三百八十一章 老人たちとエヴェレット
三百八十一章 老人たちとエヴェレット
ガレルが操る馬車はついにリーン族長区に到着した。平らな草原から次第に傾斜地を登っていき、とある木造の家の前で停止した。
「ヨワヒムさん、ライバックさん…ここで降りてくれ。」
「ここは…?」
「俺の家だ。ちょっとここで休んで、それから『セコイアの懐』へ行こう。この辺りから傾斜がきつくなるし、馬車は入れなくなるので…『セコイアの懐』まで歩いて行く。『セコイアの懐』で、リーンのお偉いさんに会ってくれ。」
「よし、分かった。」
ガレルが家の戸を開けると…
「お父ちゃあぁ〜〜んっ!」
ドスンッ…!
ガレルは娘シーラのヘッドタックルを腹に食らった。
「うっほ…シーラ…帰って来たぞ。ナンシー、お客さんを連れて来た。お茶を頼む。」
ナンシーとスタリーをおんぶしたルルブがキッチンでお湯を沸かした。四月に生まれたルルブの赤ちゃんも、もう首が座って目も見える。
ガレルがナンシーに言った。
「ピックとレンドは?」
「狩りに行ってるよ。」
ナンシーがお茶を持ってきて、ヨワヒムとライバックに勧めた。二人は恐縮しながらも受け取って、美味しそうに飲んだ。
ガレルは続けた。
「…なぁ〜〜。うちで牛を飼わないか?」
「牛だって?…何をいきなり…」
「牛はいいぞぉ…ピックとレンドと俺がいれば、五十頭ぐらい世話ができるんじゃないかなぁ…。」
お茶を飲み終わると、三人は「セコイアの懐」目指して再び傾斜を登り始めた。
三十分ぐらいして、やっと「セコイアの懐」の村の坂の小径に入った。ガレルは小径をどんどん登っていくのだが、老人二人は息を切らせて…どんどん遅れていった。それでも頑張って登っていくと…リーン最大の建築物「リーン会堂」が見えてきた。
三人がリーン会堂に入ると…エヴェレットがいた。エヴェレットは事務机に座っていて、ヴィオレッタの代わりに事務処理や決済を余儀なくされていた。
エヴェレットはガレルを見つけると、三白眼でジロリと睨め付けた。ドキッとしながらもガレルは帰還の挨拶をした。
「エヴェレット様…ただいま戻って参りました…。」
「ガレルさん…あなた、知っていましたね?」
「…はっ?」
「セレスティシア様がドルインから逃亡することを、事前に知っていましたね…と訊いているのです!」
「あっ…まぁ、はい。」
「なぜ、お止めしてくださらなかったのですか⁉︎」
「…俺の…直接の主人はセレスティシア様なので…どうしてもと言われまして…。」
「くっ…もう結構です!…それで、そこのお二人は…?」
「ああ、セレスティシア様より、この二人について手紙を預かって参りました…。」
「む…早く手紙をよこしなさい!」
ヨワヒムとライバックは二人のやり取りを聞いていて…「きつい女だなぁ」と思っていた。
エヴェレットはガレルから手紙を受け取って、それを読み終えるとさらに険しい顔になった。
「むむむむむぅ…勝手に逃亡したばかりか、こんな老いぼれを押し付けてくるとはぁ…むむむむむ…」
空気を読まないヨワヒムがあっけらかんとして言い放った。
「儂らはヴィオレッタ殿より、魔法スクロールの完成と神代語魔法の研究を託されましたのじゃ。ここにエルヴンシープは生息しておりますかな?エルヴンシープの皮が欲しいのです…それと、ログレシアス殿が遺した魔法研究ノートとやらも渡してもらいたい…」
ドンッ!
エヴェレットは事務机を右手の槌で激しく叩いた。
「ティルム…ティルムはいますかっ⁉︎」
別室に詰めていた情報担当のティルムが呼ばれてやって来た。
「エヴェレット様…な、何か…?」
「この年寄りたちの相手をしてあげなさい…私は体調が優れませんっ‼︎」
エヴェレットはリーン会堂を飛び出して、「セコイアの懐」へと帰ってしまった。
ヨワヒムは呆気に取られていたが、ライバックはヴィオレッタの言葉を思い出していた。
(…エヴェレットは激怒するけどじっと耐えてください…か。俺は耐えるぞ…魔法の深淵を見るまではな…。)
一方、ガレルもハッとして、しまったと思っていた。
(ううっ…牛の件を言いそびれてしまった…。)
ティルムが老人たちを気の毒に思ったのか…声を掛けた。
「ここから北東に10kmほどいった崖に野生のエルヴンシープがいますよ。」
ヨワヒムは言った。
「ほほぉ、では…二、三頭ほど捕まえて来てくれんかね?」
「いや…すみません。リーンの民はみんな忙しくしておりますので…。」
ライバックが言った。
「では、ログレシアス殿の魔法研究ノートを見せていただきたい。」
「それも、すみません。その所在を知っているのは…多分、セレスティシア様か、エヴェレット様のお二人だけでして…。」
ガレルも負けずに言った。
「ヴィオレッタ様とステメント村を視察しました。それで、ヴィオレッタ様は『牛』の乳を大層気に入られたご様子で…リーンでも『牛』の飼育を始めたいと…言っていたような記憶が…ないでもないような…。なので、私が行って…『牛』を五十頭ほど、買ってきましょうか?うちで飼育しても構わないので…よろしいでしょうか…?」
「牛ですか…確かに平地での牧畜には向いた家畜のようですね…。まぁ、手始めに…二十頭ぐらい試してみても、私は面白いと思います。エヴェレット様には進言しておきますよ。」
そう言うと、ティルムはリーン会堂の別室に引っ込んでしまった。
ヨワヒムは、見当違いにもガレルに文句を言った。
「何たる事だ…それなら、儂らは何のために遠路はるばるこんな田舎まで来たのだ…⁉︎こんな待遇を受けるとは…屈辱じゃっ!」
「いや…あんたら、そもそも虜囚としてここに来たんだろう?命があるだけでもありがたく思いなよ…。とりあえず、俺の家に戻ろうか…それで、エヴェレット様の頭がもう少し冷えるのを待とうじゃないか。」
三人はリーン会堂を出て、トボトボと村の小径を歩いて戻っていった。




