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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百八章 親善試合 その1

三百八章 親善試合 その1


 次の朝、祭事館のみんなは行列を作ってベネトネリス廟のある北の五段目を目指した。その列になぜかセシルとセイラムも加わっていた。

 セシルはセイラムの手を引きながら、二日酔いの頭を仕切りに振っていた。

(あああ…私は一体、何をしてるんだろう。みんなは…どこに向かっているんだろう…。)

 獣人族十五人、武闘家百五十人超の大行列がベネトネリス廟の前に到着した。すると、アナと八人の神官見習いが出迎えた。

「ここに集った方々は…時の流れに埋もれず、故人を偲ぶ心を持った人たちです。その心はとても尊いと私は思います。これから、故人周直ジウジィの法要を行います。さぁ、こちらへどうぞ。」

 アナは顔には出してはいなかったが…イェルメイドの中の獣人族を見て、驚いていた。

(うわっ…人間っぽい犬、猫、トカゲがいる。獣人族ってのが来るって話は聞いてはいたけれど、こんな種族が本当に存在してたのねぇ…世界は広いわねぇ…。)

 一歩前に進んで人間の姿のタビサがアナに言った。

「あんた、初顔やねぇ。去年はおらんかったやろ。」

「あ、アナと申します。神官で…この廟を任せていただいております。今後とも、よろしくお願いします。」

「うんうん、後で飲も飲も!」

 後から遅れてやって来たボタンたち「四獣」を加え…獣人族と武闘家の中堅以上が廟の中に入っていった。入り切れなかった残りの者は、廟の前で正座していた。

 訳も分からず…セシルとセイラムはちゃっかり廟中組に入っていた。

 ベネトリス廟の中では、普段はベネトネリス像の後ろに立てて並べてある位牌の一本が前面に置かれていた。その古い位牌には「周直の霊」と刻まれていた。

 その位牌の前で、アナと八人の神官見習いは正座して礼拝した。それに倣ってみんなも正座し、手を合わせて礼拝した。セシルとセイラムも、訳も分からず手を合わせて位牌を拝んだ。

 アナの祈りが始まった。

周直ジウジィ御霊みたまにかしこみて申す…汝の生前、我らは汝の功績を認め、汝を慕い…その入寂を悲しみました。我ら今年もこうして集い、汝の御霊が神の国で安らかなる事を心より祈願いたします。願わくば…汝、神の国より我らの安寧と幸福を見守り給え。…この言葉を以て、故人周直ジウジィ殿の五周忌の慰霊の辞と致します。」

 みんなは周直の位牌に対して、床に頭をつける叩頭礼をした。

 周直の法要が終わると、みんなはベネトネリス廟から歩いて同じ北の五段目にある武闘家房に移動した。法要の後は、武闘家房で親善試合が催されるのだ。

 ボタンとライヤは廟からそのまま武闘家房まで着いていったが、マーゴットとチェルシーは親善試合には興味がなかったようで、そのまま自分たちの持ち場に戻っていった。

 武闘家房の房主堂の周りは、二百人余りの武闘家と試合を観戦しようとする者、獣人を見に来た者、振る舞い酒にありつこうとする者などで溢れ返っていた。

 ボタン、ライヤ、ジル、それにタマラ、ペトラ、オリヴィアの師範格、そして獣人族の族長らは房主堂の特等席にいた。そしてさらに、あともうひとり…

「アナ…やったっけ、あんた、なんでおるん?」

 タビサの質問に…ワインをちびちび飲みながら、アナは申し訳なさそうに答えた。

「はぁ…こういった時には、神官の私は必ず駆り出されるみたいです…。」

 試合が始まった。第一試合は武闘家房のタマラとウェアウルフ族の族長ネビライだ。

 周直はウェアウルフ族には攻防のバランスの良い洪拳を伝えていた。タマラもまた洪拳を得意としているので洪拳の使い手同士の戦いだ。

 人の姿だったネビライは、喉から呻き声を絞りだすとウェアウルフの姿に戻った。元の姿の方が戦闘能力が高いのだ。

「おおおぉ〜〜っ…‼︎」

 観衆はどよめいた。

 タマラは皮鎧を着込み、皮手袋を着けた。これは人間側のハンディキャップである。獣人は天然の皮鎧を着けているようなもので、その上筋力、体力ともに人間のそれをはるかに上回る。人間が獣人に優る部分があるとすれば、それは「賢さ」と「勤勉さ」だろうか。それゆえか…スキルの習熟という点では人間の方が断然に早い。獣人に限ったことではないが、人間以外の二足歩行の種族は…「修業」と言ったものを嫌う傾向があるのだ。

 房主堂の前の広場中央で、ネビライは「鷹爪」「鉄さん布」を、タマラは「鉄砂掌」「鉄線拳」「飛毛脚」を発動させて、左手首を交差させて身構えた。

 その直後、ネビライはそのままタマラの左腕を掴んで有無を言わせない怪力で自分の方へ引っ張り込んだ。タマラの体は大きく崩れた…が、その勢いを利用してネビライの頭部に浴びせ蹴りを敢行した。ネビライはその攻撃を右腕で防御した。

「うおおおぉ〜〜っ!」

 いきなりの展開で、観客が再びどよめいた。

 そこからタマラとネビライは互いの鉄のように硬い腕を振り回して攻撃を始めた。

 セイラムはセシルに肩車をしてもらって二人の試合を観戦していた。

「あぁ〜〜ん、見えない…見えないよぉ〜〜っ!」

 幾重もの人垣で、よく見えなかったのか…痺れを切らしたセイラムはセシルの肩から飛び降りて、観客の間を縫って房主堂の方へ移動していった。

「あっ…こらこら…!」

 セイラムは房主堂の高台に来ると、タビサの膝の上にちょこんと座った。

「おりょっ、妖精ちゃん、また来たんかね。」

 その後からおずおずとセシルもやって来て…照れ笑いをしながら房主堂の高床の隅っこに座った。

「す、すみませんねぇ。セイラムちゃんがご迷惑を…」

「あ〜〜、ええよ。うちは気にせんけぇ。」

 セシルもセイラムも、そのまま房主堂の特等席で親善試合を観戦した。

 およそ15分ぐらいして、ジルが大声で叫んだ。

「はい、そこまでっ!試合を終了せよっ‼︎」

 親善試合なので、時間制限を設けてあえて勝敗はつけないのだ。

 房主堂に戻ってきた二人はお酒で喉の渇きを潤した。ネビライはまだ余裕がある風だったが、タマラはいっぱいいっぱいの様だった。

 タマラが渋い顔をして言った。

「痛たたた…ウェアウルフの体はなんて頑丈なんだ…。殴っても痛いし、受けても痛い…。」

「タマラも強うなっちょい。じゃどん、まだまだたいね。」

 アナがタマラの皮鎧を外して、麻のシャツの内側を触診した。

「胸の打ち身が酷いですね…じっとしててください…。」

 アナが呪文を唱えて、患部に「神の回帰の息吹き」を施すと…タマラの青あざが見る見る消えていった。

 それをそばで見ていたタビサとネビライは驚いた。

「おっ…アナって、魔法のお医者さんやったんかねっ⁉︎」

「まぁ、そんなところです…あはは。」

「うちね、最近、おしっこが出にくいんやけど…そんなんも治せるそ?」

「ちょっと診てみましょうか。」

 アナはタビサの腹部を触診した。それをセイラムがニコニコして見ていた。

 アナが言った。

「…腎臓が少し悪くなってますね。」

「…!」

 猫は歳をとると、腎臓が悪くなりがちだ。アナは「神の回帰の息吹き」を掛けた。

「これで多分治りましたよ、もう大丈夫ですよ。」

「えっ、アナ…あんた、凄いやんっ!うちの国においでぇよ!最恵国待遇で迎えちゃるけぇっ‼︎」

 ネビライが慌てた。

「タビサんとこ行かんじ、おいがとこっ!毎日、肉ば食わしちゃるけんっ‼︎」

「ご、ごめんなさいっ!」

 横でボタン、ライヤ、ジルが笑っていた。

 すると、セイラムがアナの膝の上に乗ってきた。そして、アナを見上げながら言った。

「お姉ちゃん、光の精を呼べるんだねぇ…。セイラムは光の精は暖かくて好きだよぉ〜〜。」

「え…この子は…精霊が見えてるのかしら?」

 タビサが言った。

「妖精ちゃんやけぇね。」

「この子…妖精なの⁉︎」

 房主堂の高床にいた者たちが一斉にセイラムを見た。ボタンがポツリと言った。

「もしかして、この子がマーゴットが言っていた…あの妖精か…!」

 すると…

「ああ〜〜、すみません、すみません…セイラムがご迷惑をお掛けして…。」

 セシルがやって来てセイラムを回収すると…何もなかったようにしれっと房主堂の隅っこに座った。

 代わって、ペトラとリザードマン族のジャンダルが広場へと出ていった。

 周直はリザードマン族に形意シンイ拳を伝えていた。リザードマンは獣人の中でも外皮が硬く体重も重い反面、腕や足の可動範囲が狭いため、最も単純な拳法を選択したのだ。重心はそのままに、半歩踏み込んで体重ごと拳を相手にぶつけていく…それが形意拳だ。

 ペトラは洪拳で善戦したものの、ジャンダルに全くダメージを与えることができず、不意に食らった崩拳の一撃で戦闘不能となった。

「ペトラ殿、これも武士もののふ宿命さだめ。悪しからず、悪しからず…。」

 アナが房主堂から飛び出していった。オリヴィアひとりがゲラゲラと笑い転げていた。



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