三百二十九章 エルフの少女
三百二十九章 エルフの少女
その少女の髪は金色のストレートで膝まであるかというロングヘアー、目の色は鮮やかなエメラルドグリーンで…明らかに純血のエルフの特徴を示していた。歳の頃は見た目は人間の十五、六歳ぐらい…ヴィオレッタのちょっと上のお姉ちゃんという感じか。
しかし、こうして間近で見て初めて気が付いたのは…少女は腰にシルクのような薄い布地をミニスカートのように巻き付けているだけで、それ以外には何も身に付けていなかった。
ヴィオレッタは思った。
(おお…なんとエロティックないでたち…。)
エルフの少女は微笑みながらヴィオレッタの方に近づいてきて…話し掛けてきた。
『こんにちわ、初めまして。あなたもエルフですね?』
少女がエルフ語で話し掛けてきたので、ヴィオレッタは仰天した。
ヴィオレッタも話し掛けた。
「初めまして…ええと…あなたはどうしてここにいるのです?」
すると少女は小首を傾げた。
(げっ…人語が通じないっ⁉︎)
ヴィオレッタは仕方なく…
『こんにちわ。私はエルフです。良い天気です…』
『昨日と今日…あなた方の大きな船を見ておりました…エルフが作った船ですか?』
『これはエルフの船です。私の船です…』
『そうですか…立派な船ですね。時に…あなたも純血ですね。風の噂で聞いたのですが…もしかすると、あなたは五十年前に消息不明になったというセレスティシア=リーン?…帰還されたのですか?』
(ううう…長文来た…!)
『わ、私の名前はセレスティシアです。帰りました。…あ、あなたは何ですか?』
『ん…?私の名前をお尋ねですか?』
『ご…ごめんなさい。私はエルフ語が上手でありません…。名前をください。』
少女は笑いながら答えた。
『私はエスメリア…エスメリア=ハイデル。ハイデル一族のエルフです。実はあなたに折り入ってご相談があるのです、よろしいかしら?』
『相談』という単語がヴィオレッタの頭の中で鐘楼のように鳴り響いた。これ以上は無理だ…エルフ語で折り入った相談なんて、絶対無理!
『わ…分かりました。ここは危険です。招待します。船に乗ってください。』
『ありがとうございます…。』
少女はクスクス笑いながら、防波堤のてっぺんから海に飛び降りた。ヴィオレッタが「あっ!」っと思ったその瞬間、少女は海面に着地して…海面を歩いていって大型船に飛び乗った。
(うわぁ…見事な「水渡り」…これが本当の「水渡り」なのね…!)
突然乗船してきた半裸の少女に、大型船のみんなは騒然とした。後からやって来たヴィオレッタがすぐにみんなを鎮めて、自分の外套を半裸の少女…エスメリアに掛けてあげた。
エスメリアは後から来たルドとエドナを見て…言った。
『おや、他にもエルフがいらっしゃったのね。…でも、どうやらハーフのようですね…。』
大型船は港に接岸すると、船体の生け簀の生きた魚は内海の生け簀に移し、死んだ魚は水揚げした。
岸壁ではエヴェレット、タイレル、ガレル、グラントがヴィオレッタの帰りを待っていた。
エヴェレットはヴィオレッタが連れて来た金髪のエルフを一瞥してすぐに素性に気付き驚いていた。
「もしや…ハイデル一族のエルフ?…純血がまだ生存していたのですね…⁉︎」
ヴィオレッタはすぐにエヴェレットに事情を説明した。
「エヴェレットさん、この人はエスメリア…エルフ語だけ…エルフ語だけですっ!なんか込み入った話があるみたいなので…お任せしますっ‼︎」
「…んん?」
ヴィオレッタはエスメリアを自分が泊まっている宿屋に招き入れ、お茶を振る舞った。そして、早速エルフ語が堪能なエヴェレットがエスメリアと話をした。
『エスメリアさん…あなたは海のエルフですね?』
『私にはよく分かりませんが…私の一族はそう呼ばれているんですね。物心がついた時にはすでに両親と一緒にこの海で暮らしておりました。両親は二十年前に他界して、今は私と…仲間のマーマン族だけです…。』
『マーマン族が…仲間?』
『はい。私の両親がこの海に移り住んだ時に、マーマン族は両親を快く受け入れてくれたそうです。はぁ…こんなに暖かくて美味しいお茶は久しぶりです。』
エスメリアは勿体無いといった風にお茶をちびちびと啜っていた。すると、ヴィオレッタの指示で、エドナがワンピースとその他一式を持ってきてエスメリアに渡した。エスメリアはお礼を言ってその服を着た。
『やっぱり服は暖かいですね。マーマンたちと一緒に海の中を移動することが多いので服は着ないのです…両親が存命の頃は、礼儀だと言われて着ておりましたけど…。』
『…それでお話というのは?』
『大型船を見て思いました。今までの遺恨を忘れて…一緒に漁をしませんか?』
『それは…どういうことでしょうか?』
『マーマン族にとってワイバーンは天敵です。ワイバーンの繁殖期になると、奴らは大挙して私たちの縄張りにやってきて…そのせいで、多くの仲間が殺されます。ですが、あの大型船の近くなら…マーマン族は安心して漁ができます。』
『なるほど、私たちにワイバーンを追い払って欲しい…と。』
『その代わり、私たちは人間に協力いたします…魚の豊富な漁場や危険な岩礁の位置などをお教えします。安全な漁をするために船の保全などもある程度はできると思います。』
『…遺恨…というのは?セレスティシア様はドルインの民とマーマン族との経緯については詳しく承知しておりませんので…差し支えなければ教えていただきたい…。』
『この辺りは元々、マーマンの海でした。後からやって来た人間がこの湾を占拠して居座ったのです。争いを嫌った私の両親がマーマンを説得して人間との共存の道を選びました。ですが、両親の死後、人間たちは明確な境界を作ってこの湾を自分たちの縄張りだと主張しました…。』
『…境界…縄張り…?』
『あの岩塊の境界線です…』
(あ、防波堤のことね…!)
『一度、私は人間と話をしました。この岩場の線を境として、内側が人間、外側がマーマン…それを確認しました。しかし…人間は境界を越えて、私たちの海の魚を荒らしたのです。ですから…私たちの海を荒らす人間には然るべき罰を与えてきました…。』
エヴェレットは慌ててこの内容をヴィオレッタに伝えた。それを聞いたヴィオレッタも慌てて、総督のホセに確認した。
「いやぁ〜〜…マーマンと会合を持ったという話は聞いたことがありませんなぁ。」
そもそも、人語が話せないエスメリアがどうやって人間と話をしたというのだろう?マーマンの中に人語が喋れる者がいるのか⁉︎
これはヴィオレッタの想像であるが…エスメリアは陸に上がって人間の誰かに話し掛けたのだろう…半裸の姿で。意味不明なエルフ語で話しかけられたその誰かはさぞ驚いたことだろう…。その時、この少女がマーマンの使者だなんて、理解できる者がいただろうか?
また、場合によっては…ドルイン族長区でもハーフエルフは少なくないのでドルインの民はエルフを見慣れている。エスメリアを見た人間は海に落ちたエルフが自力で這い上がってきたのだと思い…あ、元気そうだ…助けは要らないね…じゃ、頑張ってねぇ〜〜さよなら…も、あり得る…。




