三十二章 ジェニ
「四章 山賊討伐」に挿絵を入れました。
オリヴィアのかっこいいイラストです。
よろしければご覧ください。
三十二章 ジェニ
宿屋の二階、一番手前の部屋には男の宿泊客がいた。すでに五日も滞在している。五日間、男は何をするでもなく遅い朝食を摂るとふらふらと外に出ていって、夕方になると宿に帰ってきて夕食を摂った。その後はいつも地酒をひと瓶持って、部屋に閉じこもって出てこなかった。
一度だけ、夕食のビーフステーキを運んだ宿の女給がその男に話しかけられた事があった。
「牛肉はお酒に合うな。ワインはあるかね?」
「この村じゃ、ワインは造ってないんだよ。悪いねぇ、旦那。」
「じゃぁ、胡椒を少し持ってきてくれないか、お金は払うよ。」
「胡椒って何だい?初めて聞いたよ。」
この男は金払いが良かったので、宿屋の主人も特に気にしてはいなかった。
朝、男はいつものようにふらっと外に出ると、何十頭もいる牛の柵の横の、近くの林に続く小径を歩いていった。
林の中に入ってすぐ、男は弓の練習をしている女に出会った。
「討伐クエストが終わって、もう練習か。少しは体を休めたらどうだい、ジェニファー。」
「クエストは終わった訳じゃないわ、パパ。」
「そうか…で、『イーグルアイ』はどんな感じだ?深度5だったか?…もうそろそろか?」
「…な訳ないでしょう。深度5なんて寿命が千歳でもないと、たどり着けないよ。」
「…。」
男の名前はアーネスト=ユーレンベルグという。娘のジェニファーがオーク討伐に参加することになり、心配してステメント村に前乗りしていたのだった。
「でも、深度1でもありがたいわ。発動中は視界スッキリよ。」
「うむっ…ホーキンズに感謝しないとな!」
ジェニはユーレンベルグ家の四女だった。幼い頃から体が弱く、その上、六歳の時に症候熱を患い、視神経を侵されて失明寸前となった。クレリックの治療魔法で何とか失明は免れたものの、視力が非常に弱くなってしまった。
ユーレンベルグ男爵が四十を過ぎてからできた末娘、男爵はジェニのことが孫娘のように可愛くて可愛くて仕方がなかった。なん人もの徳の高いクレリックに診てもらったがだめだった。高価な眼鏡も何度も何度も試してみた。しかし、ジェニはその度に目眩を起こしたので、眼鏡はジェニに合わないと知った。なす術がなかった。
ひょんなことから、ユーレンベルグ男爵は冒険者ギルドのギルマス、ホーキンズという知己を得た。その豊富な経験に感服した男爵は藁にもすがる思いでホーキンズに末娘のことを相談してみた。
「アーチャーにしてみてはどうでしょう?」
この一言で、男爵はジェニに弓の練習をさせるようになった。男爵は元近衛騎士団の弓兵長を招聘し、ジェニはその人に師事した。視力が悪いので的の距離は3mだ。
最初は半信半疑だったが、適性があったのか、ジェニは弓の腕前をめきめきと上げていった。それに従ってジェニの体も健康になっていった。それだけでも男爵はアーチャーにして良かったと思っていた。
ジェニが十四歳になった時、闇の中に光明を見た。ジェニが「イーグルアイ」を習得したのだ。「イーグルアイ」発動中はジェニは普通の人以上に視力が回復し、日常生活の支障がなくなった。ただ、惜しむらくは制限時間…初期スキルでは30秒しか持続しない。だが、深度5になるとパッシブスキル(常時発動状態スキル)になるという…。
ジェニは木につけた目印に狙いをつけた。弓はジェニに合わせて特注した鋼製カスタムロングボウ、矢は、これまた特注品の鋼製だ。
矢を放つと、果たして的の真ん中を射抜いた。その時、ジェニは鳥肌が立って髪の毛が逆立つ感覚に襲われた。…神の祝福を感じた。
「パパ…」
「どうしたっ?」
「…来たわ、三つ目。…『アジャスト』じゃなかった…『マグナム』だった…。」
ジェニは三つ目のスキルを習得した。




