三百十七章 ビッキー ザ シェフ その2
三百十七章 ビッキー ザ シェフ その2
二人は少しの間粉屋を「準備中」にして、キャシィズカフェに戻った。ハインツはすぐに帳簿と倉庫のワインの照合を始めた。
キャシィはビッキーと姉のカリンを呼んで、ビッキーに重要な任務を与えた。
「いいですか、早急にお米を使った美味しい料理を三品考えてくださいっ!みんなで試食してOKだったら…明日からお店のメニューに加えたいと思いますっ‼︎」
メニューに加えると言っても…そもそも、キャシィズカフェのメニューは「エルフのハーブティーセット」ひとつしかない。
カリンからキャシィの言葉を伝え聞いたビッキーは、目をキラキラさせて言った。
「あうはうっ!…はっ、はあう、はうはうっ、ふは、ふああぁ〜〜、はっうっ‼︎」
「…何て?」
「…食材を買い出しして来たいから、お金をください…と。」
キャシィがビッキーに銀貨三枚を渡すと、ビッキーはキャシィズカフェを飛び出して行った。
三十分もすると、ビッキーが息を切らし両手に大きな麻袋をぶら下げて帰ってきた。そして、キャシィには目もくれず、すぐに厨房に立って作業を始めた。
「は…はやっ!…すでに献立は頭の中にあったのか⁉︎」
キャシィがビッキーの背中越しに覗いてみると、肉屋で買ってきた血抜きした鶏を捌いていた。三羽の鶏を肉と骨に分けると、骨を水を張った大鍋に放り込んで火に掛けた。その後、倉庫からお米を六合持ってきて洗い、鍋に移すと手首ほどに水を入れて重石と蓋をしてこれまた火に掛けた。鶏肉は胸肉ともも肉を切り分け、それ以外の部位の肉を細かく細かくミンチにした。それからニンジンと玉ねぎをザクザクと刻んで…とにかく忙しそうにしていた。
(鶏を使った料理かぁ…ブタやヤギの肉だと高くつくから、ちゃんと採算を考えてるのかな?)
キャシィの横にグレイスもやって来て、ビッキーの手際を見ていた。
ビッキーは麻袋からウシガエルを取り出すと、腹を割いて内臓を取り出し水で丹念に洗い、皮を剥いで…そして滑りを取るために塩揉みし始めた。
「うわぁっ、もったいないっ!あんた…貴重な塩を…‼︎」
止めに入ろうとしたグレイスをキャシィが抑えた。
「まあまあ、グレイスさん。ここはビッキーに任せてみましょう…ね?」
四時間後の午後六時頃、キャシィズカフェの一階にお腹を空かせてみんなが降りて来た。みんながテーブルに着くと、駆け込みカルテットが人数分の料理をお盆に乗せてやって来た。最初のひと品は…おにぎりだった。
ハインツが言った。
「おや、ハーブティーの付け合わせのライスボールとはまた雰囲気が違いますね。」
ご飯と一緒に何やら茶色と黄色の食材が混ぜ込まれ、それを握ったものだった。
セドリックがひと口食べて言った。
「茶色いのは鶏だ…それで、黄色いのは卵だ!…美味しい。」
茶色は細かくした鶏と味噌にお酒を加えた鶏そぼろで、黄色は卵そぼろだった。みんなは美味しい美味しいと言って食べた。
そこに駆け込みカルテットが、今度はプレートとスープのお皿を持ってきた。
プレートには、白米と胸肉のローストチキンが乗っていた。そしてそれと一緒に三つの小皿で三種類のソースが付いていた。
「ふむふむ…これは小麦粉で衣をつけて焼いただけのいたって普通の薄い塩味のローストチキンだけど、このソースがポイント…なのかな?」
フリードランド夫妻がナイフでチキンを切り、ソースにつけて食べてみた。
「あらまぁ、赤いのはトマトベースのソースで、透明なのはレモン汁とオリーブオイル…この茶色いソースは鶏がらスープにお味噌を溶かしたもの…?お好みでソースを選べるって訳ね…んんむ、三つともそれぞれに個性があって良いお味…!」
みんながローストチキンを食べ、スープにスプーンを入れると…
「あっ…これ、スープじゃないのね?鶏がらのブイヨンに白米とウシガエルの肉が入ってる…雑炊なのね⁉︎」
「ウシガエルを使ってるのに、生臭さがない。ローリエ?タイム?ネギのせい?…この雑炊が一番美味しいな。白米の量が控え目なのがいい。」
みんなの意見を聞いて…キャシィが決断を下した。
「よしっ、明日から…ハーブティーは単品売りにして、この三つの料理をメニューに入れますっ!とりあえずはこの体制で…場合によってはメニューを増やす可能性もありっ‼︎」
グレイスが言った。
「…三つもメニューを増やしたら、それだけ手間が増えるじゃないか。これから養蚕の方も忙しくなるっていうのに…。」
キャシィが言った。
「将来的には…このカフェは駆け込みカルテットに全部任せようと思ってます。忙しい時だけ、私たちがお手伝いに入る感じで…。それ以外は私たちは養蚕とシルク工場に専念します。キャシィズカフェは少しずつレストランにしていこうと思ってます…せっかくビッキーがいるんだからね、この才能を使わない手はありません!」
「料理を出すってことは…また、ワインも出すの?…値段は?」
「ワインは出しません。うちはあくまで『卸し』です。うちで飲み客を独占しちゃうと、宿屋と飲み屋から苦情が来るでしょ⁉︎だから、うちはハーブティーと料理だけで勝負します。値段は…後で私とハインツで原価計算して決めます。」
ハインツは自分の名前が出て、ちょっと嬉しかった…キャシィが僕を頼ってくれている…。
ハインツは言った。
「現在のワインの在庫は五等級が三樽、三等級が四樽…じきにイェルマが今月のワイン二十樽を要求してきます。発注はできるだけ急いだ方が良いねぇ。」
「…急いでも、イェルマとティアークを往復したら二週間はかかる…。チェルシーさんに頼んでイェルマには少し待ってもらいましょう。」
キャシィの言葉にハインツは首を傾げた。
「ん…?鳩を飛ばすから…片道十日ぐらいでは?」
「むふふ、ハインツさん…頭が回転するようになりましたねぇ。その通りですよ…だけど、今回は往復します。理由は二つ…今回からイェルメイドが荷馬車の護衛をします。もうひとつは、往路で荷馬車を空っぽにして行くのは勿体ないので…お米を積みます。お米をティアークに持っていって…ユーレンベルグさんに売ってもらいますっ!」
「父上に…?」
「はい。まぁ、最初は売れないでしょうから…小手調べに500kg、売り方はユーレンベルグさんに一任でっ!」




