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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百四十五章 人さらい

三百四十五章 人さらい


 ティアーク城下町の冒険者ギルド。

 一階ホールでギルドマスターのホーキンズとヒラリー、ベロニカが昼だというのにビールを飲んで、他愛のない世間話をしていた。

 そこにジョルジュとトムがやって来て、掲示板のクエストを確認していた。最近は畑を荒らすイノシシを狩り尽くして、ネズミ駆除などの小さなクエストを受けていた。

「割りのいいクエストがないなぁ。今日もネズミ駆除…それでいいかい、トム?」

「僕は構わないよ。」

 二人を見つけたヒラリーが声をかけた。

「おぉ〜〜い、ジョルジュ、トム。ゴブリン退治のクエストがあるんだけど、一緒に来るかい?」

 ジョルジュは乗り気だった。

「えっ!…んと…トム、どうする?」

「…僕はいいです。ジョルジュくん、行って来なよ。僕はひとりでネズミを退治するから。」

「そっかぁ…じゃ、俺も…。ヒラリーさん、ごめんね。」

「いいよ、いいよ。」

 ホーキンズとヒラリーは何もなかったように再びビールを飲み始めた。その様子を見て、ベロニカはホーキンズとヒラリーに話しかけた。

「ねぇねぇ、なんかさ、最近トムってよそよそしくない?せっかく、ヒラリーが誘ってるのに…あのドッキリダンジョンあたりから様子がおかしい気がするんだけど…。」

 勘の良いベロニカだった。

「さぁ…何でだろうねぇ?」

「ちょっと、ヒラリー…何か私に隠してない?私とあなたの間柄で水臭いわぁ〜〜。」

「…何もないってば。」

 ヒラリーは勝手に仲良しにされたら困るなぁ…と思った。それに、トムがリーン族長区連邦の密偵だとベロニカに教えたらどんなことになることやら…。


 ジョルジュとトムはお手製の罠を持って、城下町の裏通りを歩いていた。

 これは単純な罠で、小さな木の箱にシーソーのような蓋が付いている。蓋の真ん中に置いた餌の臭いに釣られてネズミが蓋の上に乗ると、ネズミの自重でシーソーの蓋が傾いてネズミは箱の中に落ちてしまうという仕組みだ。

 ジョルジュとトムはこの罠をネズミが出そうな場所にいくつも仕掛けていった。ネズミの肉は売れないので、一匹捕まえても銅貨二枚にしかならない。働き損…そんな感じのクエストだった。それでもジョルジュは冒険者三級を目指して不平を言わずに頑張っていた。

 二人が裏通りで罠を仕掛ける場所の品定めをしていると、ひとりの女性が全力疾走で二人に駆け寄ってきて、顔を涙でぐしゃぐしゃにして叫んだ。

「お願い…助けてちょうだいっ…‼︎」

「おばさん、ど…どうしたんですか⁉︎」

「人さらいですっ!む…娘がさらわれましたっ‼︎」

「…何だって⁉︎」

「こっちです…!娘は外で遊んでて…ちょっとお皿を洗ってて、目を離した隙に…うううっ…‼︎」

 二人は女性の後を追いかけて、裏通りのさらに奥の路地に入っていった。

「ここ…ここで娘が遊んでいたんです…そしたら、怪しい男が娘を抱えて逃げて行くのが見えて…ううう…」

 ジョルジュとトムはすぐに手分けして娘を探した。

 トムはすぐに「ウルフノーズ」を発動させて、人間の匂いを探った。

(むっ…近くにいるな…。)

「ジョルジュくん、こっちだ!」

 その言葉にジョルジュは踵を返して、トムを追いかけた。ジョルジュはトムを力一杯追いかけたが、その差は全く縮まらなかった。

(…トム、足はええぇっ!)

 突然、トムは立ち止まった。匂いが強まったのだ。すると、トムの視界が急に真っ暗になって両腕を強い力で拘束され、地面から両足が離れ宙に浮いた気がした。路地から出てきた大男がトムに頭から麻袋を被せて肩に担いだのだった。

 追いついて来たジョルジュは大男を見とめた。しかし、路地から出てきたさらに二人の男に気づいて足を止め、腰のショートソードを抜いた。

 ひとりは小さな麻袋を担いでいた。…多分女の子だろう。もうひとりはじっとジョルジュを睨んでいて、それから男も腰のショートソードを抜いてジョルジュの方へ駆け寄ってきた。

(わっ…まずいっ!)

 到底敵わないと見てとったジョルジュは路地を戻って冒険者ギルドを目指して走った。

「今の小僧もふん捕まえれば良かったのに…」

「ショートソードを持ってた。冒険者のヒヨッコだろう…仲間を呼んでくる前に、早くずらかろうぜ。娘とガキ…まずまずだな…。」

 三人は裏の路地を駆け足で表通りに停めてある馬車へと走った。

 肩に担がれたトムは…

(娘とガキ…こいつらが人さらいか…。)

 トムは腰の後ろの二本のナイフを抜いて麻袋を切り裂いて、さらに大男の肩の辺りを突き刺した。

「うぎゃっ…!」

 大男は悲鳴を上げて、肩に担いだトムを前方へ放り出した。受け身をとって立ち上がったトムは麻袋をさらに切って、麻袋から出て来た。

「クソガキィ〜〜ッ!こ…こいつ、ナイフを持ってやがった…!」

「むっ…あの小僧の仲間だったのか?」

 三人の男には、トムは十二歳ぐらいの少年にしか見えていない。

「少々痛めつけてもかまわねぇ…冒険者が駆けつけてくる前にさっさと終わらせるぞ!」

 女の子の入った麻袋を下に降ろして、三人の男は腰の獲物を抜いてトムに襲いかかった。女の子を人質にしていれば…三人の男はまだ助かる見込みがあったかもしれない…。

 トムは深度2の「セカンドラッシュ」を発動させ、ナイフで男たちの太腿を次々と突き刺していった…この間二秒。

「ぎゃああぁ〜〜っ…‼︎」

 三人の男は太腿を押さえながら、地面にうずくまった。

 三人の男が逃げられないように、トムは太腿をかなり深く突いたが…動脈は避けた。これから駆けつけてくるであろう冒険者たちの手前、人殺しはできないからだ。

「おじさんたち、あんまり動くと失血死するよ。」

 そう言うと、トムは麻袋から女の子を解放してその麻袋で血のついたナイフを拭った。女の子は「えんえん」と泣いてトムにしがみついて来たので、二人は側にあった打ち捨てられた木箱の上に座った。

 しばらくして、ヒラリーとジョルジュを先頭に数人の冒険者たちが駆けつけてきた。ヒラリーが叫んだ。

「トム、大丈夫か⁉︎」

「大丈夫ですよ。」

(まぁ、そうだろうなぁ…。)

 女の子は駆けつけた冒険者たちの中に母親を見つけて抱きついていった。

 冒険者たちは人さらいの男たちを引っ立てて、憲兵のところに連れて行った。

 ジョルジュは狐に摘まれたような顔をしていた。

「三人とも…トムがやったのか?」

「…運が良かっただけだよ…。」


 この事件の後、ホーキンズはヒラリーに語った。

「最近、子供を対象にした人さらいがはやっている…。」

「…そうなのか?でも、掲示板には人探しの依頼は少ないじゃないか。」

「狙われるのは決まって庶民の子供だ。これが貴族の子弟であれば、大枚はたいて冒険者ギルドに捜索を依頼してくるんだろうが、貧しい親はカネが払えない…だから泣き寝入りをしてしまうんだ。」

「そりゃ酷いな…。冒険者ギルドで何とかできないのか…?」

「例えば…?」

「例えばさ、ギルドの仲間たちで交代で市中を見回るとかさ…。」

「おいおい、カネはどこから出るんだよ。ただ働きでギルドメンバーに見回りをさせるのか?」

「…うぅ〜〜ん。」

「それにだ…さらわれた子供はどうなると思う?」

「…どこかに売られるのかな?」

「どこにだ?」

「…うぅ〜〜ん。」

 ホーキンズは思っていた。子供は奴隷商人に売られてしまうのではないだろうか…と。そして、それを買うのは貴族だろう…と。もしかしたら、裏で貴族が動いているのではないだろうか…とも。


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