三百七十五章 エビータの王宮参り その1
三百七十五章 エビータの王宮参り その1
ユーレンベルグ男爵が再び冒険者ギルドにやって来て、ヴィオレッタの近況を知らせてきた。ホーキンズを始めとするヒラリー、デイブ、トムソン、ベロニカ、そしてエビータ母子…いわゆるヴィオレッタ救出チームはヴィオレッタが王宮で襲われたという事件を知らされて愕然としていた。
ヒラリーが腕組みしながら言った。
「なんてこった…王宮は安全じゃなかったのか?」
ヒラリーの言葉を受けて、ユーレンベルグ男爵が答えた。
「相手はガルディン公爵だからなぁ…王宮内が一番マシと言ったところだな。これが王宮の外なら、数百の憲兵隊、騎士兵団と戦争することになるな…。」
この時点ではまだ、ユーレンベルグ男爵はヴィオレッタの護衛にパトリック近衛兵団長が就いたことを知らなかった。
ヴィオレッタの危機を知ったエビータは我慢が出来なくなって言った。
「やっぱり、私が王宮に行きます。そして、ヴィオレッタ様を救出して参ります。」
「だ、か、ら…さぁ〜〜っ!死にに行くようなものなんだってっ‼︎」
ユーレンベルグ男爵が訝しんで言った。
「エビータとか言ったな…お前は一体、ヴィオレッタとどういう関係なのだ?冒険者…ではないのか⁉︎」
「私はヴィオレッタ様の臣下です!」
「臣下…だと?…それじゃ、まるでヴィオレッタは王様じゃないか。」
「その通りっ!…ヴィオレッタ様はリーンの盟主ですっ‼︎」
ユーレンベルグ男爵はぶっ飛んだ。
「…何ぃっ⁉︎…リーンと言うと、北西にある民族国家…。そこの盟主だとっ?」
男爵はホーキンズの顔を見た。ホーキンズが目を逸らしながらふっと笑ったので…男爵は納得した。
「そ…そうなのかぁ〜〜…⁉︎ホーキンズ、どうして黙っていたのだ?」
「まぁ…リーンは同盟国の敵対国だから…あまり、公には出来ないので…。」
ユーレンベルグ男爵はふと思った。
(リーンか…確か、ラクスマンが攻めていたはずだ。小さな民族国家だと思っていたが、しっかりした封建制度があるのだな…。あそこにはうちのワインはまだ流通していなかったな…。)
そう思ったユーレンベルグ男爵は少し考えて…そして言った。
「君は…無駄死にを覚悟して、王宮に潜入しようというのだな?うむ…やってみるといい。」
ヒラリーがツッコミを入れた。
「おいおい、男爵…何を考えているんだよぉ〜〜っ!」
男爵はちゃんと考えていた。ホーキンズやヒラリー、それからダフネやアンネリ、オリヴィアと知己を持つヴィオレッタを助けたいと思っていた…それに嘘はない。そして、ついでにここでヴィオレッタに恩を売って…商売に繋がればとも…。
ヴィオレッタが最後に言った言葉…逃亡ができる状況が整うまで待ってる…この言葉に応えるために、こちらから能動的に何かを仕掛けるべきではないかと思っていた。とにかく、何でも良いから…無駄だとしても…。
その日の夜、ヴィオレッタは寝る前にお手洗いに行った。当然、パトリックが随伴した。お手洗いの帰り、ヴィオレッタとパトリックは歩きながら少し話をした。
「ヴィオレッタ…殿…はエルフという種族だと聞き及んでおります。実際のお歳はやはり…?」
「ふふふ…ヴィオレッタで構いませんよ。今年で六十六ですね…。」
「六十六歳…色々な経験をされてきたのでしょうね。ヴィオレッタ…さんは、剣士なのですか?…それとも魔道士?」
「ああ…皇太子殿下が仰ってた事ですね?…私は職種は魔道士です。私は読書が大好きで…自慢でありませんが、多分、量だけなら人間が一生をかけて読む以上の本をすでに読んだと思っています。剣士のスキルの知識も本の知識ですよ。」
「…そうなのですね。私も読書は好きです。ただ、私の場合は偏っておりまして…軍事関係の専門書や文献、資料がほとんどですね…。」
「ほおぉ…クロウ将軍の『ラクスマン王国戦術戦略概要 実戦と理論』はお読みになりました?あれは良い本ですよ、是非お薦めします。」
「…何と申された⁉︎…アレは確かに傑作だが…全十二巻にも及ぶ戦術戦略の難しい理論書ですよ…それをヴィオレッタさんは読破されたと…⁉︎」
「はい。何十年か、ラクスマン王国で愛玩奴隷をしていた時に、暇に任せて…ふふふ。」
パトリックは…この少女は底が知れないと思った。
ヴィオレッタは続けた。
「それにしても…『紫電』のスキルをお持ちとか。人間で深度3のスキルを持っている人とは初めてお会いしました。パトリック殿は大変な努力をされたのでしょうねぇ…。私が今まで出会った人間で強いなと思ったのは…オリヴィアの深度2カンスト…ヒラリーの深度1カンスト…それぐらいでしょうか?」
スケアクロウの暗殺者も非常に強かったが…ヴィオレッタは彼らの名前を出して称賛しようとは思わなかった。
「…ヒラリー…冒険者のヒラリーですか⁉︎ヴィオレッタさんはヒラリーと面識をお持ちで?」
「はい…この数日前、冒険者のギルド会館で再会しました。パトリック殿もヒラリーをご存じでしたか?」
「うむ…十年ぐらい前でしょうか、彼女とは一緒に戦場を駆け巡りました…。」
ヒラリーはパトリックがSS級の腕を持っていると聞いて押しかけた事がある。その時にパトリックに師事して、一年間ほど戦地を巡って剣を教えてもらった。
「共通の友人を持っていたのですね…奇遇ですねぇ。」
興に入って…いつの間にか、二人は廊下の真ん中で立ったまま話をしていた。
パトリックが護衛に就いたことで、王妃やヴィオレッタたちの寝室にも変化があった。王妃の部屋は続き部屋で、ふた部屋がひとつの扉で繋がっている。以前は王妃、皇太子、ヴィオレッタでひとつの部屋を使い、もうひとつは侍女のフランチェスカが使っていた。
そこに、成人した男性であるパトリックが加わった。なので、王妃、皇太子、フランチェスカでひとつの部屋、もうひとつにパトリックとヴィオレッタが一緒に寝ることとなった。…とは言っても、パトリックはヴィオレッタの寝顔を見ながら、ソファに深く座って仮眠をとるような形だ。
深夜、気配を感じてパトリックは仮眠から目覚めた。パトリックはすぐにロングソードとラージシールドを手に持ち、深度3の剣士スキル「風鈴」を発動させた。これは索敵範囲内の動く物体全てを感知できるスキルである。
壁越しに、動く物体が王妃の部屋の扉から離れていくのが感知できた。
(…スキル発動を察知して逃げたか。相手もスキル持ちだな…。)
パトリックは静かに扉を開けて廊下に出た。廊下は真っ暗だった。
(相手は斥候か…。)
パトリックは腰のポシェットから一枚のスクロールを出し…呪文を唱えた。
「アヴァル オド…ライト。」
最近開発された魔法スクロールを、市場に出回る前に近衛兵団はすでに採用していた。
王妃の部屋の扉に「ライト」の魔法を付与すると、パトリックは扉の前で立ったまま動かなかった。…賊が襲ってくるも良し、このまま何事も起こらず夜を明かすのも良し…。




