三百七十八章 ティモシーもやって来た!
三百七十八章 ティモシーもやって来た!
エヴァンジェリン王妃とウィルヘルム皇太子、そして侍女のフランチェスカは連れ立って朝議へと出て行った。パトリックが護衛についたので、ヴィオレッタは王妃にくっついて朝議の場に出る必要がなくなったのだ。
王妃の部屋にはヴィオレッタ、パトリック、エビータの三人が残っていた。
ヴィオレッタが言った。
「パトリック殿、何とかエビータさんを怪しまれずに王宮に留め置く方法はないでしょうか?」
「む…しかし、エビータ…殿は王宮にいない方がよろしいのでは?」
「エビータさんが王宮にいると私としては都合が良いのです。理由は二つ…ひとつは、私の護衛をしてもらいます。そうすれば、パトリック殿は色々な意味で自由に動くことができます…。もうひとつは…まだ、漠然としておりますが、ちょっとした計略を考えていまして…そのためにエビータさんが必要というか…。」
「そうですか…ううむ…出来ないことはない…。ですが、私は騎士です。あまり人を謀るような真似はしたくないのです…うむむ、ですが、この際仕方ないですね。」
パトリックはしばらく留守にすると言って、王妃の部屋を出て行った。そして、部屋に戻って来た時には、金属鎧一式を両手に抱えていた。
「これをエビータ殿に…。これは近衛の正式装備です。ヘルムを被れば…肌の色と耳を隠せるでしょう。エビータ殿と背格好がよく似た私の部下ひとりに休暇を出しました…しばらくは、『デンゼル』と言う事で…。」
「パトリック殿、ありがとうございます!」
「…後は、王妃様にヴィオレッタ殿の護衛にデンゼルを加えると、事務方のほうに仰ってもらえれば…。」
エビータが衣服を脱ぎ出したので…パトリックは後ろを向いた。
その時、ヴィオレッタの頭の中でベロニカの声が響いた。ぼぉ〜〜っとしているヴィオレッタを見て、パトリックが声を掛けた。
「ヴィオレッタ殿、どうかされましたか?」
「…ユーレンベルグ男爵がまたやって来ます。」
次の日のお昼頃、エヴァンジェリン王妃は、王宮の三階の廊下をうろうろしているユーレンベルグ男爵と、一緒にいた浅黒の肌の少年を回収した。
男爵たちが王妃の部屋に招き入れられると、中には王妃とヴィオレッタ、そしてパトリックと壁沿いに金属鎧とフルフェイスの兜を装備して立っているひとりの近衛の衛兵がいた。侍女のフランチェスカはウィルヘルム皇太子を連れて隣の別室に控えていた。
ヴィオレッタはその少年を見て…笑い転げた。
「あははははは…ティモシー、その格好…面白ぉ〜〜いっ!」
ティモシーは黒いチョッキと半ズボンを着て、白いシャツに小さな蝶ネクタイをつけていた。
「そんなに笑うなんて酷いですよぉ…こうでもしないと、お城に入れないって言われたから…仕方なくですよぉ〜〜!」
「ごめんごめん、まさに良いところのお坊ちゃまか、ちっちゃな執事さんって思っちゃって…。」
ユーレンベルグ男爵はとりあえず…目の前のエヴァンジェリン王妃に挨拶をして、それから話を始めた。
「まず…パトリック殿はどうしてここに?」
「一昨日より、王妃陛下からヴィオレッタさんの護衛の任務を拝命いたしました。」
「おおっ、それは心強いっ!」
そして…本題に入った。
「…エビータが来ただろう?エビータがお前…じゃなくて、君と接触したはずなのに王宮に何の動きもないから心配になって来てみた…。一体、どうなっているんだ?…ベロニカの念話は一方通行だからなぁ…。」
「エビータさんは来ましたよ。ほら…男爵のすぐ後ろに…。」
「…えっ⁉︎」
ユーレンベルグ男爵とティモシーは揃って後ろを振り向いた。すると、金属鎧の衛兵がちょこっと右手を挙げた。
それを見たティモシーは最初はびっくり仰天していたが…そのうちにクスクスと笑い出した。すると、衛兵がロングソードを抜いたので…ティモシーは笑いながらヴィオレッタのところまで逃げていった。
エヴァンジェリン王妃はヴィオレッタのそばで笑っているティモシーを見て言った。
「…この子は?やはり、ヴィオレッタのお知り合い?」
「は…はい。ティモシーと言います。そ…そこの衛兵の…息子です…くくく…。」
ヴィオレッタもちょっと笑ってしまった。
「まぁ…まぁまぁまぁ…。すると、この子もヴィオレッタの僕なのですね?」
「はい…この母子の一族は斥候を家業としておりまして、腕利き揃いで頼りになります。…それにしても、男爵様、どうしてティモシーをここへ?」
「うむ、この子も凄腕の斥候と聞いてな、ヴィオレッタ…くんの連絡係になれないかと思ってな。どうだろう、ティモシーを王妃様のそば付きにしてもらって…何事かあれば、私と繋ぎを取るというのは…?」
「良いですね…。せっかく王宮に来たのだから、ティモシーもここに留め置きましょう。」
パトリックが驚いた。
「そんなに何人も…まさか、ヴィオレッタ殿はこの部屋に一個小隊でもお作りになるおつもりですか?」
「その通りです。」
「…うっ⁉︎」
その場にいたみんなが驚いた。みんなの驚き顔を見ながら…ヴィオレッタは続けた。
「ティモシーが来てくれたおかげで、漠然としていた私の計略が現実味を帯びて来ました。…そうですね、何とかこの王宮に五人ぐらい…腕の確かな護衛を集めて、時期を見計らって一気に城下町を脱出したいと思います。」
「…そんなことが可能でしょうか?」
「可能だと思います。想像してみてください、その五人がエビータさんやパトリック殿と同じくらい強かったら?」
みんなはちょっと想像してみた。エヴァンジェリンやフランチェスカ、ユーレンベルグ男爵には少し難しかったが…パトリックには想像できた。
(この城下町を出ることは可能だろう。しかし、リーンまでは遠い。すぐに憲兵隊や騎士兵団の追っ手が掛かかるだろうし…軍鳩なら半日、ガルディン公爵が派兵要請を出せば、さらにラクスマンの騎士兵団が立ちはだかることも十分考えられる…。)
ヴィオレッタは言った。
「別に…ティアークの軍隊に喧嘩を売るつもりはありません。私がイェルマに逃げ込む間の時間が稼げればそれで良いのです。」
みんなはさらに驚いた。ユーレンベルグ男爵が叫んだ。
「リーンではなく…イェルマかっ!距離的にはリーンよりも遠くなるぞ⁉︎」
エヴァンジェリン王妃が首を傾げた。
「イェルマ…それはどちらの国でしょう?」
イェルマ渓谷の情報は意図的に情報統制がなされていて、軍属以外の人間は…貿易商人でない限りその存在を知らない。
イェルマ渓谷はリーンとはほぼ逆方向にある。パトリックはヴィオレッタの目の付け所に感服した。
(多分、ガルディン公爵はヴィオレッタ殿が逃げるとすればリーンだと思い込んでいるに違いない。イェルマを目指せば…ラクスマンではなくエステリックの騎士兵団が相手になるだろう…しかし、派兵要請は間違いなく一日は遅れる。それに、街道沿いにしか移動できないから、ヴィオレッタ殿の前に立ちはだかることは難しいかも…。ヴィオレッタ殿はあの城塞都市と親交があるのか?)
パトリックの考えを代弁するかのように、男爵が言った。
「イェルマは厳しい軍律のある国だぞ…そう簡単には入城できまい。ヴィオレッタくんには何か強力なツテでもあるのか?…ダフネやオリヴィアの友人というだけでは入城は難しいのでは⁉︎」
「イェルマ渓谷には…私の伯母上がおります。」
「な…何と…!」
これがヴィオレッタの計略の全貌であった。
ユーレンベルグ男爵はティモシーをエヴァンジェリン王妃のそば付きとして献上し、王宮からひとりで帰っていった。




