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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百六十章 蚕蛾

三百六十章 蚕蛾


 この頃セドリックはキャシィズカフェの裏にある養蚕小屋にずっと籠って寝泊まりして蚕を見張っていた。

 二週間前の早朝、一匹の蚕の幼虫が格子の衝立をのそりのそりとよじ登って、格子の小さな部屋に入り、首をゆっくり左右に振りながら細くて白い糸を吐き出す様子を見て、すぐにサシャを呼びに小屋を飛び出した。

 サシャに言われていた。幼虫が繭を作るのを見たいから、「営繭」が始まったら必ず私を呼んで…と。

 サシャと二人で蚕が繭を作る様子を一時間もずっと見ていた。すると、続々と幼虫たちが衝立を登って「営繭」を始めた。二人は命の奇跡を目の当たりにして…グレイスが朝食に呼びに来るまで、その場でじっと固まっていた。

 蚕の幼虫が繭を作り始めて完成するまで約三日…セドリックはひとりになっても、そばを離れずずっとその様子を見ていた…。

 そして…セドリックは格子の衝立に見事に揃った蚕の繭を数えてみた。

(…九十六個か。まずまずだ、良いんじゃないかな…。)

 すると、ひとつの繭が…僅かに動いた気がした。…繭の一部に黒い物が見えた。日数的には羽化してもおかしくない…。

 セドリックは小屋を飛び出して、キャシィズカフェに駆け込んだ。

「キャシィ…キャシィッ!」

 それを聞いたハインツは平然と答えた。

「キャシィは…」

「あっ、そうか…粉屋かっ!」

 セドリックはキャシィズカフェも飛び出して、五軒隣りの粉屋の方向に走っていった。セドリックの慌てた様子を見た賢いサシャは、「羽化したな⁉︎」と察してすぐに養蚕小屋に駆け込んだ。

 粉屋からキャシィを引っ張ってきたセドリックが小屋に入ると、サシャが笑顔で指差した。

「ここ…ここにいるわっ!」

 サシャが指差した先には…桑の葉の上で小さな羽根をブルブル振るわせてよちよち歩くずんぐりむっくりの茶色の蚕蛾がいた…繭から羽化した成虫だ。

 キャシィが叫んだ。

「やりましたね、おめでとうございますっ!」

「う…うん、ありがとう!」

 サシャがポツリと言った。

「あぁ〜〜ん…成虫はあんまり可愛くないねぇ。…全然、綺麗じゃないわ。ちょっとがっかり…。」

「サシャ、そんなこと言っちゃ、蚕が可哀想よ…。蚕はねぇ、大人になると…水も飲まず、何も食べないで…すぐに死んじゃうのよ。」

「えっ…そうなの⁉︎」

「大人の姿は一瞬なのよ。これは卵を産むためだけの姿でねぇ…卵を産んじゃうと、四、五日で死んじゃうの…。」

「…えええぇ〜〜、可哀想…。」

 セドリックが言った。

「そうなんだ…僕はてっきり成虫になったら食べる物が変わるんじゃないかと思って、何を与えて良いのか分からなくて…それで、キャシィを呼びに行ったんだけど…。これから、どうしたら良い?」

「…このまま、放っておいて良いです。全ての成虫が羽化して…そしたら、勝手に相手を見つけて交尾を始めます。お尻とお尻をくっつけて…中には不器用な子がいるので…オチ○○ンを入れっぱなしのオスがいるので、ちょいと捻って外してあげましょう!」

「…ぶっ!」

 …そばにサシャがいた。

 繭はどんどん羽化していった。それを見るために、手が空いたグレイスや他の子供たちが養蚕小屋を訪れた。

「へえぇ…こいつら、蛾のくせして、飛べないんだなぁ。」

「あははは、羽根よりもお腹の方が大きいな。これじゃ、飛べるわけない。」

 蚕蛾は…成虫になれただけでも幸運だ。今後、数が増えて絹糸を回収するようになると…八割ぐらいは繭になった時点で死んでしまうことになる。絹糸をとるためには、繭を熱湯に浸けて、繭の糸を手繰り出し、糸巻き車で絹糸一本をずっと巻き取っていく。基本的にはたった一本の糸で繭は作られているので…1500mぐらい巻き取ると、繭の中の死んだ蛹だけが残るのだ。

 ハンナがキャシィを呼びに来た。

「キャシィさん、イェルメイドがやって来て、薬草を買ってくれって…。」

「ほいっ、今行きまぁ〜〜すっ!」

 キャシィはサムの掲示板に広告を出して、イェルメイドたちからハーブティーの原料となる薬草を買い取っていた。

「キャシィ、レイシをいっぱい持って来たぞぉ〜〜。高く買い取ってくれ。」

「むむっ…ちょっとこれ…ほとんどサルノコシカケじゃない。…却下っ!」

「げげっ!」

「私のオウギ、見てみてよ。」

「葉っぱじゃなくて…根っこよ、根っこ!」

「うげげっ!」

 広告を出して二週間ぐらい経過しているが、いまだに勘違いして持ってくるイェルメイドがたくさんいた。

 次にテッピセンコクを持ってきた。

「おお…これは注文通りね。」

 キャシィは天秤はかりに乗せ、重さを計った。

「おぉ〜〜…218gあります…。頑張りましたねぇ…100g銅貨50枚、OK?」

「OKだよ。」

「じゃ、銀貨1枚と銅貨9枚ね。また、持ってきてねぇ〜〜っ!」

「毎度ぉ〜〜っ!」

 キャシィは思った。イェルメイドのおかげでハーブティーの原材料がだいぶ溜まってきたな…そろそろ、ユーレンベルグさんのところに送らねば。…待てよ。ハーブティーはコッペリ村で売るよりもティアーク城下町で売った方がはるかに利益率が高い。コッペリ村でハーブティーを売ったら儲けは銅貨7枚で、城下町ならキャシィとグレイスの歩合を合わせると儲けは銅貨20枚…これって、キャシィズカフェでのハーブティーの販売をやめて、原材料を全部城下町に送って売った方が圧倒的にいいじゃん!でも…せっかくキャシィズカフェのハーブティーを楽しみに通ってくれる馴染み客を裏切るわけにもいかない…どうしよう?

 キャシィが一流の商人から超一流の商人になるために越えなければならないハードルがそこにあった。

 すると、鳩屋のクラインが訪ねてきた。

「こんにちわ、キャシィさん…。」

「やあっ、クラインさん…もしかして?」

「はい…あなた宛に手紙が届いておりますよ。」

 キャシィはクラインから手紙を受け取ると内容を読んだ。もちろん、差出人はユーレンベルグ男爵だ。内容は…ハーブティーの薬草の催促と米の追加注文だった。

(…とりあえず…しばらくはキャシィズカフェでもハーブティーを売っていこう。お米は…今度は1トンぐらい送ってみるか。)


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