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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百十二章 密偵狩り その2

三百十二章 密偵狩り その2


 その日のうちに、ヒラリーはティアーク城下町中央区の貧民街に出かけて行った。そして、とりあえず…広範囲の貧民街を三時間かけて遠巻きに歩いてみた。ヒラリーは慎重だった。相手が魔族領のスパイなら、殺し殺される戦いになり自分が生きて帰れる保証はないからだ。

 十数人の浮浪者を目撃した。しかし、トムは見当たらなかった。トムは斥候だから、貧民街の奥深くに潜伏しているのか、それとももう既に移動してしまったのか…。

 複雑に入り組んだ貧民街は斥候にとってはこれ以上ない程の有利な地形だ。安易に入り込むことを避けて、ヒラリーは貧民街の外で見張ることにした。

 ヒラリーは大通りが見通せる向かい側の空き家の中に陣取った。そして、時々その窓から頭だけを出して大通りを見張った。

 ティモシーの話だと、トムは母親と暮らしていると言うが…スパイが母親を連れて敵地に潜入するとは考えにくい。それはトムがついた嘘で単独で行動している可能性が高いとヒラリーは思った。どちらにしても、生きていくためには食糧が必要だ。この大通りを見張っていれば、食料を補給するためにこの大通りを通るかもしれない。トムが一流の斥候なら…まぁ、それも望み薄なのだが…。

 ヒラリーが見張っている大通りは人通りが少なかった。貧民街に接しているせいで一般人は近づくのを極力避けているのだ。

 夕方近くになって、貧民街から二人の男があばら屋から、顔を覗かせたり、大通りに出てみたり引っ込んだりしているのが見えた。ヒラリーは情報収集のため、彼らに接触してみようと思った。

 ヒラリーは外套を深く被って大通りを歩き、二人の男に近づいてみた。すると、二人の男はヒラリーを見とめると、なんと二人の方からヒラリーに走って近づいてきた。

「おいっ、金目の物を出せっ!さもないと…」

 男二人は…ひとりはポケットから小さな錆びたナイフを出し、もうひとりは陶器の割れた欠片を出してヒラリーに突きつけた。

(追い剥ぎだったか…何とお粗末な…。)

 ヒラリーは外套の隙間から腰のレイピアをチラリと見せて、レイピアのグリップに手を掛けた。

「うっ…また女冒険者かっ⁉︎…くそっ、最近は変な奴がうろうろしてるなぁ…商売上がったりだ…」

 男たちは後退りしながら、荒屋に引っ込もうとした。

「…ちょっと待て。今…『また女冒険者か』って言ったよね⁉︎その話、詳しく聞こうか。」

 ヒラリーはレイピアをサッと抜いて、二人の浮浪者の喉に突きつけた。二人は自分たちが持っている得物よりはるかに長くてよく切れそうなレイピアに恐れおののいた。

「待ってくれぇ…俺たちが悪かった…殺さないでくれぇっ!」

「さっきの話を話せっ!」

「四日前に女と会ったんだ…」

「どこで…?」

「このずっと奥だ…三十半ばぐらいの若い女で…新顔だったんで、金を巻き上げようと思ったんだ。そしたら逃げて行って…追いかけたんだが、追いつけなかった…」

「ん…どういうことだ?」

「あの女…普通に歩いていたのに…スゲェ速くて…ホントに追いつけなかったんだ!…それで、突然消えたんだ、信じてくれよっ…‼︎」

 ヒラリーは思った。それがトムの母親かどうかは別として…少なくとも、トムは女のスパイと行動を共にしているようだ…。

「その女…他に特徴はなかったか?」

 もうひとりの浮浪者が言った。

「あの女はきっと東の国の人間だ…チラッと顔が見えたが…肌が黒かった!」

「…耳は見えたか⁉︎」

「耳…耳がどうしたって?」

「そうか…気にするな。」

 トムと同じく肌の黒い女…同郷のスパイ?…まぁ、いい。とりあえず、こいつらは邪魔だ。

「お前たち、二度と私の目の前に現れるな。次は…殺すぞ。」

「ひいぃっ…分かった!」

 二人の男は逃げていった。

 ヒラリーは再び元の観測点に戻り、頭の中を整理した。

 トムとその色黒の女には血縁があるのかもしれない。男たちの話からして、その女もトムと同等の技量の持ち主だろう。もし、二人して仕掛けて来られたら…ひとたまりもないな。

 そう言えば、ヨワヒムとライバックが言っていたな…トムはエルフかもしれないと。見かけ上の歳の五倍とか何とか…ハーフとかクォーターとか…で、ダークエルフは魔族領にしかいない…とか。そもそも、ダークエルフって何だ、エルフの親戚なのか?…もしかして、ヴィオレッタの身内ってことも…いやいや、それだったらヴィオレッタも魔族領のスパイってことになってしまう。…ううう、頭の中がこんがらがって、ワケ分からんっ!

 そろそろ日が暮れてしまう。そうなると、残念だが張り込みは中止した方が賢明だろう。アンネリと長くパーティーを組んでいたから、斥候についてはある程度の知識がある…「キャットアイ」「ウルフノーズ」のスキルを持つ斥候にとって、夜の闇は彼らの独壇場だ。その上に闇に紛れる「シャドウハイド」、瞬間的に運動速度が上昇する「セカンドラッシュ」…自分の影を見せる「デコイ」ってのもあったな…。夜は不利だ、絶対に勝てない、そろそろ帰るか…続きはまた明日の朝からだ。

 ヒラリーが見張りをやめて、空き家から出ると…大通りには人っこひとりいなかった。ヒラリーは思った。

(相手が私に気づいていて、もし襲撃されるとしたら…今、この瞬間だな…)

 ヒラリーの顔を微風が撫でていった。

(…それも、風下から…。)

 ヒラリーは何気なく振り向いた。すると、自分の心臓を狙って飛来する黒いものがヒラリーの視界に飛び込んできた。

「うわっ…!」

 ヒラリーは咄嗟に外套を翻して、その飛来物を弾いた。だが、弾いたはずの飛来物は跡形もなく消え去って…ヒラリーの周囲にはすすのような、煙のような黒いものが漂っているだけだった。

(確かに弾いた、手応えはあった…なのに…!私の知らないスキルか⁉︎…それにしてはスキルの発動を感じなかった。…呪文の要らない魔法?そんなものがあるのか?)

 ヒラリーはすぐに剣士スキル「風見鶏」を発動させて、近くの家屋の壁に背中をくっつけて張り付いた。

 ヒラリーは敵を警戒したが…何も起こらなかった。そのうちに、完全に太陽が落ちて辺りを闇が支配した。

(くっ…敵は日暮れを待っていたのか⁉︎まずいまずいまずい…絶対まずい…!)

 案の定、どこかでスキルが発動する気配を感じた。発動は三つ…「キャットアイ」「ウルフノーズ」「シャドウハイド」…か?そろそろ来るな…。

 ランタンを探しに空き家にとって返そうかとも思ったが、どうせ油が切れているだろうと思ってやめた。明かりか…その時、ヒラリーはある事を思い出してニンマリとした。

 その時、ヒラリーの「風見鶏」が飛来物を感知した。ヒラリーは左手でダガーナイフを抜いて黒い飛来物を叩き落とした。そして、飛来物が飛んできた方向に猛然と走っていった。

(なんとっ…あの追い剥ぎたちがいた荒屋から飛んできたぞっ!始めからあそこに潜伏していやがった…見張ってたつもりがこっちが見張られてたのかぁ〜〜…舐めやがってぇ〜〜っ…‼︎)

 もう一本飛んできた黒い飛来物も弾き落として、剣士スキル「疾風改」で荒屋に突入した。それと同時に…あらかじめ銅貨を握り込んだ右手で腰のポーチからスクロールを取り出した。

「アヴァル オド…ライト!」

 老いぼれ魔道士から買った魔法スクロールに描かれた魔法陣が右手に移動して、手元と荒屋全体を明るく照らした。

(ご老体…銀貨一枚の価値はあるかもっ!)


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