三百五十三章 シーグアとの再会
三百五十三章 シーグアとの再会
ヴィオレッタは朝食を済ませると、読みかけの本を肩掛け鞄に入れてティモシーと共に大通りに出た。
大通りを出てしばらく歩いて右に曲がり、裏通りに入るとまたしばらく歩いた。すると、大きな家屋が見えてきて…それが筆写士事務所だ。
ヴィオレッタたちは事務所に入った。すると…ダントンがいた。
「お…おおっ?もしや…ヴィオレッタさんですか⁉︎」
「ダントンさん…お久しぶりです。お変わりありませんでしたか?」
「よくもまぁ…ご無事で…!ここでは何ですので…ちょっとこちらへ…。」
「…え?」
ダントンはヴィオレッタとティモシーを事務所の外に連れ出し、事務所から少し離れた自分の家に連れて行った。
ダントンの自宅の居間で三人は椅子に座って、お茶を啜った。
「いやね…事務所は危なくてね…人の耳に戸は立てられませんからなぁ…。」
「…と、言いますと?」
「どうも、ヴィオレッタさんやあの…金髪の美しい方…ええと…」
「…オリヴィア?」
「そうそう、そのオリヴィアさんが私の事務所に出入りしていたのを憲兵に密告していたのは、うちの筆写士の疑いがあるので…ねぇ。」
「な…なるほどぉ。賞金目当てかぁ…。」
「こちらも、せっかく長年掛けて育てた筆写職人を手放したくはないのでねぇ…それに確たる証拠はありませんので…。」
「ごもっともです。」
「気をつけてくださいよ。憲兵たちは諦めた訳ではありません。特に…貴族絡みだとねぇ、あいつらは権威や沽券を凄く気にしますからねぇ…。まぁ…本当に、ご無事で何よりです。」
「色々ありましてね…リーンの方に逃げていました。」
「リーン…申し訳ありません、存じ上げません…。それで、今は…?」
「極楽亭にいますよ。」
「極楽亭…ということは、冒険者ギルド会館には…」
「ふふふふふ…」
ヴィオレッタははち切れんばかりの笑顔で肩掛け鞄から「神の祝福」を取り出して、ダントンに見せた。
「ふふふふふ…良かったですねぇ。」
ダントンも破顔した。
「本当に、ありがとうございました。今は肌身離さず持ち歩いています!」
「ふふふ、もし筆写の御用があれば、是非、当事務所へっ!」
「もちろんですっ‼︎」
しばし歓談して、ヴィオレッタたちはダントンの自宅をおいとました。
ヴィオレッタは、次はシーグアの居宅を訪ねてみようと思った。そして、筆写士事務所がある裏通りからさらに入って、細い路地を歩いた。すると「念話」が…
(…そっちじゃない。)
「んっ…メグミちゃん?」
すると、背中からメグミちゃんが出てきた。メグミちゃんは地面に降りてヴィオレッタの進行方向に移動してきて、仕切りに前足を上下させた。
(…着いて来いってことかな?)
ヴィオレッタたちはメグミちゃんの先導で細い路地を歩いていった。実は、さらにその先にはメグミちゃんを先導している小さな目蜘蛛がいたのだが、小さすぎてヴィオレッタには見えていなかった。
メグミちゃんの後を着いていくと、メグミちゃんはある古ぼけた木造の家の二階へと続く階段を登って行った。この家屋も以前の家屋と同じで、外の階段を使って直接二階へと登っていく仕様だ。
(…ここ?何かしら…)
すると突然、ヴィオレッタの背中に悪寒が走った。
(あっ…!…「鑑定」された⁉︎…もしかしてっ⁉︎)
ヴィオレッタは階段を駆け上がった。
「あっ、ヴィオレッタ様⁉︎」
「ティモシーはそこにいてっ!」
ヴィオレッタが二階の部屋の扉を開けると本棚、天井の蜘蛛の巣、樹状の燭台…以前に見たそのままの光景がヴィオレッタの目に飛び込んできた。そして、部屋の中央にはコの字型の書斎机が…。
その書斎机に座っている赤い瞳の部屋の主が喋り始めた。
「ヴィオレッタさん、またお会いできましたねぇ…とても嬉しいですよぉ…。」
「シーグアさん、お久しぶりですっ!まさか、今日会えるなんて思ってもみませんでした。…月の十五日じゃないので…。」
「以前の…パン屋の二階の部屋は収集した本もろとも…憲兵に接収されてしまったので、空き家になってますよぉ…。」
「そうだったんですかぁ…やっぱり、あの後、トカゲとヘビが来たんですねぇ…。それで、メグミちゃんと連絡を取って私をここに…。」
「はい、ここがティアーク城下町での私の新しい拠点です…。」
「あっ、そうだ。シーグアさんにメグミちゃんを返さなくては…。メグミちゃんには何度も命を助けてもらいました。ありがとうございました、とても感謝してます…名残り惜しいですけど…。」
ヴィオレッタは肩の上のメグミちゃんを愛おしいそうに見つめた。
「メグミちゃんは、もうあなたの物ですよぉ…。」
「…え?」
「メグミちゃんの『想い』がヴィオレッタさんに寄り過ぎてしまって…もう、私の意思を受け付けませんので…。」
「そ…そうなんですか…よく分かんないけど…良いのかしら…?」
メグミちゃんは興奮しているのか喜んでいるのか、肩の上でピョンピョンと飛び跳ねた。今や大人の手のひらはあるかというメグミちゃんのスタンプ攻撃はなかなかに堪えるものがあった。
「そういえば、イェルマに行ってまいりましたよぉ…ユグリウシア様にお会いしましたよぉ…。」
「えっ、伯母様にお会いになったんですか。元気にしておられましたか?」
「それはもう…。ユグリウシア様は二千五百十一歳…まだまだお若いですよぉ…。」
(うおぉぉ…二千五百…)
「ヴィオレッタさんがリーンにいると知って、安心しておられました…。」
「私がリーンにいると言う…その情報は…どこで?」
「マックスという吟遊詩人がイェルマを訪ねて来られまして…」
(…またマックスかっ!)
「私も遠くない将来、イェルマを訪ねたいと思っています。伯母様から神代語を教えていただきたいし、ダフネやアンネリ、オリヴィアとも会いたいし…。あっ、そうだ!…シーグアさんの予言通り、ベネトネリス様に会いましたよっ‼︎」
「ほほぉ…あの方も、色んなところに根回しをして忙しそうですねぇ…。」
「あははは、神様なのに…根回しですか、よく分かりませんけど…。ベネトネリス様と言えば…『神の祝福』を読ませていただきました。」
「おお…ついに手に入ったのですね…」
「序章…面白かったです。シーグアさんの人となり…違うか、蜘蛛となりがよく表れていて、思わず笑ってしまうところもありました。シーグアさんと初めて会った時も、自分は人見知りだと言っていましたけれど、本当に人見知りだったんですね。」
「ふふふ…それで、ベネトネリス様から何か…『贈り物』をもらいましたか?」
「あっ、それなんですけど…ベネトネリス様は私が生まれた時に『歴史作家』という副業を勝手につけていたんですよ。あれって…シーグアさんと同じ副業ですよね?…『フォーチュンテラー』のスキルをくれると言ったんですけど…断りました。そしたら…メグミちゃんに『念話』のスキルを勝手に…。」
シーグアは無表情で大笑いした。
「クィッキッキッキィ〜〜ッ…!」
「どどどどどっ…⁉︎(どうしたんですか…⁉︎)」
いつ聞いても、シーグアのこの笑い声には慣れない…。
「いえ…歴史は繰り返すと言いますが、まさにその通りだと思ったのですよ…。」
「ああ、そっか!」
シーグアもベネトネリスから「念話」のスキルをもらった。そして、そのシーグアの同位体?のメグミちゃんもベネトネリスから「念話」のスキルをもらったのである。
「でも…ベネトネリス様は、メグミちゃんはアラクネにはならないって言ってましたよ。」
「ふふふ…手前味噌ではありますが、アラクネはレアですからねぇ…。」
こうして…ヴィオレッタとシーグアは一時間ほど歓談した。
「…それでは、私はリーンに帰ります。またお会いできることを切に願っております…。」
「ヴィオレッタさん…リーンをしっかり統治してくださいねぇ…。」
「…統治って…そんな大袈裟な!私は、私のできることを精一杯やるだけですよ。」
「そうですか…精一杯やってくださいねぇ…。」
「神の友人」という称号を持つシーグアは、ベネトネリスの思惑を知っている。それゆえ、この後勃発する第九次人魔大戦では魔族側に与することになる。
シーグアは本当に…ヴィオレッタには頑張ってもらいたいと思ったのだ。




