三十四章 柳葉刀
三十四章 柳葉刀
四人はステメント村の鍛冶屋を訪れた。オリヴィアは全ての装備を極楽亭の部屋に置いていて、憲兵に押収されてしまった。なので全てを新調しなければならない。オーク討伐に参加するとなると最小限の装備は必要だ。
鍛冶屋にはヒラリーがいた。アナがヒラリーに駆け寄った。
「ヒラリーさん、ここで何してるんですか?武器の修理ですか?」
「ふっ…オークごときでレイピアを破損したりはしないよ。アンネリから頼まれたんだ…。」
鍛冶屋の大将が回転砥石で小さな剣を研いでいた。クナイだ。
「大将、同じものを二十本ばかり作ってくれ。それからこれを五十個ばかり…」
ヒラリーは鍛冶屋の大将に小さな黒い物を手渡した。
「何じゃい、こりゃぁ?」
「私も分かんない。投げつけるのかな?」
それは撒菱だった。アンネリは、敵の斥候が自分に傷を負わせた武器が気に入ったようだ。
「それで、アンネリは?ヒラリーさんと一緒じゃなかったの?」
「アンネリは…私の用事でちょっと出かけたよ。それより、四人揃って鍛冶屋に何の用かな?」
「オリヴィアさんの武器を…ね。」
「あっ…私としたことが迂闊だった…。そこまで気が回らなかった。オリヴィア、武術家ってどんな武器を使うんだい?」
「えっとねぇ…」
五人になった女子会は、鍛冶屋でオリヴィアの武器を探した。だが、こんな辺境の村で武器や防具の吊し物があろうはずがなかった。あるのは鍬や熊手、鋤なのど農具ばかりだ。
「こりゃあ、一から作ってもらうしかないねぇ…大将、あんた剣とか作れる?」
「鋼はあるぞ。寸法とか重さとか、ちゃんと教えてくれたら何だって作ってやるぞ。これでも昔は…」
「オリヴィアァ〜〜ッ…作れるってさ。」
オリヴィアは炉の近くで何かを拾うと、壁に向かってその手を動かし始めた。
「おおおおっ、そんなとこに落書きすんじゃねぇっ!」
オリヴィアは拾った木の燃えかすで、鍛冶屋の壁板に武器の絵を描いていた。ジェニが顔をくっつけて、それを不思議そうに眺めていた。
「この剣、珍しい形をしてるね…見たことないよ、こんなの。」
「柳葉刀って言うのよぉ。」
「オリヴィアさん、大槍は使わないの?」
ダフネの疑問にオリヴィアはさらりと答えた。
「飽きちゃったぁ!」
この剣は先端からグリップまで、全体的に緩やかなS字型をしており、先端から次第に刀身の幅が広くなり真ん中あたりから細くなっていく。
形状を見てヒラリーは感心した。
「片刃剣だけど、真ん中より上に重心があって熟練したら小さな力でも凄い殺傷力がありそうだね。海賊がよく使ってるカットラスに似てるな。グリップにも少し反りがあるね…おもしろい、これなら片刃剣でも突き刺しやすいな。」
ロングソードのような両刃直剣は先端が左右対象だ。水平に敵の体に刺せば、そのまままっすぐ肉の中を直進する。しかし、片刃剣の先端は片方だけが曲線を持っているため、突くと剣がその曲線に沿って進もうとする。
日本刀や匕首などの片刃剣で人を突く場合、基本的に刃を上にするのは下に進もうとする切先に体重を乗せることができるからだ。体重が乗った切先は皮を貫いて肉の中をやや下方に進んでいく。しかし、刃を下に向けて突くと腕力と握力だけでは皮を貫通させることは難しい。切先が上に進もうとして体の表面を滑るからだ。ある程度の裂傷は負わせられるものの致命傷にはならない。刃を下にした片刃剣で人を刺すためには腕の遠心力を使って、下から上に「突き上げる」必要があり、高い技術とそれなりの腕力も必要となってくる。
柳葉刀はその点を少し改善している。グリップを水平に持つだけで、刀身は曲線を描いて先端はやや上を向く。さらに剣を突き上げる際、グリップは刀身と逆の曲線を持っているので、力点が掌底に集中し握力に頼らなくて済む…つまり、力が入れやすいのだ。
「そんな所に描かれてもなぁ…」
鍛冶屋の大将が不平を言ったその瞬間…
ベキッ、メリメリッ!
オリヴィアは壁板を拳で破壊し、絵が描かれている板だけを無理やり引っぺがした。そしてそれを鍛冶屋の大将のところに持っていった。
「うげっ…おまえ…!」
「はいこれ原寸大、二本作ってね。」
この後オリヴィアは夕方まで鍛冶屋に居座り、柳葉刀が完成するまでああでもない、こうでもないと鍛冶屋の大将にダメ出しを連発した。
丸ごとぼやき その4
柳葉刀です…決して柳葉包丁ではありません。中国映画や中国ドラマにも出てくる一般的な中国の片刃剣です。
確認するために、久しぶりに松田隆智著「図説中国武術史」を紐解きました。載っておりました。確か、太極門では主要武器で、「太極刀」という型があったような、なかったような…。
松田隆智先生(面識は全くありませんが、あえて先生とお呼びしたい!)は日本における中国武術の第一人者と思っております。著作物を10冊程度所蔵しております。カンフー大好きです!幼き日、少年サンデーの巻頭カラーページで、「これが中国武術だ!」みたいな特集記事があって、松田先生自らの演武の写真が載っておりました。衝撃を受けて、それ以来、中国拳法に思いを馳せる日々が続き今に至っております。
松田先生でもう一つ印象に残っているのは、武田鉄也さんが何かの番組で、「どうしても会いたい人コーナー」みたいなのに出演されていて、映画の刑事物語で武術指導をしてくれた方ということで松田先生を指名したのです。武田さん、映画の中で蟷螂拳をやってましたねぇ…。そしたら、松田先生がちゃっかり出てきて一言。「指導なんかしてませんよ、勝手にやってるだけです。」みたいな…。
松田先生はもう逝去されております。惜しい方を亡くしました…冥福をお祈りいたします。
蟷螂拳といえば…「ガルパン」のフランスのBC自由学園?の女の子もちらっと蟷螂捕蝉式をやってましたねぇ…(笑)




