三百四十八章 懐かしきギルド会館 その3
三百四十八章 懐かしきギルド会館 その3
次の朝、ホーキンズは大きなハンマーを手に、ギルマスの部屋の壁を破壊していた。
ガンッ…ガンッ…ガン…ガララ…
その音に驚いたレイチェルは、すぐに二階に駆け上がってギルマスの部屋に突入した。
「な…何事⁉︎…あれ、ギルマス、壁を壊したりして…何を…気がふれましたかっ⁉︎」
ホーキンズは内壁の板をベリベリと剥がして、その中に手を突っ込んだ。
「いやな…預かり物を返そうと思ってな…。」
朝、包みをひとつ片手に持ったホーキンズはヒラリーを伴って極楽亭を訪れた。
極楽亭の一階ホールではヴィオレッタを始めとしてみんなで朝食を摂っていた。
朝食を摂っている面々の中に新しい顔を見つけて、ヒラリーはギクリとした。ヴィオレッタの取り巻きの中に…バンダナを深々と被ったエビータがいたからだ。
エビータはヒラリーを見とめると、ゆっくり近寄って行って…頭を下げた。
「ヒラリーさん、この前は申し訳ない事をしてしまいました…。いかなる罰もお受けいたします…なので、許していただきたい…。」
「う…うん…。まぁ、お互いに行き違いがあったよね…。」
ヴィオレッタが言った。
「ヒラリーさん、トムとエレーナさんは引き続きこの城下町に置いておこうと思います。何か…支障はありますか?」
「そ、そうだなぁ…二人とも強いから、クエストを手伝ってくれたらありがたいかなぁ…?」
ホーキンズは言った。
「他の冒険者ギルドはさておき…私が率いるティアーク城下町の冒険者ギルドは公正中立を旨としている。『我、正道を往く』と公言してはばからぬ者であれば拒む理由はない、堂々とギルド会館の敷居を跨いでくれ。むしろだな…間者とかスパイとかコソコソせずに、はっきりと自分の身分を明かしてもらいたい。私はリーンだろうがイェルマだろうが…活動の邪魔をしたりはしないぞ。」
そんな事を言っていると、噂をすれば影…ベロニカがヨワヒムとライバックを連れて極楽亭にやって来た。
「やっぱり、こっちだったのねぇ〜〜っ⁉︎いくらギルド会館で待ってても、全然来ないからさぁ〜〜。」
「やあぁ、おはよう、お嬢ちゃん。また、神代文字の意見交換をしようじゃないか!」
ヴィオレッタは言った。
「ごめんんさい、今日はこれから用事があって…。明日なら、いくらでもお話に付き合いますよ。」
すると、ホーキンズが言った。
「ヴィオレッタ、今日のこれからの予定は?」
「筆写士事務所を訪ねようと思っています…。それから…」
「…これか?」
ホーキンズはヴィオレッタに包みを差し出した。それを受け取ったヴィオレッタは包みを開いて驚いた。
「これはっ…!どうして、ホーキンズさんが…?」
「筆写士事務所のダントンに頼まれたんだ。」
それはまさしく、ヴィオレッタがずっと恋焦がれていた本…「神の祝福」の写本だった。ヴィオレッタはその本を手に取ると逆さにしたり、ひっくり返したり、表紙の手触りを確認してみたり…最後には本のタイトルを一字一字、指でなぞってみたりした。
しばらくして、夢から醒めたヴィオレッタは本を見つめながら言った。
「あ…この本をゆっくり読みたいので…今日の予定は全てキャンセルします!」
ただならぬヴィオレッタの様子を見ていたライバックがヴィオレッタに尋ねた。
「もしかして、その本は神代語に関する魔法書であろうか?」
「違いますよ…これはシーグア=アール=ク=ネイル著、『神の祝福』という本です。」
ライバックはヴィオレッタの口から信じられない言葉を聞いて…
「お嬢ちゃん、今…シーグア…と言ったか…⁉︎」
「はい…私の魔法の師匠です。」
「儂の知っているシーグアは…蜘蛛なのだが…?」
「ええっ!ヨワヒムさん、ライバックさん…お二人はシーグアさんのお知り合いですか⁉︎」
「どちらかと言うと逆じゃな。儂らはシーグアに…テイマー戦争で惨敗した敵側だ。」
「テイマー…シーグアさんも自分をテイマーだと言っていました…。あなた方もテイマー?…えええっ、もしかして…あのトカゲは…ヨワヒムさんたち?」
シーグアが蜘蛛で…テイマーで戦争…?突然話が見えなくなってしまったみんなはただ茫然とヴィオレッタと老人二人を眺めていた。
「儂らは王国お抱えのテイマーだったのだ。ガルディン公爵の命を受けて、オリヴィアという女を探しておった…その過程でシーグア…殿と相見えることとなり、完膚なきまでにやられてしまった。恥ずかしながら…シーグア殿の温情でこうして命を長らえているのだ…。」
ヴィオレッタは冷酷なひと言を放った。
「それは…自業自得でしたねぇ。あなた方のせいで、私は魔法の修行を中断せざるを得なくなってしまいました。そして、城下町を逃げ出す羽目に…。」
「むむぅ…申し訳ない。だが、我々も責めを負って官職を辞し下野したのだ。そして、今となってはその日暮らしの惨めな日々である…。」
「私は途中…食中毒で死にかけ、旅芸人に拾われて、芸を売って…リーンに辿り着くまでにどれほどの苦労をしたと思っているのですか⁉︎」
ヴィオレッタは…ヨワヒムとライバックがシーグアに敵対した相手だと知ると、少し冷静さを失ってしまっていた。
「んんっ…リーン…だと?それは、リーン族長区連邦の事か?…」
「はいっ!私の故郷ですっ‼︎」
(あっ…しまった…!)
ヴィオレッタはすぐに周りを見回した。ティモシーとエビータ、ガレルは目を閉じて歯を食いしばっていた。ホーキンズとヒラリーは眉間にしわを寄せて苦笑いをしていた。ヘクターとジョルジュは他のテーブルを拭いていた。
ベロニカはというと…目を丸く見開き、真剣な眼差しで前屈みになってわずかに右耳をこちらに傾けていた。
ライバックは続けた。
「リーンは確か、エルフの国…特にログレシアスという大魔道士がいて魔道を極めていると聞く…。もしや、それ故にお嬢ちゃんは神代文字に精通しておられるのか?ログレシアスに神代文字を習ったのか?」
「…。」
「黙っていては分からぬっ!教えてはくれぬか⁉︎我らの命脈はすでに尽きておる…今更、何の遺恨があろうか…ただ、ただ、命尽きるまで、魔道を極めんとするのみであるっ‼︎」
エビータが突然立ち上がってナイフを抜き、ライバックを恫喝した。
「しつこいぞ、老人っ!セレス…ヴィオレッタ様にこれ以上噛み付くようであれば…今、この場でお前たちの残り少ない命脈とやらをすっぱり断ち切ってくれるぞっ‼︎」
それを見たヨワヒムは短慮を起こして、咄嗟に魔法スクロールを取り出してエビータに投げつけた。
「アヴァル オドッ!」
不運だった。みんなはひとつテーブルを囲むほどの距離にいて、風の初級魔法「ブロウ」を間近に受けて…ヴィオレッタとエビータのバンダナが飛んでいってしまった。ヴィオレッタの銀色の髪が真横になびき、エビータの黒い髪が乱れた。そして…尖った耳が…。
ヨワヒムが狂気をはらんだ奇声を上げた。
「おおおぉ〜〜…見よ、こやつらの耳をっ!何としたことか…エルフと…ダークエルフじゃったのかっ‼︎…うひょひょひょ…長生きはするものじゃ、エルフとダークエルフの実物を拝めるとは…‼︎」
エビータの目が吊り上がってナイフをヨワヒムの喉に突きつけた。
「やめてっ!殺しちゃダメッ‼︎」
ヴィオレッタの悲鳴にも似たひと言でエビータのナイフは…すんでのところで止まった。




