三百三十四章 人気者ビッキー
三百三十四章 人気者ビッキー
その日のお昼頃、ワイン樽を大量に積んで、大輸送馬車隊がコッペリ村に戻ってきた。護衛の剣士ひとりが先にキャシィズカフェに出向いて到着の報を入れた。馬車隊到着の一報を聞いたキャシィは倉庫の大扉を開けてワインの受け入れの準備をした。
「みんなぁ〜〜、ワインが到着したよぉ〜〜っ!手を貸してぇ〜〜っ‼︎」
キャシィはお店の外に出て、組み立て式のテーブルで食事をしているイェルメイドたちに「しっしっ」と手を振った。
「はいはいはいぃ〜〜、今から大型馬車が通りまぁ〜〜す。ちょっと道を空けてちょうだいねぇ〜〜。」
「うおっ…食ってる最中なのに…!」
大型運搬馬車が舗装道路に次々と入ってきて、それをキャシィがワイン倉庫の方に誘導した。
護衛をしていた十人の剣士とキャシィズカフェが総出でワイン樽の搬入をした。それが終わって、最後に護衛のリーダーのレイラがキャシィに小さな皮袋を渡した。
「あんたにって、これを預かってきた。」
「…中身は?」
「知らん。」
剣士たちは空になった大型馬車を引いて、イェルマに帰っていった。
キャシィは皮袋の中身を見て…驚いた。
「これはぁ〜〜っ!…すっかり忘れてたわっ‼︎」
キャシィは、重いワイン樽の搬入を終えてふぅふぅ言って椅子に腰を下ろしているグレイスのところに駆け寄った。
「グレイスさぁ〜〜ん、来ました…来ましたよぉ〜〜っ!」
「…何が?」
キャシィは両手一杯の金貨銀貨をグレイスの両手にバラバラと落とした。
「エルフのハーブティーが城下町の貴族の間で爆売れしたみたいですよ。とりあえず、この五ヶ月の一万八百杯で締めて、その配当をユーレンベルグさんが送って来てくれたんですよっ!私の取り分が10%で…これはグレイスさんの取り分10%の金貨10枚と銀貨40枚ですっ‼︎」
「…あらぁ〜〜…あらあらあらあらっ!こんなに…ホントに貰っちゃっていいのかしらっ⁉︎」
「グレイスさんの正当な取り分ですよっ!」
ユーレンベルグ男爵はエルフのハーブティーを銀貨一枚で売った。最初は銅貨五十枚で売ることを考えたが、希少な薬草を使っていたせいで材料費が予想以上にかかってしまったらしい。なので、皮袋の中には明細表と一緒に手紙が入っていて、高山植物のレイシ、オウギ、テッピセンコクが不足しているので送って欲しいと書いてあった。これらは、どちらかというと薬師が扱う薬草なので数が少なく、都会の市場ではほとんど流通していない。
キャシィはすぐにサムに頼んで、「高山植物レイシ、オウギ、テッピセンコク高価買取」の広告を出した。二、三日もすれば小遣い欲しさにイェルメイドが山のように持ち込んでくるだろう…。
その時、キャシィズカフェの厨房にセドリックが飛び込んできた。
「キャシィはいる?」
「ここにいますよぉ〜〜、どうしたんですかぁ?」
「なんか…蚕が変なんだ…!」
「ん…?」
キャシィとセドリックは急いで養蚕小屋に行った。セドリックは大きくなった蚕の幼虫の数匹を指差しながら言った。
「ほらっ、こいつ…なんか体が透き通ってない?こいつなんか…桑の葉っぱを食べないでじっとして動かないんだ。…おかしいだろ?」
「ああ…そろそろひと月経ちますねぇ。幼虫は五齢になって、繭を作る準備に入ったんですよ。この透き通った幼虫は絹糸を体に溜め込んでるからですねぇ、こっちの動かないヤツは『眠』と言って、しばらくしたら繭を作り始めます。…そろそろ、繭作りのための格子の衝立を準備しないといけませんねぇ。」
五齢になって「眠」を終わらせた幼虫は繭を作るために「営繭」をする場所を探す。そこで、細くて薄い板で組んだ格子状の衝立を育成箱の中に立てておくと、勝手に登っていって格子の小さな部屋に入って繭を作る。
「繭か…それは楽しみだね!」
とりあえず、お客のピークが過ぎた午後一時頃、グレイスの養い子のヘンリーとイアンが喉が渇いたので厨房で水を飲んでいた。
「腹、減ったなぁ…。」
「…俺も。」
「食堂だから、目の前に食い物はいっぱいあるのにさ…。」
「ヘンリー、やめとけよ…セディママに怒られるぞ!」
ふと見ると、厨房の釜戸の前にビッキーがひとりいて、夜の営業のための仕込みの準備をしていた。客の引いたこの時間帯、他のみんなは自分の部屋に戻って小休憩をとっている。
ビッキーはヘンリーとイアンに気づいてニコッと笑った。
ヘンリーはちょっとした悪戯のつもりで、ビッキーに向かって、お腹をさすって大口を開けて右手を突っ込むような仕草をした。
するとビッキーはすぐにフライパンに油を敷いて卵を四個落とし、塩と砂糖をちょっと落として慣れた手つきでシャカシャカとかき混ぜスクランブルエッグをこさえた。さらにパンを持ってきて、包丁で縦に切れ目を入れそこにスクランブルエッグを押し込んだ。そして、ローストチキンプレート用のトマトソースをスプーンで掬ってその上にさっと掛け、そのパンを包丁で真っ二つに切って…ヘンリーとイアンに手渡した。
「うわあぁ〜〜…うまそうっ!」
二人はすぐにパクついて、ニコニコしながら美味しそうに食べた。するとそこにベイブがやって来た。
「あっ、お前ら、何食ってるんだ⁉︎」
「ビッキー姉ちゃんに作ってもらった。」
「俺も食いたいっ!」
そこでイアンがヘンリーの真似をして、お腹を押さえて口を開け…最後にベイブを指差した。
すると、ベッキーはフライパンに卵二個を落として…あっという間に卵サンドを作ってベイブに渡した。
「すっげえぇ〜〜っ!」
ビッキーは子供たちが自分の作った料理を美味しそうに食べているのを見るのが好きだった…そんな時に、ささやかな幸せを感じた。
この「ビッキーにおやつを作らせる方法」が子供たちの間で広まり、グレイスがいない時を狙って、ビッキーのそばに子供たちが寄っていくようになった。
ある日のお昼、グレイスが小休憩をとり終わって厨房に降りていくと、ビッキーの周りに九人の養い子たちが集まっていて、何やらキャイキャイ騒いでいた。
(何をやってるのかしら…?)
グレイスは小麦粉や卵の在庫を調べていて、ふと思った。
(…っかしいわねぇ。なんか、減りが早いわねぇ…。)
しかし、グレイスは気にしなかった。なぜかというと、数日前に金貨10枚という臨時収入があって気持ちが大きくなっていたからだ。
そんなグレイスをよそに子供たちは、ビッキーに作ってもらったウシガエルの挽肉チーズバーガーを美味しそうに頬張っていた。




