三百四十三章 牛
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
お正月ですので、景気よく三章分を一気にアップいたします。
よろしければ、今年もお付き合いくださいませ。
三百四十三章 牛
早朝、二人は頭にバンダナを深めに巻いて一階ホールに降りていった。これでフードを被らなくても耳を隠せる。
朝食を食べ終わった頃、村長のマイクがやって来て二人を外に連れ出した。
「お約束でしたので、私所有の牛舎にお連れしますよ。」
「ありがとうございます。」
村長は自分の牛舎に二人を連れて行った。大きな牛舎に約二百頭ほどの牛がいた。村長は説明を始めた。
「冬場はここで餌桶に飼葉を入れて牛に餌を与えます。ウチの場合は飼葉に大麦とトウモロコシを少し混ぜてます…コレ、内緒ですよ⁉︎これで肉質が断然良くなるんですよ。今は春なので…春から秋までは放牧場に連れて行きます。そうすれば、牧草を勝手に食べてくれます…」
すると、どこからかたくさんの女たちが現れて、朝の乳搾りを始めた。見る見るうちにバケツ一杯の乳が搾られ、女たちは次から次へとメス牛の乳を搾って行った。
壮観だった…ヴィオレッタはヤギの乳搾りを見たことはあるが、牛からはこんなに大量の乳がとれるのか…!
村長はヴィオレッタとガレルに搾りたての乳を陶器のコップに入れて持ってきた。
「ありがとうございます…ああ、美味しいですね。」
牛の乳にはヤギやヤクの乳とはまた違った風味があった。とにかく…一度機に大量の乳がとれるというのが魅力だ。
(こんなに大量の乳があったら、チーズやバターもいっぱい作れる…牛の飼育か、一考の価値はあるな…!)
肉は好みではなかったけれど、牛の乳はヴィオレッタに好印象を与えた。
村長の合図で、片手に木の枝のような物を持った若者たちが牛舎から牛を追い出して、放牧地に向かって歩き出した。牛たちは若者たちを追い越して…勝手に放牧地へと列をなして歩いて行った。
「毎日のルーティーンですからね、牛も判ってるんですよ。戻ってくる時も、賢いヤツは時間になったら勝手に戻って来ますねぇ…。」
「それは手間要らずで良いですねぇ。」
リーンでもヤギを飼育しているが、だいたい同じだなとヴィオレッタは思った。だが、ヤギに比べて動きの鈍い牛は扱いやすいかもしれない。ヤギは戻りたくないと思ったら、俊敏な動きで高い場所に登ってしまって連れ帰るのが大変だ…。
ヴィオレッタは牛の後に着いて行きながら、村長に聞いてみた。
「私の村にはヤクがいます。ヤクも牛の仲間でしょう?ヤクは飼育しないんですか?」
「ヤクは高地に適した牛で…低地には向いていません。ヤクは高温に弱くて、夏はすぐにへばっちまいます。それに高地だと…平地が少ないからたくさん飼育できないでしょう?」
「…なるほどねぇ。」
傾斜地を登っていくと、他の牛舎からもたくさんの牛が集まってきてその数は千を超えていた。
「うわぁ〜〜…たくさんいますねぇ!」
牛はヤギの何倍も大きい。リーンにもこれだけの牛がいれば、食糧事情は改善するだろう。高価なチーズやバターも、貧しくて買えない人々にも行き渡るかもしれない。
村長が言った。
「うちの村はティアーク城下町のユーレンベルグ男爵様と取引きをしておりますよ…。月に一度、たくさんの牛を城下町まで連れて行って納品しております。お嬢さんは見た感じ…裕福な家の出のように見受けられますが、どこかの村か町の代表の方ですか?良かったら…ご相談に乗りますよ。」
おおっ…大量に牛を購入できたらそれに越した事はない。しかし、リーンは同盟国の敵対国だ。ラクスマンの検問を越えての輸入は無理だろうな…とヴィオレッタは思った。でも…数頭ならば、峠の抜け道を使ってリーンに連れて帰ることは可能だろう…今度、人をやって牛数頭を連れ帰り、繁殖させてみようかな…とも思った。
次の朝、ヴィオレッタたちは村長に挨拶をしてステメント村を出た。
ガレルが言った。
「セレスティシア様、牛はどうでしたか、リーンでも飼ってみては?」
「そうですね。牛は大きいからいっぱい乳を出すし、いざとなったら肉にもなります。家畜としては良いこと尽くめですねぇ。」
「ふふふふ…じゅるっ…。」
ガレルが舌舐めずりをしながら、何やら怪しげな含み笑いをした。




