三百八十四章 牛二十頭大移動計画 その1
三百八十四章 牛二十頭大移動計画 その1
ガレル、レンド、ピック、そしてヨワヒム、ライバックの五人は馬車に乗って峠の細道をゆっくり走っていた。
この峠道は、ラクスマン王国の検問を通らずにラクスマン領とベルデン領を往来できる唯一の抜け道である。馬車一台がやっと通れるような細道で、場所によっては細心の注意をしないと脱輪して崖の下に転落してしまうような危険な道でもある。
この道を初めて通るレンド、ピックは周りをキョロキョロしていた。
「この道は危ないなぁ…牛が足を踏み外して落ちるんじゃないか?」
「…どうかなぁ。」
半日かけて峠道を越えた馬車は夕方にはラクスマン領に入った。
二日目に、ガレルたちがステメント村に続く街道を走っていると、一台の馬車がもの凄い速度でやって来てすれ違っていった。御者をしていたレンドは言った。
「今の…グラントじゃないか?」
「…ん、そうなのか?」
あまり気にせずに、五人の馬車は進んだ。
実はグラントはヴィオレッタ失踪の急報を知らせるためにリーンへと急いでいた。急報を聞いたエヴェレットはいても立ってもいられず…「セコイアの懐」をスクルやティルムたちに任せて自ら出馬した。
そして、エヴェレットが乗った馬車が峠の抜け道を通って街道に出た頃にはガレルたちはステメント村に到着していて、二つの馬車が出会うことはなかった。
三日目にしてステメント村に到着したガレルたちは、すぐにステメント村の村長を訪ねた。
「やぁ、マイクさん。お久しぶりです…。」
「おお…これは、いつぞやの…。」
「今日はですねぇ、牛を買いにきました。二十頭ほど売ってください。」
「ほうほう、分かりました。メス牛で一頭あたり金貨2枚、オス牛で1枚ですな…。」
「そ…そんなに高かったのか…!」
繁殖を考えて、オスをニ頭混ぜるとしても全部で金貨38枚…所持している金貨20枚では全然足りない。
「…何とか…金貨20枚になりませんかね…。」
「むむむ…厳しいですな。では…メス十二頭とオス一頭で金貨20枚…いかがですか?…はぐれオークを退治してくださったご恩に報いたつもりで、かなりお安く致しましたが…。」
「仕方がない…では、それで…。」
ガレルは金貨20枚の入った皮袋をマイクに渡した。マイクが皮袋の中身を確認すると…驚いた顔で言った。
「ううっ…このお金はどこのお金ですか…同盟国の通貨ではありませんね⁉︎」
「えっ?…ああっ、しまったっ‼︎」
ガレルはティルムが持ってきた金貨20枚…リーンで流通している通貨をそのまま持って来たのである。
ガレルはガックリして…本当にガックリして馬車に戻った。今度来る時は馬でも連れて来て、物々交換をしなければと思った。ガレルがみんなに事情を説明して、帰り支度を始めると…ヨワヒムが言った。
「…その金貨、見せてみよ。」
ガレルは言われるままにヨワヒムに皮袋を渡した。ヨワヒムは中身をチラリと見て、それから言った。
「ふむ…良い色じゃ。これは両替商に持って行け。」
「…えっ?」
ガレルは皮袋を持って、村長の家にとって返した。
「すまん、この村に両替商はいるか⁉︎」
「ん…両替商はおりませんが、たまに私は砂金や銀粒で取り引きをしますんで…真似事はできますよ。」
「この金貨を調べてみてくれ!」
マイクは天秤ばかりを持ってきて…つぶさにリーン金貨の質量を計測した。
「むむむっ…この金貨はエステリック金貨よりも…金貨の含有量が多い…。よろしいでしょう…これなら、メス十五頭とオス三頭でいかがかな?」
「ありがたいっ‼︎」
商談が成立して、ガレルはライバックを連れて村長の牛舎に赴いた。ライバックはリーダーになりそうな強いオス牛を探した。
「この牛が良さそうだな…。」
ガレルはライバックが選んだオス牛の他に…メス十五頭、オス二頭を見繕った。レンドとピックがやって来て、その牛たちを曳いてステメント村の外れまで連れていき一箇所に集めた。
その十八頭の牛の群れに、ライバックが神聖魔法「神の威厳」を掛けた…特に、リーダーとなる牛には念入りに…。
ガレルが心配そうに言った。
「テイムの魔法とやらは掛かったのか?」
「うむ、成功した。」
ガレルたちは馬車に乗り、荷台からライバックが姿を見せて手招きするとリーダー牛はそちらの方向に移動して、それを見た他の牛もリーダーにくっついて移動を始めた。
ガレルたちの馬車を先頭にして、牛の行列がステメント村を出発した。
ヨワヒムとライバックは高等魔法「テレヴィジョン」を発動させ、それぞれカラスとリーダー牛の視界を確保した。
「ヨワヒム、どうじゃ…牛は全部、着いて来てるか?儂の牛は真ん前しか見えてないからのう…。」
「おう、大丈夫じゃ。全部、大人しく着いて来ておる…。」
ガレル、レンド、ピックは思った。
(…このじいさんたち…なかなかやるな!)
牛は十八頭になったが…大移動計画は順調に進むかのように見えた。しかし、牛はやっぱり牛なのだ。
リーダー牛が道端に美味しそうな草を見つけてそれを食べ始めた。すると、他の牛も休憩かと思って、列を崩しててんでばらばらに散っていった。
「おいおい、ライバックさん…どうなってるんだ⁉︎」
ライバックはすぐにリーダー牛と意識共有して、牛の意識を乗っ取り…歩かせ始めた。レンドとピックが馬車から降りて他の牛を集め、尻を叩いた。しかし…しばらく歩いて、ライバックが意識共有を止めると、またすぐに道草を食った。
「またか…。」
「犬ならば知能が高く、主人に対して忠誠心があるから、急かしても言う事を聞くんだが…牛はなぁ…。あんまり急かすとストレスとなって…付け焼き刃のテイムが解けてしまう恐れがある。…まぁ、ゆっくり行こうじゃないか。」




