三百六十九章 帰路
三百六十九章 帰路
朝になった。オリヴィアたちイェルメイドは帰りの荷物をラクダに積んで、イェルマへの帰路についた。
オリヴィアは二本の柳葉刀をカタリナに渡し、自分は新しい槍をブンブン振り回してニコニコしていた。
みんなが歩いていると、地面は次第に草原から砂地になっていって…それはオアシス国家マーラントに別れを告げた瞬間だった。
すると…後ろからオリヴィアたちを呼ぶ声がした。
「おぉ〜〜い、姉ちぁ〜〜ん…待ってくれよぉ〜〜っ!」
まだ顔の腫れが引いていないヘイダルが、背中にリュック、両脇に水の入った皮袋を肩にかけ、それをタップンタップンいわせながら走って追いかけて来た。
「あららぁ〜〜…ヘイダル、どうしたの?」
「俺…姉ちゃんたちの弟子になる!」
「…なぬっ⁉︎」
「姉ちゃんたち、凄く強いな…イェルメイドって言うんだって?俺も…姉ちゃんたちに弟子入りして…イェルメイドになるっ‼︎」
それを聞いて、オリヴィアはゲラゲラと笑って、リューズは呆れ顔をしていた。
カタリナがヘイダルに言った。
「あのねぇ、ヘイダル…男の子はイェルメイドになれないのよ。悪いこと言わないから、マーラントに戻りなさいな…。」
「やだっ!…だってさ、マーラントは商人の国だから…俺は商人にはなりたくない、姉ちゃんたちみたいな強い男になって、この腕一本で生きていくんだっ‼︎」
「…困ったわねぇ。」
ゲラゲラと笑っていたオリヴィアが笑うのをやめて、自信ありげに言った。
「そっかぁ…じゃあ、このお姉さんに任せないさいっ!」
「うんっ!お願いします、師匠っ‼︎」
ヘイダルは弟子入りが許されたと思ったのか…オリヴィアにペタリとくっついた。
「おいおい…そんな無責任な事言っちゃって…オリヴィア、どうするつもりだぁ、男はイェルマには入城できないぞ?」
オリヴィアはヘイダルに懐かれて、ヘラヘラ笑っていた。
「大丈夫、だいじょぉ〜〜ぶ…ちゃんと当てはあるからぁ〜〜。」
約六時間歩いて、夕方、一行は道標である白の塔に到着した。この日はサソリやヘビとは遭遇しなかった。
イェルメイドたちはすぐに夕食の支度を始めた。すると、ヘイダルがリュックからパンを出してきた。
「ヘイダル、どうしたの、それ?」
「買ったんだよ。あり金全部…パンと水に交換してきた。」
「そっかぁ〜〜。」
ヘイダルがマーラントには未練はなく…その覚悟の程がよく分かった。
その日の夕食は、パンとラクダの干し肉と水で済ませてすぐに寝た。ヘイダルはリュックから汚れた薄手の毛布を出して、それにくるまった。
オリヴィアが寝袋の中からヘイダルに言った。
「お〜〜い、ヘイダル。それじゃ、寒いでしょ…。」
「大丈夫だって!」
夜が更けた。ヘイダルはガクガクと震えていた。
「ヘイダルゥ〜〜…痩せ我慢しないで、こっちいらっしゃい。」
「…。」
ヘイダルは無言で、オリヴィアの寝袋の中に入っていった。ヘイダルは寝袋の中で初めは棒のように直立不動だったが、オリヴィアが自分の方に抱き寄せると…顔をオリヴィアの巨乳にぐりぐりと押し付けていった。
(…ああ、なんておませな…わたしが人妻って知っているのかしら…⁉︎でも、まだ十歳…さすがに…あと二年ぐらい待たないと…!)
…違う。母が恋しいのだ。
朝になった。みんなは寝袋から出て、朝食の支度を始めた。再びヘイダルがパンを持ってきて…ヘイダルの顔を見たリューズがびっくりして言った。
「…お前、左目どうしたっ⁉︎青タンが増えてるじゃないかっ!」
「…昨日の晩…オリヴィア師匠の肘鉄が…。」
「…オリヴィアと一緒に寝てたら…お前、いつか死ぬぞ。」
簡単な朝食を摂った一行は次の白の塔を目指して、砂漠を歩き始めた。
今日は少し風が強かった。商隊は風上に向かって歩いていた。
モンス除けの香を焚いて先頭を歩いていたベラが叫んだ。
「わっ、何かが前からきてるっ!…くそっ、風があるから香があんまり効いてないっぽいっ‼︎」
砂の表面が盛り上がって…それが商隊に近づいて来ていた。ヘイダルに後退するように指示して、すぐにオリヴィアとリューズが前に出た。
砂の中から巨大サイドワインダーが姿を現した。オリヴィアとリューズは槍を前に構えた。
「気をつけてえぇ〜〜、毒液を飛ばしてくるわよぉ〜〜っ!」
巨大サイドワインダーはガラガラと威嚇音を出して、オリヴィアとリューズを睨みつけ、舌をペロペロと出していた。二人は槍を突き出して何度もフェイントを入れて威嚇した。
すると…巨大サイドワインダーが口を開け二本の毒牙を前に立てて、オリヴィアを襲った。オリヴィアは新しい槍をカウンターで前に突き出した。
オリヴィアの槍先はヘビの上顎の二本の牙のちょうど真ん中あたりに突き刺さり…そのままズルッと額のところまで突き抜け、巨大サイドワインダーの頭部を綺麗に縦に二分割した。
それを見たリューズが驚いた。
「…おっ!」
オリヴィアも驚いた。
「…わっ…凄い切れ味…!」
往路で遭遇した巨大サイドワインダーの時は、柳葉刀で上顎にちょっと傷をつけるだけにとどまって、退治するのに苦労したが…今回はあっという間だった。
巨大サイドワインダーは割られた頭を砂の上に横たえ、体だけをぐねぐねとよじらせ、そして動かなくなった。
みんながオリヴィアのところに集まってきて言った。
「なんだ、なんだ…ワンキルか⁉︎…その槍のせいか?」
「その槍先…凄いわねぇ!」
オリヴィアは得意満面だった。
「へっへえぇ〜〜ん!」
すると、巨大サイドワインダーとの戦闘を見ていた商隊の貿易商人のリーダーが槍を持っているオリヴィアのところにやって来た。
「もしかして…それは砂蟲の歯かね?」
「…ああ、憲兵さんがそんな事を言ってたなぁ。」
商人はその槍を金貨三十枚で売ってくれと取引きを持ちかけてきた。
「えええええぇ〜〜〜〜っ!…金貨三十枚っ⁉︎…どっしよっかな…。」
オリヴィアは砂蟲の歯をもう一枚持っている。一瞬、それを売ってしまおうかとも思った。だが、戦う者にとって最上の武器はお金には換えられない…。オリヴィアは考えに考えあぐねた結果…断った。
「そうか…残念。だったら、今殺したヘビの皮…うちで買い取らせてくれないかな?」
「えっ…皮が売れるの⁉︎」
「ああ、巨大サイドワインダーの皮は丈夫だからね、鞄とか靴とかの良い素材になるんだよ。あと…巨大サソリの毒針も武器やアクセサリーになるし、ハサミも防具の素材になるから買い取るよ。」
「おおおっ…!」
往路でヘビやサソリに遭遇した時は、とにかく倒して逃げるので精一杯だった。
オリヴィアたちはすぐに巨大サイドワインダーの解体に取り掛かった。砂蟲の歯の槍先を使うと、ヘビの皮は紙のようにサクサク切れた。
オリヴィアが皮を裂いて、他の仲間がずるずると肉から皮を剥いでいった。
「それ、よく切れるなぁ。ふふふ…今日の晩飯はヘビの肉だな…。」
「あっ、俺、ヘビの肉は大好きだよ。たまにゲルの中までガラガラヘビが入って来るんだけど、叩き殺して食っちゃう!」
すると、周辺警戒していたベラが叫んだ。
「おいっ、みんなぁ〜〜っ…いっぱい来てるぞっ!」
巨大サラマンダーの血の匂いに惹きつけられて…モンスが集まって来たのだ。




