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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百二十八章 ワイバーン

三百二十八章 ワイバーン


 処女航海は順調だった。総督のホセが言った。

「いやぁ〜〜、順調、順調…今日はマーマンも顔を出さないし…この大型船に恐れをなして海の底に隠れてるんでしょうかねぇ。」

 ヴィオレッタが尋ねた。

「普段はあちこちにいるんですか?」

「船を見ると海面に頭を出して、いつもこちらの様子を窺ってるんですよ。…いつ襲ってくるかと気が気じゃありません…。」

 そうしているうちに、巨大な弩が船首に固定されて、ルドが報告にやって来た。

「弩の準備が完了しました。」

「そうですか。…あとは手頃な大きさのワイバーンでも襲って来てもらったら嬉しいですね…。」

 すると、噂をすれば影…遥か洋上の空にひとつの影が現れた。その影は次第に近づいてきて…もの凄い速度で、低空で大型船の上を通り過ぎていった。そのシルエットは逆二等辺三角形をしており、まさに「翼竜」だった。ただ…体から伸びる長い首に小さな頭がくっついていて、そこだけ見ると「首長竜」だ…。

 ルドの指示でドルインの族長、総督のホセは船内の居住区に避難した。

 ワイバーンは急旋回して、再び大型船の船尾に接近してきた。

 ヴィオレッタは叫んだ。

「しまったぁっ!…船尾にも弩が絶対必要だったぁっ‼︎」

 みんなはその場にひれ伏して、ワイバーンは甲板をかすめて飛んでいった。…危なかった。

 ルドが起き上がって弩にとりつきハンドルを回して弩の太いつるを引き絞ると、「ガチャッ」という音と共にフックが掛かった。ルドはすぐに弩のカタパルトに特殊な形状をした大きなボルトを乗せた。ボルトには螺旋状に溝が掘られていて、小さな矢羽が付いていた。そして…先端には細い鋼糸の束のような物が取り付けられていた。

 ルドは両手で弩の把手を握って、上空を旋回してこちらに向かってくるワイバーンに狙いを定めた。できるだけ引きつけて…ルドは弩の下のペダルを踏み込んだ。…フックが外れた。

ブォォンッ!

 鈍い風切り音と共にボルトが発射された。螺旋状の溝と矢羽が大気との摩擦でボルトに回転モーメントを与え、ボルトは軸回転を始めた。すると遠心力で、先端の鋼糸の束が蜘蛛の巣状に展開した。

 木製のボルト本体は空気抵抗で失速して落下していったが…展開した蜘蛛の巣状の鋼糸は慣性力でゆっくり回転しながらそのまま空中を飛んでいった。

 直径20mほどの蜘蛛の巣の縦糸の端にはそれぞれ鉤針を備えた鉛のおもりが付いており…そのひとつがワイバーンの翼に接触した。

 すると、錘が付いた鋼糸が翼に絡まり、それと同時に鋼糸の蜘蛛の巣が翼全体に巻き付いて…ワイバーンは羽ばたくことができなくなって、海面に落下していった。

「よしっ、ルドさん、落ちたワイバーンに船を寄せてください。ワイバーンを捕らえて研究しましょう!」

 ヴィオレッタの言葉に、ルドは船首の弩から操舵輪に握り変えて船を落ちたワイバーンの方向に進めた。

 突然…前方の海面が波立ち、無数のマーマンが海中から現れてワイバーンに蟻のようにたかった。ある者はワイバーンに噛みつき、ある者は手に持った三叉のもりで突いていた。そして…マーマンたちはワイバーンを海中深く引き摺り込んでいった。

「うわっ…盗られた!あれれ…ワイバーンとマーマンって…仲が悪かったんだ…⁉︎」

 船内から出てきたホセが説明してくれた。

「ワイバーンは肉なら…人間でもマーマンでも関係ないですからねぇ。時々、海面に頭を出したマーマンがワイバーンに持っていかれるのを見ますね。」

「ワイバーン…どっちからも恨まれてるなぁ…。」

 大型船は甲板に積んでいた大型船用に特注した刺し網を外海に設置して…こうして処女航海を終えてドルイン港に戻った。

 その夜はやはり宴会だった。エヴェレットにはドルインの族長の相手をしてもらったが、総督のホセがヴィオレッタにまとわりついて来たので…ヴィオレッタはグラントにホセをもてなすように命令した。グラントは久々の飲み放題で、快く引き受けてホセと共にお酒を浴びるように飲んだ。

 ヴィオレッタとルドは弩の改良点について話し合った。

「左右角は60度ですか…90度は欲しいところですねぇ。上下角ももっと欲しいですね。」

「左右角はなんとかなるけど…上下角はこれが精一杯かなぁ…。あと、ルドさん…同じ弩をドルインで作ったら、何日掛かりますか?」

「んん〜〜…三日ぐらいでしょうか?」


 次の日、大型船は進水式用の青や赤の祝いの飾り布を全て取り外し、再びドルイン港を出港した。昨日仕掛けた刺し網を回収するためである。

 ヴィオレッタは昨日防波堤で見た少女が気になっていた。今日もいるのだろうか…ヴィオレッタは防波堤を見た。…いなかった。

 大型船は外海に出たが、今日はワイバーンとは遭遇しなかった。大型船は刺し網の浮きを発見し、それを手繰り寄せていくと刺し網が上がってきて…たくさんの魚が掛かっていた。

 刺し網には片方には浮き、片方には錘が付いている。これを海中に流すと、浮きは海面に浮上して網は垂直に立つ。魚の通り道に仕掛けると、糸が見えない魚は網に頭から突っ込んで、二重構造となった網にひれやえらが引っ掛かって身動きが取れなくなるのである。

 大漁だった。船員十人で網を引き上げ、普段は蓋をしてある甲板の大きな四角の穴に次々と魚を放り込んだ。甲板の四角い穴のさらに下には居住区の四角い穴があって、それは船底の生け簀につながっている。

「おおおっ、大漁ですな!この魚の量は…小型船の二十杯分はありそうですな‼︎」

 ホセの嬉しい悲鳴にヴィオレッタが応えた。

「この大型船を…これから二隻、三隻と増やしていきましょう!」

 刺し網を回収した大型船は同じ場所にもうひとつ刺し網を仕掛けて、獲った魚を生け簀に移すべくドルイン港への帰路に着いた。

 大型船が外海と内海の境界である防波堤の横を通った時、ヴィオレッタは再び防波堤の上に少女の姿を見た。

「ルドさん、船を停めてくださいっ!」

 ヴィオレッタの発した大声に驚いたルドは、すぐさま船員に指示を出し…マストの帆は畳まれ、錨が投げ込まれた。

 ヴィオレッタはすぐに船尾に吊り下げられた非常用の小舟に乗り込み、ルドとエドナと共に防波堤に向かった。

「セレスティシア様、防波堤には岩礁が多くて船はつけられません…」

「問題ありません。」

 ヴィオレッタは風の精霊シルフィを呼び「水渡り」状態になると、小舟から降り…海面を二回蹴って防波堤に飛び移った。そこからヴィオレッタはトントンと岩を蹴って防波堤の一番上まで登っていった。

 その少女は、今度は消えなかった。


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