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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百七十三章 王宮の賊

三百七十三章 王宮の賊


 エヴァンジェリン王妃の部屋には、王妃、その侍女のフランチェスカ、そして一緒に遊んでいるヴィオレッタとウィルヘルム皇太子がいた。

 フランチェスカが言った。

「王妃様…今、王宮を騒がしている怪談話をご存知ですか?」

「いえ、どんなお話ですか?」

「鐘楼の幽霊…の話です。」

 鐘楼という言葉を聞いて、ヴィオレッタはドキッとした。

「…幽霊⁉︎」

「はい。この数日…鐘楼の鐘が鳴っていませんでしょう?」

「そう言われてみれば…そうですねぇ。それが…?」

「…鐘楼に近寄る者がみな…不可解な死を遂げるそうです…。昔、あの鐘楼から身投げをしたうら若き侍女がいたそうで、その侍女の幽霊の仕業ではないかとのもっぱらの噂です…。」

「まぁ、怖い!…でも、昔に死んだ侍女の幽霊がなぜ今になって…?」

「…さぁ…?」

 ヴィオレッタは思った。

(うん…これはきっと侍女の幽霊の仕業ね…そういう事にしておきましょう…!)

 その時、エバンジェリン王妃の部屋の扉を男がノックして、扉を開けた。

「王妃陛下、お時間でございます。」

 王宮付きの執事だった。エヴァンジェリン王妃はハッとして…答えた。

「…今日は何か予定がありましたでしょうか?」

「はい。ティアーク大聖堂を視察して、その後、いくつかの修道院を見て回る予定がございます…。」

「ああ…そうでしたか。昨日のうちにお伝えせねばなりませんでした…しばらくの間、私は外出を控えようと思っております。申し訳ありませんが、予定はキャンセルしてください。」

「お加減がお悪いのですか?ならば、侍医をお呼びいたしましょう。」

「…そういう事ではありません。…とにかく、しばらくの間、王宮から外出しませんので、よろしくお願いいたします。」

「…?」

 エヴァンジェリン王妃は思っていた。ひと時たりともヴィオレッタから離れてはならない…と。

 王妃としての公務で外出したとして、王宮に残していくヴィオレッタの安全の保証はできない。外出から帰ったら、ヴィオレッタが王宮内で「行方不明」になってしまったとか、仮にヴィオレッタと一緒に外出したとしても、外出先で賊にヴィオレッタが「拉致」されてしまうというような懸念があった。なぜかと言うと、エヴァンジェリンはそれと似たような経験を何度かしているからだ。

 とある貴族が暗殺された。彼は奴隷解放派の急先鋒で王妃の腹心でもあり、ガルディン公爵と真っ向から対立していた。エヴァンジェリン王妃は憲兵隊に命令して暗殺した犯人を捜索させたが、しばらくして、犯人と目される男たちの「首」が三つ並んで…その事件はうやむやの内に終わってしまった。

 王宮の中で信用できる者は本当に限られている。夫であり君主であるビヨルムと故郷から帯同してきている侍女のフランチェスカ、そして…「もうひとり」の三人だけだ。ガルディン公爵には髪の毛ほども隙を見せてはならない…。

 夜の就寝前、ヴィオレッタはウィルヘルム皇太子に本を読んであげていた。「勇者と英雄」という表題の本で、幼い子供向けの童話であり「帝王学」の教本のひとつでもあった。

 ウィルヘルムがヴィオレッタに尋ねた。

「…この、『勇者』を助けた『英雄』というのは我のご先祖にあたるのか?」

「このご本のお話は、多分…第二次人魔大戦のお話でしょう。…となると、この『英雄』はエステリック国王のご先祖様でしょう…。この『英雄』は三兄弟でしたよね?殿下のご先祖様はこの『英雄』のご兄弟の中のひとりでございますよ。」

「そうか…!」

 それを聞いていた侍女のフランチェスカはエヴァンジェリン王妃の耳元で囁いた。

「…ヴィオレッタは歴史にも精通しておいでの様ですね…。」

 ウィルヘルムはさらに尋ねた。

「…『勇者』が稲妻のように走って魔族を倒した…とあるけど、『勇者』は魔法を使ったのかな?『勇者』は魔導士だったのかな?」

「…『勇者』は剣士なのですよ。剣士職には「紫電」「紫電改」「零式」というスキルがあります。このスキルはもの凄い速さで自由自在に動く事のできる…まぁ、魔法みたいなものでございますね。」

「へえぇ…我も剣士になるつもりだ。我もその魔法…スキルを覚えることができるかな?」

「できますとも!…一生懸命、剣の練習をなさいませ。スキルは『神の祝福』なのです。神はいつも人々を見ておられて…努力する者、精進する者に祝福を与えてくださいますよ。」

「そうか…!我も剣の練習をするっ‼︎」

 フランチェスカは、ヴィオレッタが自分の知らない知識を語ったので…固まってしまった。

 エヴァンジェリンが言った。

「ウィルヘルム、そろそろおネムの時間ですよ…」

「やだぁ〜〜、ヴィオレッタにもっとご本を読んでもらうのぉ〜〜っ!」

「殿下…それでは、続きはベッドで…。」

「うん…!」

「ごめんなさいねぇ、ヴィオレッタ。」

「いえいえ…えっと、その前に…ちょっとお手洗いに…。」

「フランチェスカ、ご一緒してあげてください。」

「…分かりました。」

 この時、王妃は単純な思い違いをしていた。「誰か」が一緒なら…安全だと。「誰か」ではなく「護衛」でなくてはいけないのだが…。

 王宮に限らず、貴族の屋敷のトイレは基本的に落とし式だ。便器の下に藁を敷いた受け皿があって、使用後に下男や召使いがその受け皿を取り替えるのだ。落とし式のトイレは大体屋敷の端っこにある。

 ヴィオレッタとフランチェスカは燭台を持って王妃の部屋の扉から続く廊下を歩いて、突き当たりの扉を開けて「女性用」の中に入った。

ドンッ!

 いきなり暗闇で襲われて、フランチェスカは頭を殴られて気絶した。燭台が落ちて部屋の中は真っ暗になり、その中でヴィオレッタは猿轡さるぐつわを噛まされ、体を縄で縛られた。

「ぐぅ…!」

 外套をすっぽり被った男がヴィオレッタを肩に担いで、暗がりの廊下を全力疾走した。


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