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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百十三章 密偵狩り その3

三百十三章 密偵狩り その3


 そこには外套を身に纏った賊がいた。ランタンを持っていないはずのヒラリーが突然眩しく光ったので面食らったのか、それとも目論見が外れたのか…一瞬だけたじろんでいた。が、すぐに窓を破って外へ飛び出していった。

 ヒラリーも飛び出していって、逃げる賊に向かって「ライト」を宿した銅貨を投げつけた。賊はその銅貨を身をひねって躱した。その時、外套と一緒にワンピースのスカートとエプロンがひるがえるのが見えた。

「女か…!」

 ヒラリーはレイピアを抜いて、剣士スキル「遠当て:牙突」を放ち、それと同時に「疾風改」で間合いを詰めた。

 賊の女は左腕の黒い盾で「遠当て:牙突」を防ぎ、黒い盾はすぐに煙となって四散した。

 賊の女の目の前にヒラリーが現れた。ヒラリーはレイピアの連続突きで賊の女を攻撃した。だが、女は両手に持ったナイフでレイピアの攻撃をことごとく弾いた。

(私のレイピアをナイフで受け切るとは…こいつ、なんて反射神経だっ!)

 女はスキル「シャドウハイド」を発動させて、そばの建物の影に消えていった。

「その手は通用しないんだよ…アヴァル オド…ライト!」

 ヒラリーは二枚目の魔法スクロールで銅貨に光を宿し、女が消えた影の中に投げ込んだ。女は…そこにいた。

 観念したのか、女は立ち上がって動かなかった。

 女は小さな声でつぶやいた。

「へえぇ…なかなかの使い手だね。」

「お前、魔族の手先か…?」

「…答える必要はない。」

 女はそう言うと、一歩、二歩とヒラリーとの間合いを詰めていった。ヒラリーはすかさずレイピアで攻撃した。だが、女は何食わぬ顔でヒラリーのレイピアを二本のナイフで平然と捌き、どんどん間合いを詰めてきた。

(ぬぬっ…まさか、このままナイフの間合いまで詰めてくるつもりかっ⁉︎)

 ナイフよりはるかにリーチの長いレイピアが押されていた。ヒラリーは一歩また一歩と後退していった。その時、女のナイフがヒラリーの喉をかすめた。

「…ぐっ‼︎」

 ヒラリーは大きく後ろに飛び退いた。こいつ、ナイフでレイピアと対等…いや、それ以上に打ち合えるのかっ⁉︎…戦法を変えねばっ‼︎

 ヒラリーはレイピアに「研刃」を纏わせ、「疾風改」を連発して女の右、左と小刻みに移動した。女が間合いを詰めてナイフで攻撃してくると一気に左に移動し、そうかと思えば女のすぐそばまで一気に移動してきてレイピアをお見舞いした。

「…やるわね。」

 突然…黒いモヤが立ち込めて女の体をすっぽりと包んだ。黒いモヤは女の何倍もの大きさがあった。

 ヒラリーは三枚目のスクロールで銅貨に「ライト」を付与して黒いモヤの中に投げ込んだ。だが、何も起こらず…黒いモヤは黒いモヤのままだった。

(こいつは影じゃない…物理的な何かか?…光を吸収してる…⁉︎)

 ヒラリーは、今度は黒いモヤのど真ん中に「遠当て:牙突」を撃ち込んだ。「牙突」はモヤを貫通して後方に抜けていった。

(うっ…あの女、モヤの中で回避行動をしている⁉︎あっちからはこっちが見えているのか…?)

 ヒラリーは数発…黒いモヤに向かって「牙突」のめくら撃ちをした。何発かはモヤをすり抜けていったが、何発かは鈍い音を立てて何かに弾かれているようだ。

(また黒い盾か…向こうは完全にこっちが見えてるな…これはヤバいな…!)

 ヒラリーの体力は底を突きかけていた。先ほどから多用していた「疾風改」は体力消費が「疾風」の半分とはいえ、体力にかなりの負担となっていた。その上に「遠当て:牙突」も乱発した…。「牙突」を撃つ度にヒラリーは目眩めまいを感じていた。

 突然…スキルの発動と同時に黒いモヤの中から女が高速で飛び出してきて、あっという間にヒラリーの目の前まで接近した。深度3の「セカンドラッシュ」だ。

 泡を食ったヒラリーはレイピアで女を迎撃した。しかし、女は体を傾けてレイピアを回避した。その瞬間、フードが翻って…女の耳がわずかに見えた。

(おっ…尖り耳‼︎)

 女はそのまま右手のナイフでヒラリーの心臓を狙った。ヒラリーは左手のダガーナイフで辛くもそれを防いだ。すると女はくるりと体を回転させて、ヒラリーの背後を取り、ヒラリーの左腕の関節を決めてしまった。

 女の右腕がヒラリーの喉に被さってきた。右手のナイフが喉を掻き切ろうとした時…ヒラリーは女の右手首を掴んで、何とかそれを食い止めた。

 だが、女の腕力は並ではなかった。ジリジリと女のナイフはヒラリーの喉に迫った。

 ヒラリーは一縷の望みを託して…つぶやいた。

「あんた、エルフかな?…それともダークエルフ?」

「…。」

「もしかして…ヴィオレッタの親戚…?」

「…‼︎」

「あんた、ホントに魔族のスパイなの?…そうじゃないなら…まだ話し合いの余地があると思うんだけど…」

 もちろん、ヒラリーに計算も策略もなかった。ごちゃ混ぜになっていた頭の中の単語を並べただけである。

 女は羽交い締めの状態のまま…言った。

「ヴィオレッタとは…セレスティシア様のことか…⁉︎」

 女…エビータはヴィオレッタという名前を知っていた。ベルデンの族長ジャクリーヌがセレスティシアのことをそう呼ぶ。ジャクリーヌが行き倒れていたセレスティシアを助けた時、セレスティシアは自分のことをヴィオレッタと名乗ったらしい…。

 ヒラリーもまた、セレスティシアという名前に聞き覚えがあった。確か…デュリテ村で拾った吟遊詩人のマックスが歌っていた英雄詩の中に出てきた名前だ。セレスティシアはリーン族長区連邦の新しい盟主の名前だ。それに、この女はセレスティシア「様」と言った…この女の主人はセレスティシアだ。

「お前、リーンのスパイだったのか。だったら、私たちは戦う理由はないじゃないか…。」

「…お前はまだ私の質問に答えていない…!」

「セレスティシアがリーンのあるじだということは知ってる。そのセレスティシアが私の知っているヴィオレッタと同一人物かどうかは分からない。私が知っているのは…ヴィオレッタはエルフで、リーン方面に向かった後行方不明になったってことだけだ。冒険者ギルドでもヴィオレッタを探しているんだ。」

「その…ヴィオレッタは歳はいくつだ、髪の色は、目の色は…?」

「ほんのちょっとだけ、ヴィオレッタは冒険者ギルドにいたんだ。私も会ったことがある…年齢は十歳ぐらいの少女に見えた。エルフだから、本当は五十歳ぐらいなんだろう…。髪の色は…フードを深く被っていたから見てないが、聞き伝えでは銀色らしい。目の色は実際に見て覚えている…綺麗なコバルトブルーだった…。」

 銀色の髪と明るい青色の瞳…これはリーン一族のエルフの特徴で、この世で唯一無二のものだ。

「…お前とヴィオレッタ…様との関係は?」

(む…ヴィオレッタ「様」…⁉ヴィオレッタとセレスティシアは…同一人物ってことか⁉︎)

「…か、関係?ええと…ヴィオレッタはダフネやオリヴィアの友達だから…ヴィオレッタは私にとって、友達の友達になるのかな…?」

「…そうか。」

 エビータは羽交い締めを解いて、ヒラリーから一定の距離を取った。ヒラリーは固められていた左肩を撫でながら胡座をかいて息を整えた。

「…ヴィオレッタはセレスティシアってことでいいんだな?…ヴィオレッタは今、盟主としてリーンにいるってことだな?」

「…教えない。」

 すると、どこから現れたのか…いつの間にかティモシーがエビータのそばにいた。

「あ…トム…。」

「ヒラリーさん、ごめんなさい…。」

(最初から二人で来ていたら…私はとっくに死んでたな、くそっ…。)

 エビータは言った。

「…今回は見逃す。今度また私たちの詮索をするようなら…命はないぞ。」

「ちょっと待て…お前たちがリーンのスパイなら、私たちが敵対することはない。冒険者ギルドは…」

「冒険者ギルドは同盟国に属しているのだろう?リーンは長年、同盟国のひとつ…ラクスマン王国の侵略に苦しめられているんだ…」

「違うっ!冒険者ギルドはどこにも属さない独立不羈どくりつふきの徒の集まりだ。話し合おう…情報が欲しいのならくれてやる、とにかく…ギルマス…ホーキンズに会ってくれっ‼︎」

 エビータたちは無言で立ち去ろうとした。

「待てっ…トム、ジョルジュが寂しがってるぞっ…!」

 ティモシーはふと立ち止まった。しかし、母エビータはそんなティモシーを急かして…共に去っていった。


 次の朝、ヒラリーは極楽亭に向かった。

(ジョルジュには何て話そう…トムはスパイで、正体がバレて逃亡したから待っていても無駄だよ…いやいや、お母さんの事情で他の街に引っ越したということにするか…)

 ヒラリーが極楽亭に足を踏み入れると…目の前の光景に驚いた。なんと…トムがジョルジュと一緒にパンとスープを食べていたのだ。

「あ、ヒラリーさん、おはようございます。」

「う…うん、おはよう…。どうして…トムが…?」

 トムはヒラリーを一度きりチラリと見ただけで、無言でスープを啜った。

「お母さんの具合が悪くて、ずっと看病してたんだってさ。病気が治ったんで、また冒険者の仕事を始めるって。」

 ヒラリーは思った。しばらくは、トムには当たり障りのないようにしよう…と。


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