三百五十二章 人さらい討伐
三百五十二章 人さらい討伐
ガレルは小さな馬車をしつらえ、ヨワヒムとライバックを乗せて極楽亭を出発しようとしていた。
見送りに出ていたヴィオレッタが老人二人に言った。
「お二人とも、魔法研究に勤しんでくださいね。一応、事情を説明した書状をしたためてありますので、向こうに着いたらそれをエヴェレットと言うハーフエルフに渡してください。多分…激怒すると思いますが…そこは我慢して、エヴェレットさんの言うことには素直に従ってくださいね。」
「勿論だともっ!」
二人はガレルの操る馬車に乗って、意気揚々と出発した。城門に着くとガレルは馬車の影に潜んで、ヨワヒムとライバックの二人で城門を通過した。
「ガレル殿、リーンまではどのくらいの道程かの?」
「馬車がちょっと重いので…だいたい十日ぐらいですかねぇ…?」
ヴィオレッタは三人の見送りを済ませると、ティモシーと一緒に極楽亭で朝食を摂った。ヴィオレッタはシーグアの本を横に置いて、ページをめくりながらスープを啜っていた。
エビータはヴィオレッタのそばにいて、食べ終わったお皿を下げつつその様子を見ていた。
(…お行儀の悪いこと…エヴェレット様がいらっしゃったら何て言うか…。)
エビータはそう思ったが…口には出さなかった。
すると、ヒラリーとベロニカがやって来た。
「おっはぁ〜〜、元気にやってるかぁ〜〜?」
「あっ、ヒラリーさん、おはようございます。」
「あのさ、ギルマスがさ…ヴィオレッタの今日の予定を聞いて来いって。」
「そうですねぇ、やっぱり筆写士事務所のダントンさんを訪ねたいと思います。訪ねてお礼を言いたい。その後は、シーグアさんの居宅を訪ねてみようかなと…月の十五日ではないので、不在かもしれませんけど…。」
ヴィオレッタはシーグアの居宅が憲兵の強制捜査を受けたことを知らない。
「そっかぁ、ギルマスに言っておくよ。…それでさぁ、エレーナさんは…どうするのかな?」
エレーナ…エビータは毅然として言った。
「私はガレルの代わりに、護衛としてヴィオレッタ様のお供をします。」
「やっぱ、そうなるかぁ…。」
ヴィオレッタは言った。
「…どうかしましたか?」
「今日のクエストで優秀な斥候が欲しくてねぇ…ちょっと、悪者を懲らしめるクエストなんだけど…。」
エビータは言った。
「ティモ…トムが空いています。トムに行かせましょう。」
それに対して…ヒラリーはちょっとためらった。
「んん…エレーナさんの方が良いんだけど…ねぇ。」
二人の会話を聞いていて、ヴィオレッタが裁定を下した。
「エレーナさん、手伝ってあげてください。エレーナさんを選ぶのには何か、ちゃんとした理由があるのでしょう…私の護衛はトムにやってもらいますので。これを機会に、ヒラリーさんと仲良くなってくださいね。」
「…仰せのままに。」
ヒラリーは続けた。
「先に断っておくけど…報酬が出ないクエストなんだ。それでも良いっていう冒険者の有志だけでやるんだ。…いいかい?」
「…構いません。」
ヒラリーとベロニカはエレーナを連れて、極楽亭を出ようとした。その時、ヒラリーは「人さらいが横行してるから、気を付けろ」とヴィオレッタに言うつもりだったが、思い直して…言わなかった。なぜなら、今からその人さらいの拠点を急襲するのだから…。
ヒラリーたちがギルド会館に戻ると、デイブとトムソンが待っていた。
トムソンはS級冒険者の戦士で、とにかく正義感に厚い男だ。ステメント村のオーク討伐では、ヒラリーと並んでリーダーを務めていた。
「ヒラリー、場所は分かっているのか?」
「先日捕まえた男たちに口を割らせた。奴らのアジトはスラム街の近くだ。」
「そうか、よし…行こうっ!」
ヒラリーは一瞬止まって…エレーナに質問した。
「あの…エレーナさん、そのまんまで…OK?」
「問題ありません。」
エレーナは極楽亭からそのままの服装で、ワンピースにエプロンを付けていてこれから戦いに赴こうという装いではなかった。しかし、考えてみれば…自分が殺されかけた時もこの服装だったなぁ、あっ、大丈夫か…とヒラリーは思った。
ヒラリーたち五人はティアーク城下町の中心辺りにある貧民街へ向かった。そして、人さらいのアジトと思しき大きな空き家の前の、通りを一本挟んだ狭い路地に陣取った。
「あそこが人さらいのアジトだ。エレーナさん、ちょっと偵察してきてくれないか?もし、身の危険を感じたら…容赦しなくていい。」
「分かりました。」
容赦しなくていい…つまり、殺してもいい…これがトムではなく、エレーナを選んだ理由だ。ダークエルフと判っていても…ヒラリーにはトムはまだいたいけな少年に見えている。
エレーナは「シャドウハイド」を発動させて、路地の暗がりの中に消えていった。
十分程して、エレーナが戻ってきた。
「どうだった?」
「家の中には男が十二人、それと女の子がひとりいた。女の子は多分、拐かされたんでしょう。」
「…それはまずいな。最速で殲滅するつもりで火力のある前衛職を集めたんだけどな…人質にとられたら手出しができなくなる…。」
すると、エレーナが言った。
「私が何とかしましょう。」
「何か、良いアイディアが?」
エレーナはみんなにちょっとした作戦を説明した。
エレーナは路地から出て、突然駆け出し、アジトの空き家の扉をドンドンと激しく叩いた。
「娘を…娘を返してっ!お願いだから、娘を返してくださいぃ〜〜っ‼︎」
ドンドン…ドンドンドンドンッ…!
すると、扉が開いて髭面の大男が出てきた。
「…うるさいな。なんだ、お前は…?」
男はエレーナの服を見た。
(…母親か。どうしてここが判ったんだ⁉︎)
涙を流して泣き叫ぶエレーナに辟易して、男はエレーナの腕を掴んで家の中に引っ張り込んだ。
家の中で酒を飲んでいた片目の男が叫んだ。
「何だ、騒がしいな!どうしたんだ?」
「どうやって見つけたか知らんが、母親が来た…。」
「ちょっと待て!…母親がひとりで来る訳ないだろっ‼︎」
数人の男たちが扉から出て、辺りを見回した。だが…誰もいなかった。
髭面の大男が言った。
「へっへっへ…この女、浅黒だが結構美形だ…こいつも売っちまおうぜ。」
男たちはエレーナを縛り上げ、同じく縛り上げられて猿ぐつわを噛まされている少女の横に転がした。
「おや…こいつ、本当にこのガキの母親か?肌の色がずいぶん違うな…」
その瞬間、エレーナはニヤリと笑って「ダークエッジ」を発動させて自分の縄を切り、その「ダークエッジ」を壊れかけた窓に向かって投げつけた。「ダークエッジ」は外れかけていた窓扉に食い込んで…蝶番を壊して家の外まで飛んでいった。…これが合図だった。
男たちがエレーナの前に殺到した。エレーナは少女の前に仁王立ちして言った。
「…死にたい奴は来なさい。」
「何だとぉ〜〜、このアマッ!」
髭面の大男がロングソードでエレーナに斬り掛かった。エレーナはロングソードを体を傾けて避けつつ、右手に「ダークエッジ」を作って、エレーナの肩のすぐ横をすり抜けていく男の右手首をくるりと引っ掻いた。男の右手首からボタボタと血が滴り落ちた…動脈を裂いた。
「うぎゃあぁ〜〜っ…血が…血がぁ…!」
エレーナは消えかかった「ダークエッジ」を隣の男の腹部に投げつけると、左手に「ダークシールド」を作り、自分の頭上に降ってくる片目の男のショートソードを受けた。そして…すかさず右手の指一本で男の残っている片目を抉った。
「ぐひゃっ…おおお…目が、目があぁ〜〜っ…!」
「な…なんだこいつ⁉︎どこからナイフを出しやがった…あの黒い物は一体…?」
するとそこに、ヒラリーたちが突入してきた。空き家の中は乱戦となり、ヒラリーたちの一方的な勝ち戦となった。
エレーナは少女の前で微動だにしていなかった。その様子を見て、ヒラリーは舌を巻いた。
「さすがだね、エレーナさん。連れてきて良かった…。」
トムソンは死体を数えていた。
「…十一、十二。よし、数は合ってる。ヒラリー、これからどうする?」
「明日の朝までここにいる。多分、人さらいの仲間はもっといるだろう。帰ってきた奴らを片っ端から血祭りにあげる…!」
「うむ…見せしめだな。」
奴隷商人の存在自体は合法である。奴隷商人をどんなに追いかけても、確固たる証拠がなければのらりくらりと逃げられてしまうし、大物貴族がバックについている奴隷商人に至っては証拠すら握り潰してしまう。冒険者の立場では、末端を潰して回るぐらいしかできないのだ。
トムソンが言った。
「ヒラリー、この凄腕の斥候…どこから連れて来たんだぁ?前衛としても十分強いじゃないか。」
「うん、断言する…私よりも強いよ。」




