三百八十六章 獣人の国
三百八十六章 獣人の国
オリヴィアとヘイダルは馬に相乗りして、野宿しながら草原を三日走った。この辺りは山の麓が近いので、川や湧き水があって飲み水の心配はなかった。
途中、この草原に定住しているいくつかの遊牧民族の集落を見かけた。集落といっても、ひと月もすれば移動式ゲルで家畜のための牧草を求めて移動していく。
オリヴィアたちがさらに進むと、前方に大きな石を積んで作った塔が見えてきてその周りにはヤギやシカの骨を飾った木の杭が数多く並んでいた。
ヘイダルが少し怯えて言った。
「オリヴィア師匠、こ…これは何だろう…?」
「ああ、獣人の魔除けよ。ここからウェアウルフの国…フェンリルガルドね。」
しばらく走ると、数匹のウェアウルフが通せんぼをしてきた。ヘイダルは初めて獣人を見て…オリヴィアの背中に顔を埋めた。
「うにゃ…人間かよ、ライカンかよ?」
「人間よ、私はイェルメイドのオリヴィア…族長ネビライの友人よ。ミャウポートに行きたいの、通してくれる?」
「あっぱ…族長の友達かいな!…通って良か。」
獣人族はあまり…人を疑うということを知らない。数十年前にケットシー族やリザードマン族と険悪になった時期もあったが、基本的にはこれといった戦争もなくのんびり生きてきた種族だ。
ミャウポートはケットシー族の国だ。獣人三国…ウェアウルフ族のフェンリルガルド、リザードマン族のソーラスバレーの中で唯一海岸線を持っている国で…「猫の港」という意味だ。
そこから三時間ぐらい走ると、再び通せんぼをされた。二足歩行する猫たちは言った。
「あんたたちは…人間かいね、ライカンかいね?」
「イェルメイドのオリヴィアよ。族長のタビサちゃんに会いに来たの、案内してくれる?」
「ありゃっ、族長のお友達さんかね!よう来たのぉ、どうぞどうぞ…」
一匹のケットシーがオリヴィアたちの馬の前を走って先導してくれた。獣人は本気で走る時には四足歩行になる。
一時間ぐらい走ると、たくさんのゲルが見えてきた。すると、馬の蹄の音を聞き取ったのか…ひとつのゲルから族長のタビサが顔を出した。
「おっ、オリヴィアやん…どぉ〜したんっ⁉︎」
「タビサちゃあぁ〜〜んっ!」
オリヴィアは馬から飛び降りるとタビサとハグをした。…そのせいで、ヘイダルは馬から転げ落ちた。ヘイダルは、体ごとブンブン振り回されるオリヴィアを見て…自分はどうなるんだろう?…と思って不安だった。
「この前、師匠の命日で会ったばっかりやん、どうしたんかね、何かあったんかねっ⁉︎」
「あのね、あのね…このヘイダルがね、強くなりたいって言うから連れて来たのぉ。イェルマには男の子は入れないでしょ?…だから、タビサちゃんとこでお世話して欲しいのぉ。ヘイダルに猫爪蛇形拳を教えてあげてよっ!」
オリヴィアはヘイダルの頭をポンポンと叩いた。ヘイダルは、自分はこの猫に預けられると理解して、挨拶をした。
「よ…よろしく…。」
「オリヴィアの頼みやけぇ、うちが責任を持ってあんたを預かっちゃるよ。それで…人間一の猫爪蛇形拳の使い手にしちゃるっ!」
ヘイダルはオリヴィアに近づいていって…耳元で囁いた。
「この…猫の人…ホントに強いの?」
獣人は鼻と耳が良い…それを聞いてしまったタビサは猛り荒ぶった。
「こりゃ、ヘイダルッ!おまっ…何ちゅう事言うんかあぁ〜〜っ!そんならオリヴィア、一丁腕比べしようやぁ〜〜っ‼︎…うちとあんたでどっちが強いか、ヘイダルに見しちゃろうやっ‼︎」
「おぉ〜〜っ、望むところよっ!親善試合の決着つけたるぅっ‼︎」
ケットシーの国に到着して早々、オリヴィアとタビサの試合が始まった。ゲルからたくさんのケットシーたちが飛び出してきて二人を取り囲んだ。オリヴィアもそうだが、獣人族もお祭りは大好きだ。
ケットシーの村のど真ん中で対峙した二人は…オリヴィアは「鉄砂掌」「軽身功」「黄巾力士」を発動させ、タビサは「鷹爪」「鉄さん布」を発動させた。
タビサが「箭疾歩」でオリヴィアの間合いに飛び込んでいき、右の爪で攻撃した。オリヴィアは「軽身功」でタビサをひょいと飛び越してそれを避けた。
ヘイダルはオリヴィアの人間離れした跳躍力に驚いた。…やっぱり、俺の師匠はオリヴィア姉ちゃんしかいない!
タビサは姿勢を低くして、まさにヘビが獲物を狙うかのようにオリヴィアとの間合いをジリジリと詰めていき、オリヴィアはいつも通り、複雑な歩法を駆使して右に左に移動して、タビサに的を絞らせなかった。
左右に体を振っていたオリヴィアが、突然、スライディングをするかのように低い姿勢のタビサの腹に横蹴りを敢行した。タビサはそれを回避して…オリヴィアを至近距離に捉えて左右の爪による貫手攻撃を浴びせかけた。オリヴィアはそれを左右の腕で交互に払い除けた。
タビサは違和感を覚えた。
(…ん?うちらの爪は鋭いけぇ、人間はあんまり受けたがらんのやけど…今日のオリヴィアは普通に払い除けとるやん…!)
ケットシーの爪は鋭く、少し触れただけでも人間の皮膚は裂ける。鋭利なナイフを使ったかのよに、皮鎧などはバッサリと切り裂いてその下の皮膚にも傷をつける。
ヘイダルは素手での攻防…武闘家同士の闘いを見て興奮した。
(…凄いなぁ!師匠と猫の人の腕が全然見えないや…。このタビサって獣人、オリヴィア師匠と同じぐらい強いのかも…?)
オリヴィアとタビサの至近距離での攻防はしばし続いて、オリヴィアの後掃腿をタビサが後ろに飛んで避けたのを機に距離が開いた。
オリヴィアはしきりに自分の両腕をじっくり眺めて気にしていた。そして…ニコリと笑った。それを見たタビサは叫んだ。
「オリヴィア、何か…むっちゃ余裕やんか!」
「ふふふふ、実はねぇ…新しいスキルを覚えちゃってねぇ…」
「う…嘘やろっ…!」
オリヴィアは突然、馬歩になって両腕を真横に突き出した。
「証明して見せましょうっ!さぁ、タビサちゃん、撃っていらっしゃいっ‼︎」
「フニャアアァ〜〜ッ‼︎」
タビサが右手の爪の貫手でオリヴィアの胸を貫いた…かのように見えた。タビサの爪はオリヴィアの胸の皮鎧は貫いたが、その下の皮膚で止まった。
オリヴィアはすぐにタビサの右腕を捕まえて、得意の腕ひしぎ逆十字固めに持っていった。二人は地面に転がって、右肘が決まってしまったタビサはもがきながらオリヴィアの足を左の爪で引っ掻いた。が…麻のズボンはズタズタになったが、肌に傷をつけることはできなかった。
「オ…オリヴィアちゃん…参った…。」
オリヴィアはすぐに逆十字を解いた。タビサは自分の右肘をペロペロと舐めながら言った。
「あんたが覚えた新しいスキルって…『鉄さん布』系やろ。」
「わたし、硬くなったでしょぉ〜〜?新しく、『黄巾力士』を覚えちゃったよぉ〜〜ん!」
「それ、ええね…うちも頑張って、早く新しいスキルを覚えんにゃいけんね。」
タビサはそうは言ったが…獣人、ゴブリン、オークなどの人間以外の亜人は「勤勉」とか「継続」は大の苦手なのである。きっとタビサは頑張らない。しかし…ヘイダルがやって来たことで、タビサの日常生活はガラリと変わるのである。




