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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百六十一章 渓谷の夜は切なくて

三百六十一章 渓谷の夜は切なくて


 魔道士房のコーネリア師範が戦士房を訪れた。

 コーネリアは戦士房の房主堂に寄ると、房主のカレンに挨拶をした。カレンはコーネリアが持参したマーゴットの書状に目を通して言った。

「なるほど…コーネリアはエンチャントアイテムの研究をしているのか。感心なことだ。それで…ダフネの持っている『オーガ殺し』を研究したいと…そういう事だね?」

「その通りでございます。」

「うむ、ダフネは臨月でな…師範室で横になっておる。暇そうだから、話し相手にでもなってやっておくれ。」

「かしこまりました。」

 コーネリアは師範室を訪ねた。

「こんにちわぁ〜〜。」

「あれ…コーネリアさん?」

「臨月って聞いたけど、お加減はどお?」

 ダフネは大きく張り出したお腹を摩りながら、笑って言った。

「いやね…早く出せって、お腹を蹴りまくるんだよ…。元気が良すぎるから、男の子かなぁ…。」

「まぁ、それは大変ね。…男の子だったら、どうするつもり?」

「うん…サムが引き取るよ。でも、ひと月はコッペリ村にいて赤ちゃんにお乳を飲ませようと思ってる…幸い、魚璽もあるしね…好きな時にイェルマとコッペリ村を往復できるんだ。」

「そっか…なるほど、なるほど。」

 コーネリアは懐から羊皮紙と羽根ペンを取り出すと、神妙な面持ちで何やら書き留めていた。

「コーネリアさん…何しに来たの?」

「あっ、実はね…ダフネのエンチャントウェポンを見せてもらおうかと思ってね。」

「ああ…そこに置いてあるよ。エンチャント…魔法の研究だ?」

「そそ…。」

 コーネリアは「鬼殺し」を指で触って感触を確かめ、巻き尺を取り出して寸法を測った。

「で…出産はイェルマ、それともコッペリ村?」

「ううん、今ね、迷ってるんだ。」

「そっかぁ〜〜…。サムは何て言ってるの?」

「サムはコッペリ村で産んで欲しいって言ってる。だって、産まれたらすぐに赤ちゃんの顔を拝めて、すぐに抱けるんだもん…」

「なるほど、なるほど…」

 コーネリアは羊皮紙に…「出産はコッペリ村?」…と書き込んだ。

 小一時間ほどダフネと話をした後、コーネリアは魔道士房に戻り、その足でマリアのいる副師範室を訪れた。

 コーネリアの姿を見たマリアはニタリと笑った。

「コーネリア師範、あなたが直接私を訪ねてこられたという事は…もしや、アレですか⁉︎」

「…アレです!」

「むむむむ…!この時期…逆算すると…まさか、『建国祭』を狙ってます?」

「…狙ってます!…で、融資の方は前回通りで…OK?」

「前回同様…まずは先行予約券を販売して、足りない分を私が御用立てする…と。OKですよぉ〜〜っ!」

「時に…マリアはサムと『念話』のやり取りをしてるのよね?…何か、浮いた話とか…ないかしら?」

「おおおおっ⁉︎…まさか、第三巻は…ダフネとサムがモデル…⁉︎」

「…ふふふふふふふふふ。」

「…ふふふふふふふふふ。」

 イェルマのみで流通していて、浮き名を流しているラブロマンス小説「渓谷の夜は切なくて」の著者は…実はコーネリアだった。「渓谷の夜は切なくて」も今回で通巻三巻目となり、その発巻日をなんとイェルマの「建国祭」にぶち当てようという計画だ。

 この小説は一巻、二巻とも実在の人物がモデルとなっていて、分かる人にはすぐ分かる…というのが売りだ。…というか、イェルメイドであれば絶対に分かっちゃう内容なので…マーゴットの不興を買っている。

 物語は実話に沿ってはいるものの、耳年増のコーネリアの妄想が爆発していて時に美しく、時にねちっこく…特に性描写なんかは露骨過ぎて、絵にも描けないヘソの下だった。

 とにかく、これでもかというぐらいの脚色がなされていて、常識人が読んだら赤面してしまうような内容だ。それでも、若いイェルメイドたちには大好評だった。

 二巻発売後すぐに、マーゴットによって発布された「ケイセツ焚書令」の暗黒時代を地下に潜って何とかやり過ごし、当局の目を逃れるため売り子…斥候職のケイセツ信者が夜陰に紛れて不眠不休で愛読者のもとに本を届けたりとか、単純な計算間違いでとんでもない在庫を抱え、隠す場所を求めてイェルマじゅうを奔走、そのせいで資金が底を突き破産寸前に陥ったりとか…「渓谷の夜は切なくて」は物悲しい歴史を歩んできた。しかし、コーネリアの情熱と愛読者の偏愛のおかげで廃刊という憂き目に遭わずに今日に至っている。

 第一巻。イェルメイドと捕虜となった敵国の兵士の禁断の恋の物語で、数多くの障害を乗り越えて愛の結実を見るという純愛ラブロマンスなのだが…何の事はない、オーレリィとダンの話だ。

 第二巻…これがいけなかった。コッペリ村にスパイとして潜入した女魔道士が村の若者と恋に落ちて、恩師を裏切って駆け落ちしてしまう物語だったが…まんまだったので、マーゴットの逆鱗に触れた。

 そして…二年の静寂を破っての待望の第三巻である。

「さぁ、明日から三連続非番…原本を完成させちゃうわよぉ〜〜っ!」

 ケイセツ信者の若い魔道士たちがコーネリアの師範室にやって来て、床のカーペットをはぐり、床板を外して大量の羊皮紙を引っ張り出した。そして、コーネリアが書き上げた原稿を受け取ってすぐに筆写を始める者、小さく切って束にした先行予約券にハンコを押していく者、まっさらの羊皮紙を裁断器で四角に裁断する者など…マーゴットが留守の間にできるだけ作業を進めるつもりだ。最近のマーゴットは鳳凰宮にいるセイラムにご執心で、魔道士房を留守にすることが多いのだ。

 六月十日の「建国祭」まで後二十日、コーネリアは人海戦術で計画を推し進める構えだ。

「羊皮紙が無くなったら、マリアのところに行ってお金をもらってちょうだいっ!それで、『ダンの雑貨屋』に行ってなんとか羊皮紙を調達してきてっ!目標は…一千部よおぉ〜〜っ‼︎」

「ケイセツ万歳、ケイセツ万歳っ!」


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