三百二十七章 進水式
三百二十七章 進水式
ヴィオレッタはドルイン族長区のハックから「念話」で連絡を受けた。マットガイスト、バーグ、ベルデンの要塞が遂に完成したようだ。
ヴィオレッタはその報告を受けて、リーン会堂の執務机でエヴェレットが持ってきたお茶を啜った。
「はぁ…これでひと安心。緩衝地帯は万全ですね。」
「セレスティシア様、要塞を作って…これからどういたしますか?…ラクスマンの領土に侵攻するおつもりですか?」
エヴェレットの質問に、ヴィオレッタは「チッチッチ…」と人差し指を横に振りながら言った。
「そんなことはしませんよぉ〜〜。国土の防衛が万全なら、住民は安心して放牧や畑仕事に専念できます。兵役も減るでしょうし、人死にも減って仕事をする人の数も増えて…国の生産力が上がります。これはすなわち…国力の上昇だと思います。…ラクスマンの領土を盗ったって、戦争で荒れ放題の土地だし…どうせすぐに取り返されるでしょう?無駄なことはしません。」
エヴェレットは喜んで、ヴィオレッタに手を合わせて拝礼した。
「…神様、仏様、セレスティア様…。」
ヴィオレッタは辛気臭いな〜〜と思ったが、口には出さなかった。
その時、情報担当のティルムがリーン会堂に入ってきた。
「セレスティシア様、たった今、ハックさんの念話が届きました。」
「もしかして…?」
「はい、ドルイン港の大型船が完成したそうです。ルドがセレスティシア様を進水式にご招待したいそうです。」
「おおおぉ〜〜っ!…遂に完成しましたか、待ちかねてましたっ‼︎」
ヴィオレッタはチラリとエヴェレットの顔を見た。エヴェレットは笑顔で言った。
「これは正式なご招待ですよね。ならば、私もセレスティシアとして出席いたします。早速、準備いたしましょう。」
前回のマットガイスト、バーグ、ベルデンの視察はお忍びだったのでエヴェレットは留守を任された。しかし今回は公式訪問…エヴェレットはセレスティシアの影武者として参加するのである。
次の日の朝早く出発したヴィオレッタの馬車隊は、昼過ぎにはドルイン国境に入り夕方にはドルイン港に到着した。
今回の公式訪問では、影武者のエヴェレット、護衛にタイレルとガレル、付き人としてグラントが同行した。今回はクロエとシーラはお留守番だ。この人選にはヴィオレッタの思惑があった。
ヴィオレッタがガレルに尋ねた。
「ガレルさん、義手の調子はいかがですか?」
「はい、お陰さまで…畑仕事はもう普通にできると思います。最近では、少しづつですがナイフを振っております。」
「それは良いですね。で…シーラは…良い斥候になれそうですか?」
「ううぅ〜〜む…微妙かと…。」
ガレルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
大型馬車二台を連ねたヴィオレッタ一行はドルイン港に到着し、例によって例の如く、ルドとエドナが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、セレスティシア様。」
「ルドさん、エドナさん…今回もお世話になります。それと、二台目の馬車に例の物を乗せてきました。」
「おおっ、ワイバーン対策ですね⁉︎」
ルドが二台目の馬車の中を覗いてみると、そこには巨大な弩が乗せられていた。
「…弩ですか…。空を高速で飛ぶワイバーンに当たりますかねぇ…。」
ヴィオレッタはしれっと答えた。
「当たらないでしょうねぇ…。」
ルドは目を丸くした。
「大丈夫ですよ、ちゃんと工夫はしてあります。明日、これを大型船に備え付けてください。」
「…分かりました。」
次の日の朝、ヴィオレッタたちは大型船の進水式に臨んだ。
造船所ではドルインの族長や港湾監督のホセを交えて式典が催され、多くの見物客が造船所を取り囲んでいた。
もちろん、ヴィオレッタは仮面を被ったエヴェレットのワンピースの裾を握って、側付きの女の子としての参加だ。
ヴィオレッタの影武者のエヴェレットはもう慣れたもので、式典のスピーチを余裕でこなしていた。その横で、監督のホセはエヴェレットにではなく…エヴェレットのスカートを持ったヴィオレッタにパチパチと仕切りにウィンクを送ってきた。
ルドから手斧を渡されたエヴェレットは、その手斧でゴテゴテと祝いの装飾をされた大型船に連結された一本の綱を勢いよく断ち切った。
ストッパーを外されていた大型船は大きな丸太のコロの上をゆっくり、ゆっくり…傾斜に沿って海の中に滑っていった。
ザッブゥゥ〜〜ン…
見物客から大歓声が上がった。見物客はテーブルに駆け寄って振る舞い酒にありついた。
大型船はくるりと回って岸壁に着岸し、大型船と岸壁の間に足場の板が渡され、ドルインの族長、総督のホセが乗り込んだ。そして、馬車で乗せてきた巨大な弩も大型船に運び込まれた。
「あの…セレスティシア様、本当にこの船に乗船するおつもりですか?」
「エヴェレットさんも乗りますか?」
「お…恐ろしい…私は泳げません…ですので…」
「私も泳げません。でも、エルフの設計した船を信じます。それに、私の設計した弩の性能をこの目で確かめないといけませんから…。」
「しかし…セレスティシア様に何かあったら…」
「大丈夫、何もありませんよ。処女航海ですので、その辺りをくるぅ〜〜っと回って帰ってくるだけですよ。」
そう言って、ヴィオレッタ、ルド、エドナ、タイレルはエヴェレット、ガレル、グラントを岸壁に残して大型船に乗り込んだ。
大型船は岸壁を離れると、二本のマストに帆を張って外海を目指した。ヴィオレッタは銀色の髪を潮風になびかせて大型船の向かう進路を眺めていた。大型船は岩塊を積み上げた防波堤の横をすり抜けて、外海へと出た。
その時…ヴィオレッタは防波堤の上に金色の長い髪の少女が立っているのを見た。おやっと思って瞬きすると、その少女は消えていた。
(あれ…おかしいな。確かに今、女の子が…それに、尖り耳…エルフだったような…?)




