三百四十二章 はぐれオーク
三百四十二章 はぐれオーク
ヴィオレッタとガレルは馬に乗ってステメント村を出発し、傾斜地を登って行った。放牧地はだだっ広く、二人ははぐれオークを探した。
すると、放牧地の真ん中で一匹のオークが牛の内臓を食べているのを見つけた。
「アレがはぐれオークみたいですね…三匹じゃなかったのかなぁ?」
「一匹だけとは都合がいい。セレスティシア様、とりあえず行ってきます。」
そう言って、ガレルは馬から降りてオークに近づいていった。ヴィオレッタも馬を降り、お手並み拝見とばかりに遠くからひとりと一匹を眺めていた。まぁ、何かあったら、ここから「ヒール」を飛ばせば良いとヴィオレッタは思っていた。
ガレルに気付いたオークは立ち上がり、大きな棍棒を構えた。
ガレルは左手で右の義手の手首を外し、腰のベルトに吊るしたいくつかのアタッチメントの中からひとつを選び義手に装着した。オークの表皮は厚い…ナイフで切っても致命傷にはならないと考え、鋼製の極太の針のようなアタッチメントを選択した。
オークはガレルに突進し、棍棒を振りかぶった。
(…遅い。)
ガレルは棍棒を躱して…義手の極太の針でオークの心臓を突き刺した。
ピギイィィ〜〜ッ…!
オークは絶命した。
それを見ていたヴィオレッタは遠くから叫んだ。
「お見事、楽勝でしたねぇっ!ガレルさん、オークの左耳、取っちゃってください…倒した証拠として持って帰りますからぁ〜〜。」
「了解です。」
ヴィオレッタがふと放牧地の遥か彼方を望むと、二匹のオークが猛烈な勢いでこちらに向かっていた。仲間の断末魔を聞きつけたのだ。
「ガレルさぁ〜〜ん、二匹来てますよぉ〜〜。」
「むっ…。」
二匹同時は片腕のガレルには少し荷が重いかなと思って…ヴィオレッタは「念話」を送った。
(メグミちゃん、あそこのオーク一匹…噛んじゃってくれる?)
(やるやるぅ〜〜!)
メグミちゃんはヴィオレッタの背中から草原に飛び降りると、オーク目掛けて牧草の中を走って行った。
ヴィオレッタが見ていると、並んで走っていたオークの一匹が転んで…そのまま二度と起き上がってこなかった。
メグミちゃんが帰って来て、ヴィオレッタに「念話」を送ってきた。
(噛んだよぉ〜〜!)
(ありがとう、メグミちゃん。)
何が起こったか分からないもう一匹はその場に立ちすくんでいた。すると、深度2の「セカンドラッシュ」で接近したガレルが義手の針でオークの喉を突いた。はぐれオーク討伐はあっという間に終了した。
村に戻ったヴィオレッタとガレルは宿屋の主人にオークの左耳三つを見せた。
「おおぉ〜〜っ、本当にはぐれオークを討伐していただけたんですねっ!ありがとうございます、ありがとうございますっ!」
「いえいえ。それで…今日はここに泊まりたいんですけど、部屋を二つ…」
「分かっておりますよっ!一番良い部屋にご案内いたします、お代は結構でございます‼︎」
「えっ…それは悪いですよ…。」
「村を救っていただいたお礼ですよ、お気になさらずに!」
「そうですかぁ…?」
「お二方は…お食事は?」
「夕食もここでと思っていますけど…」
「分かりました、とびっきりの料理をご用意させていただきます!もちろん、無料でご提供させていただきます。」
「はぁ…いいのに…。」
二人は一度、用意してもらった二階の部屋に引っ込んで、汚れた服を着替えると…夕食を摂るため一階ホールに再び降りてきた。
ヴィオレッタとガレルが外套を羽織ってフードを被ったままだったので主人が言った。
「おや、外套はこちらで預かりますよ?そんなにフードを被ってちゃ…食事がしにくいでしょう?」
「…お構いなく。」
ステメント村はティアーク王国の領土で、村人はエルフを見慣れていないとはいえ…尖り耳を見せて訝しがられるのも何だったので、二人はフードを深く被って耳を隠している…。
二人の目の前に分厚いステーキが出てきた。焼き立てのステーキはジュウジュウと音を立てていて、肉汁が溢れ出ているのが見て取れた。ステーキから強烈な脂の匂いが漂ってきて…ヴィオレッタは「うっ!」と顔を背けた。
隣で宿の主人がニコニコして見ていた。きっとこの豪華な夕食の感想を聞きたいのだろう…。ヴィオレッタは仕方なくステーキにナイフを入れ、これでもかというぐらいに細かく切って口に入れた。
(…うわ…真ん中は生焼けじゃん…。不味くはないけれど…脂が強すぎるなぁ…。)
ヴィオレッタは隣で食べているガレルの様子を見た。ガレルのステーキはすでにほとんど無くなっていて、ヴィオレッタが見たのは…まさに最後の一切れをガレルが口に入れる瞬間だった。
「…美味いっ!この…『牛』の肉ってのは食い応えがありますねっ‼︎」
「そうでしょう、そうでしょう!おかわりありますよ⁉︎」
「是非お願いします!」
ガレルには牛肉は相性ピッタリで…痛くお気に召したようだ。ガレルはステーキのおかわりが来る間、義手に装着したアタッチメントのナイフをぺろぺろと舐めていた。そして…
「セレスティシア様…『牛』…良いですね!リーンでも家畜として飼育したらいかがですか…?」
「そ…そうですね。前向きに…考えときます…。」
ステーキのおかわりが来ると、ガレルは獲物に襲いかかるようにステーキをガチャガチャと切り刻んだ。
一階ホールに数人の男たちが入ってきた。男たちは宿屋の主人の身振り手振りを見て、ヴィオレッタたちのテーブルにやってきた。そして、その中の初老の背の低い男が言った。
「村長のマイクです。この度ははぐれオークを退治してくださったということで…村を代表してお礼を申し上げます。…つきましては、些少ですがこれを…」
村長は小さな皮袋を差し出した。多分…銀子だろう。
「いえいえ、宿代や食事代をタダにしてもらってますので、それで十分ですよ。お気遣いなく…。」
「おおっ、なんと無欲な…。分かりました、何かご要望があれば承りますが…?」
「そうですねぇ…私の村でもこの『牛』とやらを飼育できるのかどうか模索しております。できれば、『牛』の飼育場を見学したいのですが…。」
「そんなもん…餌やって水やって放牧しているだけですが…まぁ、どうしてもと言うんでしたら、明日、ご案内しましょうか。」
「ありがとうございます。」
村長が若い男たちを連れて宿屋を出ていく時、ヴィオレッタは若者のひとりが頭にバンダナを巻いているのに気付いた。
(あっ…あれって、最初に会った時にジャクリーヌさんもやってたなぁっ…!)




