騎兵
三百九十一章 風神軽騎兵
ガレルが言った。
「…この馬車はヤバいな…車輪が今にも外れそうだ…。」
「そうか…では、ゆっくり行くか…。」
ガレルとライバックは雨の中をゆっくり馬車を走らせた。馬車は壊れたが、何とか緩衝地帯を抜けることができて二人はほっとしていた。
ヨワヒムから「念話」が来て、上空を飛ぶカラスの視界から牛たちの状況を教えてきた。
(牛どもは、かなり散らばっておるのぉ…こりゃ、お前さん、骨かもしれんぞ…。)
(分かっとるわい…計画通りじゃっ!)
まぁ、焦ることはないだろう…ライバックはそう思っていた。もうここはベルデン領…ラクスマンの追っ手はかからない。この広大な草原で、牛たちの食べ物には事欠かないし、雨が降っているので飲み水も大丈夫だろう。後は徒歩で峠道を歩いてくるヨワヒム、レンド、ピックと合流して牛たちを集めるだけだ…とてつもなく時間は掛かりそうだが…。とりあえず、ガレルとライバックはその日は動かずに馬車で夜を過ごした。
次の日は少し雨が小降りになった。すると…草原の彼方から十数騎の騎馬隊がもの凄い速度でやって来た。
「お前たち、ここで何をしてるっ!」
騎馬隊の隊長であろう恐ろしげな仮面をつけた騎馬が馬車に向かって叫んだ。…それは女の声だった。
ガレルが御者台から女隊長に言った。
「牛をリーンまで連れて行く途中でして…。」
「…んっ?お前、見たことあるな…確か、ヴィオレッタのところの斥候じゃなかったっけ?ヴィオレッタを庇って右腕を無くした…」
「ああ…?」
騎馬の隊長は…ジャクリーヌだった。緩衝地帯で何か騒動が起きたと報告を受けて駆けつけて来たのだ。緩衝地帯なのだから、当然ベルデンの兵士もその場にいたのだ。
ジャクリーヌはガレルから説明を受けた。
「うはははは…緩衝地帯を牛を連れて突っ切って来るとは、なんて無茶な奴だ!」
「…無茶なのは俺じゃない…このじいさんだ。」
「…んっ?見たことない顔だな。こんなじいさん、リーンにいたっけか?」
「最近、こっちに来たんだ。」
ライバックは馬車から顔を覗かせて言った。
「おお…ベルデンの騎馬隊か、ちょうど良いところに来た…すまんが、牛を集める手伝いをしてくれんかな?」
「ふはははは、ベルデンの族長の私に牛を集めろってか⁉︎…いいよ、その代わり牛をご馳走してくれ。牛の肉は美味いって聞くからな。」
ライバックはガレルの方を見た。ガレルは…渋々ながら承諾した。
ライバックはしばらく目を閉じてから…そして言った。
「ここから六時の方向に一頭おる…三時の方向に二頭おる…。」
「…何で牛の位置が分かるんだ?」
もちろん、ヨワヒムと「念話」でやり取りをしたのだが、説明が面倒臭くて…ライバックはひと言で済ませた。
「儂は魔道士だからな…魔法じゃよ、魔法!」
ジャクリーヌは騎馬兵に指示した。すると、騎馬兵はそれぞれ矢のように草原を駆けていった。
この騎馬隊はジャクリーヌ直属の「風神軽騎兵」だった。みんな風の精霊シルフィが見えるハーフエルフ…つまり、シルフィと親和性が高く「水渡り」ができる者だけを集めて作った速攻強襲専門の特殊部隊だ。騎手が「水渡り」状態だと騎手の体重がない分、馬は非常に速く走ることができるのだ。
こうして、ジャクリーヌに牛を二頭、三頭…と集めてもらい、そして、ライバックはその牛と意識共有をして仲間を呼ばせた。
モオォ〜〜…モオォ〜〜ッ…!
すると、何頭かは集まってきて…牛の数は八頭となった。一行は馬車をゆっくりリーンに進めつつ、ヨワヒムの指示に従って牛を集めていった。
牛が十五頭になった頃、ジャクリーヌの騎馬隊の一騎が帰ってきて報告を入れた。
「牛を見つけましたが…なかなか動かないので調べてみると、かなりの負傷を負っていて…虫の息で…。」
「…そうか。」
やはり無理をさせてしまったようだ…。ガレルはその牛のところまで馬車を移動させ、その牛にとどめを刺し解体した。その牛はオスだったのが不幸中の幸いだった。ガレルはお礼にジャクリーヌたちに牛の肉を分けて持たせ、残りは自分たちの馬車に乗せた。
他の二頭はすぐに見つかり、ガレルとライバックはジャクリーヌたちにお礼を言って別れた。
夕方頃、ガレルたちはやっと自分の家に帰り着いた。レンド、ピック、ヨワヒムは徒歩で峠を越えて来るので、到着は明後日になるだろう。
シーラが出迎えた。
「お父ちゃん、おかえりぃ〜〜っ!」
「帰って来たぞぉ〜〜、牛連れて来たぞぉ〜〜っ!」
外にいる十七頭の大きな牛を見て、シーラは口をとんがらせて驚いていた。
「ナンシー、ルルブ…馬車に牛の肉を積んでるから頼む。」
ナンシーとルルブは約半分になった牛を馬車の荷台から引きずり下ろすと、小型ナイフで小分けにしていった。そして、それが終わるとルルブは肉の約三分の一を肩に担いで出かけていった。行き先はクロエの家…とその周辺である。ご近所への「お裾分け」だ。
ナンシーは赤ちゃんのスタリーをおぶって、腰のあたりのサーロインの部位をフライパンで焼いた。たちまち家じゅうに牛の脂の良い匂いが充満して…ガレルとシーラの顔からは歓喜の笑みがこぼれ落ちた。ナンシーは三人分のステーキを焼いて、ガレル、シーラ、ライバックに出すと、自分は他の小分けした肉に塩をまぶし始めた。塩漬けにして干し肉にするのである。
塩だけの味付けだったが、ガレルとシーラはステーキにかぶりついて会話をした。
「お父ちゃん、これ柔らかいねぇ〜〜…美味ちいねぇ〜〜っ!」
「お父ちゃんが連れて来た牛だからな…!」
「お父ちゃん、いっぱい連れて来たから…毎日、食べられるねぇ〜〜!」
母のナンシーが焼いたスペアリブを齧りながら言った。
「これはニワトリさんと同じで、もっともっと増やしていくんだから…毎日食べちゃダメ。シーラ、勝手に殺しちゃダメよ⁉︎」
「うぅ〜〜ん、牛さんはおっきいから…戦ったら、チーラの方が食べられちゃうかもぉ…」
ライバックはナイフでこまめに切って、少しずつ口に入れ牛肉を堪能していた。これで上等のワインでもあれば最高だなぁ…と思っていた。




