三百三十六章 大精霊 その2
三百三十六章 大精霊 その2
ユグリウシアは黙っていたが、大精霊を召喚する際に大量の魔力を消費する上、大精霊が出現している間も、常時魔力を消費するのである。術者はそれ相応の魔力量を持っていないと召喚に至らないし、維持もできない。
セシルは鳳凰宮からの外出の許可をもらうためにボタンの部屋を訪ねた。
「大精霊?面白そうだな、私も行こう。」
セシルは「精霊の召喚術」の本を持ち、ユグリウシア、セイラム、ライラック、リグレット、そしてボタンと護衛のアルテミスと共に鳳凰宮の外に出た。一階入り口の警護の二人のアーチャーは、これから何が始まるのだろうかと前屈みで見ていた。
鳳凰宮の前の広い敷地で、ユグリウシアが説明を始めた。
「大精霊とは、精霊が高密度で集合した複合精霊です。『核』以外には実体を持ちませんが…強力な魔法を行使することができます。大精霊は基本的には精霊ですのでセイラムのような妖精と違って自由意志を持っておりません。なので『核』に何らかの命令系統を記憶させて制御します。つまり、『核』からの命令を忠実に守る『大きな精霊』…ですね。本来は…この世界が創造された後、神が自分の地上での寝所を警護させるためにこの大精霊を創ったと言われています。神の神殿には…現存する大精霊が神の命令に従って、今もなお神殿を守っているとも言われています…」
セシルが質問した。
「あの…『核』って何を使うんですかぁ?」
「神は…自分の『念』を込めたミスリルの欠片を使っていたと言われています…」
「…『念』?…『ミスリル』?」
「そうですね…『念』とは『思念』、『想い』と言い換えても良いでしょう。例えば、大切な宝物や大好きで肌身離さず持っている物などは、それだけでも人の『想い』が籠るのです…それでいいのです。ミスリルは大変希少な鉱物です。精霊や魔法と非常に大きな親和性を持っているので精霊が集まりやすいという特性を持っています。しかし…これはまず手に入らない物なので諦めてください。何か大事にしている物とか持っていませんか?愛着が強ければ強いほど、その『核』は大精霊に強い影響を与えます。」
ユグリウシアの説明を聞いて、セシルは核をどうしようかと考えていた。すると、横にいたセイラムが…
ウゲゲ…ペッ…
自分の手のひらに、小さくて平たい石ころを吐き出しだ…おはじきだった。
セシルは驚いた。
「ありゃっ、エルフの村で失くしたと思っていたのに…セイラムちゃんが飲み込んでいたのね⁉︎」
おはじき…セシルが小さい頃から大切にしていて、今ではセイラムのお気に入りの遊び道具。
それを見たユグリウシアは微笑んで言った。
「これはとても良い『核』になりそうですね。…それを地面に置いてください。セシルさんは風と水の魔道士でしたね?」
「…はい。」
「では、セシルさんと親和性の高い風の精霊シルフィの『大精霊』を召喚してみましょう…『精霊の召喚術』の本の188ページの呪文を唱えてください。」
セシルは慌てて本のページをめくった。そして…セイラムはセシルのローブの裾を握ってそれを読み上げた。
「%#=@<>?=&#&>@#$@#&==?+*&$#@…‼︎(創造神ジグルマリオンの名において命じる…風の精霊シルフィよ、大軍勢を率いて布陣せよ、しかして風の軍神を召喚せよ!疾風の翼に暴風の軍靴、竜巻の鎧に風龍の矛…天空の空にて怨敵を引き裂く者…その名はバルキリー‼︎)」
地面の上のおはじきに夥しい数の風の精霊シルフィが集結し始めた。
ユグリウシアは予想に反してセシルたちが大精霊の召喚に成功したことに驚いた。
(まさか…召喚が発動する⁉︎…そ、そうか、「魔力共有」で二人分の魔力を使っているのね…⁉︎)
核に吸い込まれるようにシルフィはなおも集結し続けて、白い球になった。そしてそれはどんどんと膨らんで直径2mの大きな球になった。
それを見ていた魔法とは縁のないライラック母娘、ボタン、アルテミス、そして護衛のアーチャー二人は目を皿のようにして驚いていた。
普通の精霊は人間の目には見えないが、大精霊ははっきりと人間でも目視できる。それは大精霊が戦闘に特化しており、強大な姿を目視させることで敵を威圧して闘争心を失わせる一種の「威嚇」なのである。
直径2mの白い球はやがて分裂し…六つの球になって、それぞれが人の形に近づいていった。ユグリウシアはさらに驚いた。
(なんと…!初めての召喚で「中位格」の大精霊の召喚を成功させた…⁉︎)
みんなの目の前に六体の大精霊…バルキリーが出現した。手にラージシールドと矛を持ち、丈の長いドレスに背中には二枚の翼、胸には金属のチェストアーマー、皮のロングブーツ、側面に羽根の飾りをつけたフルフェイスの兜をかぶって、顔はわからなかったがそのシルエットは明らかに「女性」だった。六体のバルキリーはそれぞれ身長は170cmぐらいで決して大きくはなかったが、その屹立した姿は威厳に満ちて皆を畏怖させるに足りた。
それを見たセシルは興奮してセイラムに話しかけた。
「セイラムちゃん、見て見てっ!出た、出たわよっ‼︎きっとあれが大精霊よ…それも六体も出たわ…あ…あれれ…?」
突然、セシルは立ち眩みを起こして、セイラムと一緒に地面にうずくまってしまった。それと同時に六体のバルキリーも霧散して姿を消した。
すぐにボタンが二人に駆け寄って体を揺すぶった。
「おいっ、大丈夫か⁉︎」
セシルは鳳凰宮の角部屋の寝台の上で目を覚ました。
「あら…ここはどこ?なんで私は寝てるの?」
セイラムはセシルの横でまだ寝ていた。
ユグリウシアとライラックがそばにいた。
「魔法を使い切って、失神したのですよ。」
「ええっ…確か、大精霊を召喚して…あっ、大精霊は?」
「…消えてしまいましたよ。はい、これ…。」
そう言って、ユグリウシアはセシルに「核」だったおはじきを手渡した。そして続けた。
「驚きました…本当に驚きました。まさか、大精霊の召喚に成功するとは…それも六体も…。」
「六体…それって普通じゃないってことですか?」
「普通…とんでもない。セシルさんが召喚したバルキリーは『中位格』のバルキリーでした。バルキリーの召喚は他の大精霊と違って、召喚した数で術者の『格』が判ります。バルキリーは『初期格』で一体、『中位格』で六体、『高位格』で十二体の召喚となります。術者の魔法量…術者の『格付け』が召喚に影響するのですよ。セシルさんはいきなり『初期格』を飛ばして『中位格』の大精霊の召喚に成功したのですよ。」
ユグリウシアは、そうは言ってもセイラムがいなければ、多分…不可能だっただろうとも思っている。セシルはセイラムと「魔力共有」をしたことに気づいていない…っぽい。
「それって…私は凄いってことですか⁉︎」
「…まぁ、そう…ですかね?」
「やったぁ〜〜っ!…あ…目眩が…」
「…無理しないでください。」
その時、セシルは思い出した。
「…そう言えば、ユグリウシアさんはマーゴット様の神代語を教えて欲しいと言うお願いを断ったって聞きましたけど…?」
「人間はすでに『神の祝福』を十分に享受してると私は考えます。マーゴット殿は魔道士で、魔法という奇跡を自在に使っているではありませんか。この上に神代語を習得して、より強力かつ便利な魔法で何をなさるつもりでしょうか…イェルマをより豊かにする?それともイェルマに仇なす敵を滅ぼす?私はエルフなので…身分不相応な生活は望みませんので、人間の考え方はよく分からないのですよ。マーゴット殿の探究心は賞賛に値するものなのですけれども…。」
「…なるほどぉ…。ユグリウシアさんの仰る事はよく分かります。私だって今さら神代語を覚えろって言われたら、うえっ!…ってなります。マーゴット様も老い先短いのにそんなに頑張らなくても…もっと力を抜いたらって思いますもん。」
…ちょっと違うかなぁ、とユグリウシアは思ったけれど、あえて口には出さなかった。




