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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百二十一章 セイラムとリグレット

三百二十一章 セイラムとリグレット


 セシルは言った。

「ごめんなさい、ライラックさん。まさか、こんな事になるとは思わなくて…あなたのお名前が口から出ちゃいました…。ご迷惑でしたか?」

「いえいえ、構いませんよ。どうせ、この子の世話で剣士の修行も出来ませんですし…むしろ、一生に一度あるかないかの素晴らしい経験をさせていただいて、ありがたく思っていますよ。」

 セシルとライラックは鳳凰宮の三階の角部屋のバルコニーの椅子に座って、そこからの絶景を眺めていた。鳳凰宮は北の五段目にあって、イェルマ渓谷の人間の生活圏では最も高い場所に位置し、そこからはイェルマ渓谷を一望する事ができた。

 「四獣」預かりとなったセシルとセイラムは、なんと女王ボタンの居城である鳳凰宮の最上階…三階の一室で生活することになってしまった。セシルが護衛として剣士のライラックを指名してしまったので…ライラック母娘も鳳凰宮に引っ越して来ることになって、セシルたちの巻き添いを食った形となった。

 二人が部屋の中に視線を移すと、そこにはセイラムとリグレットがいてサイコロを転がして遊んでいた。

 リグレットは五歳の女の子でライラックの娘である。セシルとセイラムは偶然、食堂でライラック母娘とテーブルを一緒にしたのがきっかけで顔見知りになった。歳の似かよったセイラムとセシルはすぐに仲良くなり、出会うと喜んで一緒に遊ぶのだ。

「セイラムちゃんは妖精なんですねぇ…初め見た時に、ちょっと透けて見えると思ったのは私の目の錯覚ではなかったんですねぇ。」

「うははは、そうなんですよ。セイラムには凄い予知能力がありまして…『イェルマの至宝』と呼ぶ人もいます!」

 …母親セシルの子供自慢だ。

 そこに女王のボタンが部屋を訪ねてきた。

「ご機嫌よう…どうですか、ここの住み心地は?」

 すると、リグレットが雄叫びを上げながらボタンの膝の辺りに抱きついていった。

「ボタンお姉ちゃぁ〜〜んっ!」

「おっ、リグレット、今日も元気がいいね。」

 それを見ていたセイラムは「ボタン、恐るるに足らず」と断じ、リグレットの真似をしてボタンに抱きついた。

「ボタンお姉ちゃぁ〜〜んっ‼︎」

「うおおっ…この二人にはこの部屋は気に入ってもらえたようだな…。ライラックさん、何か足りない物があったら言ってください、すぐに持って来させますよ。それにしても…まさか、ライラックさんとセシルが顔見知りだったとはねぇ。」

「ふふふ、ママ友ってヤツですよ。」

 剣士房では、ライラックとボタンは先輩後輩の間柄だ。現在はボタンが女王になって上下関係は逆転したが、ボタンがまだ十代前半の頃、すでに中堅だったライラックにボタンは何かと世話になっていたので、ボタンはライラックに対して恩義を感じていた。

 ボタンは剣士房にいた頃、赤ちゃんのリグレットともよく遊んであげたのでリグレットはボタンによく懐いている。

 ボタンは言った。

「リグレットもあと二年したら、学舎かぁ…時が経つのは早いなぁ。」

 すると…

「セイラムはぁ…セイラムはぁ〜〜?セイラムも二年したらガクシャ?」

「うぅ〜〜ん、セイラムは妖精だから…学舎に入学…できるのかな?…多分、もしかしたら…できるかも…?」

「はっきりしろぉ〜〜っ!」

「うわっ…ちょ…やめて…!」

 女王ボタンは二人の幼女にもみくちゃにされていた。

「こらこら、いけませんよ、リグレット。」

「ああ、ライラックさん、いいよいいよ。」

 そこはさすがはイェルマの女王だった。ボタンは寝っ転がって、両腕でリグレットをホールドしてくすぐり攻撃をしつつ、両足で体重の軽いセイラムを捕まえて足の裏に乗せてクルクルと回した。

ギャハハハハハァ〜〜ッ…!

 ボタンの逆襲にあったリグレットとセイラムは二人とも腰砕けになって、それぞれの母親の元へ逃げ帰った。

 ボタンは起き上がって言った。

「そろそろ夕食の時間ですね。護衛が運んでまいりますので、しばしお待ちを…。」

「きゃあ〜〜、今日は何かしらぁ〜〜⁉︎」

 セシルは食事の時間になると、どんな料理が出てくるのか楽しみだった。というのも…鳳凰宮の一階には厨房があって、料理人を副業としている練兵部のイェルメイドが料理を作っている。女王や「四獣」に出される料理だけあって、食堂よりも良い食材を使っており、その上、少人数のための料理なので…食堂のように簡単なレシピの料理を大量に作るのではなく、料理人が腕によりをかけた凝ったものが出てくるのである。セシルたちは鳳凰宮に移ってきて三日目だが、昨日の夕食は豚肉のステーキで、一昨日の夕食は山菜と鶏の肉をふんだんに使った炊き込みご飯だった…とても美味しくいただいた。

 料理人のイェルメイドが料理を運んできた。大きなお皿の上に石ころのような茶色い物体が数多く乗っていた。

 セシルがその茶色い物体をひと口かじると、歯に弾力を感じじゅわっと旨味が凝縮された肉汁が口の中に溢れた。

「これって鶏肉ですねっ⁉︎…美味いっ‼︎」

 それは岩塩で味付けした鶏肉の唐揚げだった。

「うひょひょっ…食堂なら、絶対にウシガエルで来るところですねぇ!」

「まぁ、本当に美味しい…こんなものを毎日食べていたら堕落しそうですね。」

「ライラックさん、一緒に堕落しましょう!」

 料理を運んできた料理人のイェルメイドが言った。

「一緒に盛り合わせているレモンを搾って、掛けて食べてみてください。」

「むむっ!脂のしつこさが消えたっ…これは良いですね、毎日でも食べたいですねっ‼︎」

 セシルはドンブリ飯を口にかき込んだ。


 夕食の後、セイラムとリグレットは部屋の中で再びサイコロで遊び始めた。

 お腹いっぱいになったセシルはライラックと共にベランダに出て、夜のイェルマ渓谷を眺めながら歓談していた。

 すると、セイラムが慌ててセシルのところに飛んできた。

「リグレットが変…リグレットが変っ!」

 セシルとライラックは驚いて、リグレットのところへ駆けつけた。

「あううぅ…あう、うううぅ〜〜…」

 リグレットは呻き声を上げながら床の上に横になっていた。セシルはセイラムを問いただした。

「セイラムちゃん…どうしたの、リグレットちゃんに何があったのっ⁉︎」

「…わかんなぁ〜〜い…」

 ライラックはリグレットを抱き起こしたが、ぐったりしていて…その顔は次第に青ざめていった。それを見て、ライラックは部屋を飛び出してボタンを呼んだ。セシルはリグレットに何度も「ヒール」を試したが…効果はなかった。どうも、リグレットを苦しめている原因は外科的な「何か」だ。

 急を聞きつけたボタンは、すぐに自分の護衛を神官房へと走らせた。

「おいっ、リグレット…しっかりしろっ!すぐにアナ殿が駆けつけて来てくれるぞっ‼︎」

 ライラックは意識を失ったリグレットを抱いて、張り裂けんばかりの悲鳴をあげて泣きじゃくった。

「あああぁ〜〜…リグレットオォ〜〜ッ‼︎」

 十分程して、アナとクラウディアが馬で駆けつけてきた。鳳凰宮と神官房は同じ北の五段目にあって、目と鼻の先だ。

 アナとクラウディアは、ライラックに抱かれて青ざめているリグレットを見た。アナはすぐに状態異常を回復させる神聖魔法「神の処方箋」の呪文を唱え始めた。

「…ちょっと待って!」

 クラウディアはアナの呪文を制止して、リグレットの口元にそば耳を立てた。

ヒューッ…ヒューッ…ヒューッ…

 クラウディアは突然…リグレットの片足を左手でむんずと掴むと、そのまま逆さに持ち上げて、右手でリグレットの肩甲骨の辺りをパンッパンッパンッ…と強く叩いた。

ケフッ…

 リグレットが…サイコロを吐き出した。

「アナさん、頭に『神の回帰の息吹き』を早く…そこの魔道士さん、『ヒール』をっ!」

「は…はいっ!」

 アナが呪文を唱え始めると、天から光の精霊が降りてきてアナの体に宿った。その様子を見たセイラムは、「光の精霊さんがリグレットを治してくれてる」と思った。

 アナの「神の回帰の息吹き」とセシルの「ヒール」をもらって顔色が良くなったリグレットを見て、クラウディアはほっと胸を撫で下ろした。

「ああ…良かった。念のためアナさんに『神の回帰の息吹き』を掛けてもらったけど、脳に異常はないようだね。あと五分遅れていたら…危なかったね。」

 アナが言った。

「やっぱり臨床の経験は…クラウディアさんの方が上ですね…。『神の処方箋』を掛けても意味のない症例でした…。」

「フィアナも芋を喉に引っ掛けたことがあったからねぇ…。」

 リグレットはすぐに意識を取り戻して、みんなは安心した。セシルが言った。

「サイコロ…サイコロをなぜリグレットが…?」

 そばにいたセイラムが答えた。

「リグレットがねぇ…サイコロちょうだいって言ったの。それで、いっこあげたの。そしたらリグレットがサイコロを口の中に入れて…」

 リグレットはセイラムの真似をしたのだ。そして、サイコロを気管に詰まらせてしまったのだ。

 ライラックがやって来てアナとクラウディアに頭を下げた。

「ありがとうございます、アナ様、クラウディア様…お二人はリグレットの命の恩人ですっ!このご恩は決して忘れませんっ‼︎」


 この後、セイラムとリグレットの首には紐で吊った小さな皮袋が掛けられるようになった。リグレットはその皮袋にサイコロを、セイラムはサイコロと金貨、銀貨をその中に入れた。二人の母から…大切な物は口の中ではなくこの皮袋の中に入れなさい、セイラムもリグレットが真似しないように皮袋に入れなさい…と、きつく諭された。


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